第7話 今、できること

彩葉「……」

悠月「なぁ、いろはっち」

彩葉「……」


暗闇の中、風の音と顔に当たる雪の感覚。

手はかじかみ、思うように動かない。


悠月「もういいんじゃないか?」

彩葉「…もう少しだけ」

悠月「…はぁ、仕方ねぇなぁ」

彩葉「…ごめん」

悠月「いいよ。こんな真っ暗な中、いろはっちを一人残すわけにいかないしさ」

彩葉「……」


携帯の画面の光が悠月を照らす。

見える灯はこれだけだ。

雲も厚く低く、月の光も届かない。

どん底のような空間。


悠月「…きっと、何か用ができたんだよ」

彩葉「…うん」

悠月「別に今日じゃなくても、明日も会えるかもしれないじゃん」

彩葉「…うん」

悠月「いろはっち~?

彩葉「…うん」

悠月「……はぁ」


学校を早退して、彼に会いに来た。

話したいこともたくさん考えてきた。

でも…。

彼は、その日、そこにはいなかった。


彩葉「…もう、会えないのかな」

悠月「なんでそうなる」

彩葉「明日、会えるとは限らないから…」

悠月「そりゃそうかもだけど、会えるかもしれないだろ?」

彩葉「……」

悠月「明日がダメなら、明後日。明後日もダメなら、その次。きっと会えるって」

彩葉「…前にね」

悠月「ん?」


思い出したことがあった。

小さい頃に、兄に言われた言葉。

今は遠く離れて暮らしているから、

もうしばらく会っていない、私の兄。


彩葉「お兄ちゃんがね、言ってたんだ」

悠月「いろはっちの兄…」

彩葉「うん。『明日が、当たり前のように来るとは限らない』って」

悠月「それって…」

彩葉「『今を大事にしろ。明日の為に、今やるべきこと、できることを考えろ』って」

悠月「そっか」

彩葉「なんで今、思い出しちゃったんだろうね」

悠月「……」


兄とは年が離れている。

私が小学校高学年に上がるころには、

一人暮らしを始めていた。

兄との思い出はほとんど覚えていないのに、

この言葉だけは、なぜか残っていたみたいだ。


彩葉「…ねぇ、悠月」

悠月「どした?」

彩葉「…帰ろっか」

悠月「え、いいのか?」

彩葉「うん」

悠月「待つんじゃ…」

彩葉「だって、今私にできることって、明日も同じくらいの時間にここに来れるように、風邪ひかないようにすること、だもん」

悠月「…そっか」

彩葉「だから、今日は、帰るの」

悠月「わかった、送ってくよ」

彩葉「え、いいよ~。ここからすぐだし」

悠月「いいから」


家までの道には、

綺麗に整えられた

雪の絨毯が出来上がっていた。

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