第5話 会話と、名前と、突然の、

彩葉「あ…いた」


いつもより早い時間ではあったが、

いつもの場所にその男の子はいた。


悠月「あの子?」

彩葉「うん」

悠月「ふーん」


反応が薄いな、確認したかったのかなと思った次の瞬間


悠月「ねぇ!」


こちらを振り向く彼。

少し驚いた表情を見せたのも束の間、すぐにいつも見せる顔に戻る。


悠月「おはよ!」

一輝「…おはようございます」

悠月「…声が小せぇ」


心の声漏れてるよ、悠月。

絶対聞こえてるって…。

そう思いながら彼の方を見ると、

表情一つ変えずにこちらを見ていた。


一輝「……何か用でも?」

彩葉「あの! …あの、その…」

一輝「……」

彩葉「今日も、寒いですね」

一輝「……」


咄嗟に出た言葉は、もちろん続くわけが無く、

気まずい雰囲気が漂う。

何してるんだろう、私。


悠月「回りくどいのめんどうだから、単刀直入に聞くけど」

一輝「……」

悠月「あんた、何者? ここで何をしてるの?」

一輝「…仕事」


溜め息交じりに出てきたその言葉は、

見たらわかるだろ、といった印象を受けた。

まぁ、そうだよね…。


彩葉「お仕事、なんですね! 朝早くからお疲れ様です!」

一輝「…どうも」

彩葉「……」


気まずい…。

どうしようかと隣を見ると、そこには少し笑みを浮かべた悠月の姿が。


悠月「へぇ~、仕事。 農家?」

一輝「…まぁ」

悠月「ふーん」

一輝「……なんですか?」

悠月「いや? この辺で見ない顔だからさ~」

一輝「…そうですか」

彩葉「ちょっと悠月、もういいんじゃないかな」


このままだと嫌な雰囲気になりそうだったため、思わず止めに入ってしまった。

いや、もうすでにそんな雰囲気なのかもだけど…。


悠月「いいから、いろはっち」

彩葉「でも……」

一輝「…いろはっち」

彩葉「え?」

悠月「ほぅ~?」


驚きを隠せなかった。

隣の悠月はというと、不敵な笑みを浮かべていた。

まさか名前を呼んでくれるとは思わなかった。

名前、いろはっちじゃないけど…。


悠月「興味あるんだ?」

一輝「…別に」

彩葉「あの!」

一輝「……」

彩葉「名前! 教えて、くれません、か?」

一輝「…一輝」

彩葉「一輝、くん」

悠月「いっき?」

一輝「…ちがう」

彩葉「いつきくん、じゃないかな?」

悠月「あぁ! 一輝ね! おっけおっけ! 最近耳が遠くてね~」

彩葉「おばあちゃんじゃないんだから」

悠月「誰がババァじゃ」

一輝「……」

彩葉「あっ…」


笑ってる?

もしかして、今のやり取りを見て笑ってくれたのかな。

やっぱり良い人なのかもしれない。

そう思うのと同時に、仕事の邪魔をしてしまっていることへの罪悪感も強くなってきていた。


彩葉「お仕事の邪魔しちゃって、ごめんなさい。そろそろ行きますね!」

悠月「え? もう?」

彩葉「いいから! お仕事中なのに、悪いよ」

一輝「…別に」

彩葉「え?」

一輝「邪魔なんて思ってないです」

彩葉「そ、そう…? でも…」

悠月「仕事何時まで? うちら学校終わったらまたここ通るし、時間合えば、どう?」


どう?って何がよ!

心の中でツッコミを入れていた。


一輝「…16時には帰るので」

彩葉「あっ…」

悠月「16時かぁ」

彩葉「……」

悠月「早退すっか」

彩葉「えぇ!?」

悠月「おっけ! 15時30分頃にはここに来るわ」

彩葉「ちょ、ちょっと悠月!?」

一輝「……」

悠月「んじゃっ、そういうことで!」


私、早退するの…?

なんかどんどん勝手に決まっていく気がする。

でも…なんか


悠月「少し嬉しいだろ?」

彩葉「っ! そんなことないっ! ほら行くよ、悠月!」

悠月「へいへい」

一輝「……」

彩葉「邪魔しちゃってすみませんでした。お話してくれて、ありがとうございます!」

一輝「…いえ、別に」

彩葉「それじゃあ、いってきます!」

一輝「…気を付けて」

彩葉「はい!」


悠月の手を引いて歩き出す。

後ろから、またしてもあの笑い声が聞こえてきている


悠月「くくくっ…」

彩葉「もう! 悠月ったら!」

悠月「話せてよかっただろ~?」

彩葉「それは…そう、だけど…」


強引すぎなのよ、ほんと…。

続きの言葉を飲み込み、学校へと向かう。

さっきまでの寒さが嘘のようだ。

暖かい気持ち。


彩葉「…また、お話できるんだ」

悠月「くくくっ…」


学校早く終わって欲しい気持ちがどんどん強くなっていた。

でも、大事なことを忘れている気が…。


彩葉「ちょっと待って」

悠月「ん?」

彩葉「私、学校早退するの!?」

悠月「当然」

彩葉「なんで!?」

悠月「会うため」

彩葉「もぉ~…なんでよぉ~」

悠月「くくくっ…」


どんよりとした雲からは

白い結晶が少しずつ落ちてきてた。

自転車じゃないから、少し早めに学校出ないといけないかもしれない。

心の中では、もうすでに学校を早退することが決まっていた。

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