第11話 明日へ向かって

彩葉「お兄ちゃん! おそい!!」


自分でも驚くような大きな声が出ていた。

せっかくの祝賀会だっていうのに、

お兄ちゃん、帰ってくるの遅すぎるんだもん。


陽人「ごめんな、仕事が立て込んでて…」

彩葉「言い訳は聞きたくありませ~ん」

陽人「あはは…」


今日は、私の大学合格祝い、と言う名の、簡単な祝賀会だ。

もちろん、親友の悠月も一緒。


悠月「まぁまぁ、兄さんも色々忙しいんだから、そんな怒らなくてもいんじゃね? いろはっち」

彩葉「…にいさん?」

悠月「おん、兄さん」

彩葉「彩葉のお兄ちゃん!」

悠月「だから、兄さん」

彩葉「なにそれ~!」


悠月は本当に男性受けが良い。

というか、距離感が上手なのだ。

自分から懐いたと思ったら、

少し身を引いていたり。

…策士だ。


悠月「いろはっち、ブラコンだよな」

彩葉「違う!」

陽人「まぁ、たいていの妹は、兄がいたらブラコンだろ」

彩葉「私は違うもん!」

悠月「ほ~ん?」

陽人「じゃあ、お兄ちゃんのことは嫌いか?」

彩葉「それは…す、きだけど…」

悠月「ほほ~ん?」

彩葉「もうっ! お兄ちゃんずるい!」

陽人「はははっ」

悠月「兄妹仲睦まじいことで」


二人にからかわれている気分だ。

恥ずかしさと、おそらく赤面しているであろう顔を見られたくなくて、テーブルの上にある料理に手を伸ばす。


陽人「美味しそうだな、どれ」

彩葉「あっ! お兄ちゃん、それ私のからあげ!」

陽人「…うまいっ」

彩葉「これから食べようと思ってたのに!」

陽人「まだたくさんあるじゃないか」

彩葉「これが良かったの! もうっ!」


今日のお兄ちゃんはいじわるだ。

いつもは優しいのに…。

悠月は、またいつもの変な笑い方で笑ってるし。

もう、私の合格祝いじゃないの!?


悠月「そういやさ、いろはっち」

彩葉「ん~? なぁに?」

悠月「今度、近所で個展をやってるって知ってた?」

彩葉「個展?」

悠月「そそ。なんか、この町出身の人らしくて」

彩葉「へぇ~」

陽人「それって、このことか?」


お兄ちゃんが、何やらチケットを取り出した。

個展の情報が書いてある。

場所は家から近所だ。


彩葉「すごい近くでやってるね」

悠月「え、兄さん、これなんで持ってるの?」

陽人「あぁ、仕事の付き合いで、デザイナー関連の人からもらったんだよ。地元の話覚えててくれてさ」

悠月「さすがっすね」

彩葉「…え?」

陽人「どうした?」

彩葉「名前…」

悠月「…ほんとだ」


名前に見覚えがあった。

いや、正しくは『聞き覚え』だ。


『一輝』


彩葉「…いつ、き…」

悠月「ローマ字からも、その呼び方だな」

陽人「あぁ、確かそれであってるはずだ。若い男性だって話だぞ?」

彩葉「悠月!」

悠月「な、なんだよ、急に大声出して」

彩葉「明日いこ!」

悠月「明日!?」

彩葉「うん!!」


いてもたってもいられなくなった。

もしかしたら、本当に彼なのかもしれない。

確かめたい。

会いたい。


彩葉「お兄ちゃん、ありがと!」

陽人「お、おう」


祝賀会の存在をすっかり忘れ、

気持ちは明日へと向いていた。

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