第7話 初めてのクエスト
諒太はセンフィスをあとにし、またもや王城前の大広場へと向かった。それは夏美からのプレゼントを受け取るためである。夏美はレベリングの代わりとして経験値が三倍になるというリングを騎士団に預けてくれているのだ。
アルカナの世界ではあらゆるNPCに言付けが可能らしい。指定された場所が騎士団であったのは夏美が聖騎士であるからだろう。
大広場にある騎士団本部の詰め所を訪れ、受付にフレアを呼んで欲しいと伝える。騎士団長である彼女であれば夏美の言付けを知っているはずだと。
「リョウ、どうかしたのか?」
騎士団の象徴である白いマントが本当に似合っている。ギルド受付嬢のアーシェも可愛いけれど、フレアもまた主要NPCとして遜色ない美貌を兼ね備えていた。
「いや、実はアイテムの受け取りをお願いしたくて……」
「はあ? 君は何を言っているんだ? セイクリッドに来たばかりの君に誰が言付ける?」
何だか話が繋がらない。ひょっとして夏美が忘れているのではないだろうかと思う。
「あいつは小魚よりも記憶力がないからな……」
一抹の不安を覚えつつも諒太は依頼者の名前を口にする。再会したばかりの残念な幼馴染みが操作するキャラクター名を。
「ナツという聖騎士が騎士団に預けていったものを受け取りたいのです……」
なぜかフレアは目を丸くしている。これがどういった反応なのかは分からなかったけれど、彼女には思い当たる節があるようだ。本当に知らないのであれば先ほどのように小首を傾げていたことだろう。
少し待ってくれとフレア。どうやら話が通じた模様だ。この辺りはやはりNPC感を覚えずにはいられない。
奥の部屋へと入ったフレアが戻ってくるまで五分ばかり。再び諒太の前に現れた彼女は何やら大きな箱を持っていた。
「リョウ、もう一度確認するが、確かに聖騎士ナツの言付けなのか?」
なかなか疑い深い。合い言葉さえ合っていれば簡単に受け取れると諒太は考えていたのに。
「ええ、そうです。俺にはそのアイテムが必要ですので……」
諒太の返答を聞くや、フレアは大きな箱をゴトンと机に置く。確か夏美はリングだと話していたというのに、両手で抱えるような荷物だとは驚きだ。
「これはかつて聖騎士ナツが騎士団に預けていったもの。しかし、この箱を開くには資格が必要となる……」
フレアは中身を知っている可能性があった。だからこそ言葉を濁す。もしかするとβテストの報酬である叡智のリングは夏美以外に使用できないのかもしれない。
「えっと、【死ぬ時は前のめり】……」
とりあえず受け取るしかない。諒太は無駄な問答を省略し、合い言葉を口にした。
すると何の前兆もなく机におかれた箱が不気味に輝き始める。
「こ、これは……?」
どうしてかフレアが愕然としていた。流石に大袈裟な反応だと思わざるを得ない。面倒な上に白ける演出。今後はあまり利用したくない感じだ。
程なく輝きは失われ自然と箱が開いていく。また聞いていた通りに中身はリングだ。箱の大きさに不釣り合いな指輪が一つ入っていた。
「ありがとう、フレアさん。これから俺は魔物の討伐に行きますので……」
呆然とする彼女を放置し、諒太は騎士団をあとにしていく。その足で冒険者ギルドへと向かい新たな依頼を受けようとして。
「リングは装備できたし、経験値三倍の効果も表示されている。依頼を受けながらレベリングすればナールも貯まるし、ギルドランクも上げられる……」
ステータス欄には特殊能力として経験値三倍が表示されている。夏美は既にレベル100であったから追いつくのは難しいだろうが、レベル50まで三倍の早さで到達できるのは後発組にとって有り難い話だ。
「意地悪なリョウさん、こんにちは!」
ギルドではアーシェが笑顔で迎えてくれた。NPCとはいえ先ほどの遣り取りが会話に反映されるのは嬉しいものである。たとえそれが嫌味であったとしても。
諒太は苦笑いを浮かべながらも新しい依頼書を彼女へと手渡す。
「えっと、騎士団の紹介状によってDランクからスタートしてますけど、リョウさんは駆け出しなんでしょ? 本当にオーク討伐なんて依頼を受けられるのですか? それもお一人で……」
プレイヤーには名前の隣に星印がついている。見たところギルドにプレイヤーはいない。かといって回線が微妙な諒太は始めからソロで戦うつもりだ。
「恐らくナツが話してた緊急クエストに参加してるんだろうな……」
「はい? 緊急ですか?」
緊急クエスト中に通常クエストをこなすなど初心者以外にはいないはず。緊急クエストには間違いなく報酬が用意されているのだから。
「ああいや、こっちの話だよ……。それで俺はオーク討伐依頼を受けようと思う。最初だからこそ無理ができる。今なら死んだとしても、それほど痛手じゃないし」
「不吉なこと言わないでください! また悪い冗談ですか?」
アーシェの反応には改めて驚かされていた。先ほどのからかいをまだ根に持っていることもそうだし、どのような会話にも対応してくる。自然な会話がNPCと交わせるなんて思いもしなかった。
「最初にしかできないこともあるんだ。レベルも上がったし何とかなる。俺だってちゃんと考えているんだぞ?」
「レベル? それって何のことです?」
AIの進歩に感動した矢先であったけれど、やはり会話が成立しないこともあるらしい。どうやらアーシェにはレベルという概念が与えられていないようだ。
プレイヤーにはNPCのレベルも一目瞭然だが、彼女たちにはプレイヤーの能力が分からないという設定なのかもしれない。
「気にしないでくれ。必ずオークを狩って戻ってくる。その報酬で今度こそ何かご馳走するよ……」
「本当に冗談は止めてください。このオーク討伐依頼は小規模とされていますけど、まだ詳細が不明なんです。Dランクの依頼ですが、先ほどのように規模が異なる場合が考えられます。無理だと感じたら絶対に逃げてくださいよ? リョウさんの無事が一番ですからね……」
本当に可愛いなと諒太はニヤリとしている。男心のくすぐり方ってやつを開発陣は分かっていると思う。アーシェはその辺りに特化して作られたキャラクターに違いない。
「食べたいものでも考えておいてくれ。達成報酬は600ナールもあるのだし」
「もう、そういうことは無事に帰ってきてからにしてください!」
アーシェと存分に会話したあと、諒太はセンフィスを出て依頼書にある森を目指す。
依頼は王都の直ぐ近くにできたオークの集落を殲滅するというものだ。慎重にレベル上げをしてもいいのだが、レベル3ならば1に戻ってもしれている。トラウマという死の痛みは避けられないけれど、ゲーマーとして諒太はこの賭けが正しい選択だと思う。
失うものが少なく得るものは大きい。仮に上手く殲滅できたとすれば、残金と合わせて950ナールとなり、アーシェに晩ご飯を奢ったとしても、一つはスクロールを買うことができる。
「Fランククエストのホーンラット三十匹でレベルが2上がった。Dランクのクエストなら一気にレベルアップするはず。しかも経験値は三倍もある……」
取らぬ狸のとは言うけれど、取った気になるのも仕方がないことだ。これはゲームである。如何にリアルであろうとも攻略できると諒太は信じている。
センフィスから三十分ほど歩いた場所。諒太はオークが住むという森に来ていた。小さな集落と予想されているらしいが、仮にこれが現実であれば大問題となっている距離だろう。
「先制攻撃で仕留められたら問題ない。もし一匹のオークを倒すのに四回以上の攻撃が必要なら俺の負けは確定だろう……」
諒太だって楽観的に考えているだけではない。最悪の想定も既に済ませている。ただ彼はまだレベル3。ここで死に戻ったとしても、ホーンラット三十匹を倒せば元通りとなる。ならば諒太は試してみるべきだ。自分がどれくらい戦えるのかを。
森へと入って五分ばかり。諒太はオークの集落らしき洞窟を発見していた。そこは集落と聞いて想像していたものと違っていたけれど、何頭ものオークが出入りする洞窟こそがオークの住み処に違いない。
「まずは見張り役にファイアーボールをぶつける。撃ち放ったと同時に次を詠唱だ。それを繰り返して討伐してやる」
依頼書には小規模なオークの集落とだけあった。よって何頭いるのか分からないし、洞窟に奥行きがあるのは明らか。ただし諒太は洞窟の入り口にて戦うつもりだ。狭い場所で戦うのは逃げ回る必要がある魔法士にはリスクが高すぎた。
オーク【Lv8】
洞窟の入り口に立つオークはレベル8。諒太との差は5つもある。見たところ全てのオークがレベル8であることから種族で強さが決まっているのかもしれない。
「枝を集めておこう。火をつけて投げ込んでやる」
運命のアルカナに酸素の概念があるかどうかは分からないが、ファイアーボールによって野菜も燃えていたのだ。ダメージは与えられなくとも、枝を燃やせば混乱させるくらいはできるかもしれない。
植物の蔓で縛って枯れ枝を束にしていく。できることをこなしていけば、きっと格上の相手であっても倒せるはずだ。
「炎より出でし精霊の力を我に。灼熱の吐息にて焼き尽くせ……」
小声で詠唱。見張りらしきオークに見つからないように。願わくば一撃で屠れるよう諒太は全身全霊のファイアーボールを撃ち放つ。
「いけぇぇっ! ファイアーボール!!」
諒太はかなり滾っていた。高難度のクエストに挑むのだ。ゲーマーとして絶対にクリアしてやろうと思う。
撃ち放つや否に諒太は次を詠唱する。一発目は間違いなく命中したけれど、オークはまだ生きていたのだ。少しフラリとしただけであり致命的とは言い難い。
「これで死んでくれぇぇっ!」
二撃目のファイアーボールが命中する。しかし、オークは膝をついただけで絶命していない。悪い想定である四撃以上かかる場合まで考慮する必要があった。
運命のアルカナではHPとMPの数値は確認できない。それは魔物だけでなく自分自身も。HPとMPだけは自身の感覚によって見極めなければならなかった。
HPは減少すると疲れにも似た感覚に襲われ、ゼロになれば死亡となる。またMPが少なくなると目眩を覚え、それが尽きると失神してしまう。さりとて諒太は動ける限りに攻撃し、ファイアーボールを撃てる限りは戦うだけである。
「くそっ!」
洞窟からは騒ぎを聞きつけた新手が飛び出てきた。それによりオークは三頭。一頭はもう直ぐ片付くだろうが新手の存在は確実に諒太を追い込んでいる。
諒太は茂みを飛び出し、三頭の前へと進む。これ以上現れては戦えない。そうなる前に枯れ枝を投げ込み、火を放つしかなかった。
「ファイアーボール!!」
都合三撃目となるファイアーボールを放つ。これで最初の一頭を倒せなければ敗北が濃厚となる。次々と現れるオークによってなぶり殺されるだろう。
ところが、三発目のファイアーボールはオークの息の根を止めた。直撃したオークは炎上したあとバタリと倒れて動かなくなっている。また刹那に脳裏へ響くのは告知音だ。
それはレベルアップの通知である。経験値三倍のチートリングを装備した諒太はオーク一頭でレベル5にまで成長していた。加えてファイアーボールの熟練度も同じレベル5になっている。
「いける! 燃やし尽くせぇぇっ!」
洞窟の入り口に薪を放り込み火を放つ。以降は逃げ回りながら詠唱を繰り返しファイアーボールを撃ち続けている。魔法威力に直結するインテリジェンスがどれだけ上がったのか分からなかったけれど、二頭目のオークは二発で倒せた。続く三頭目も同じように二発を命中させ討伐。加えて援軍は入り口に燃えさかる枯れ枝のおかげで一頭ずつが現れるだけだ。
「このクエスト、もらったぁぁっっ!」
既に十体を倒し、レベルは10に達していた。ファイアーボールの熟練度もレベル9となっている。レベルと熟練度のおかげか、現れるオークは全て一撃で消し炭となってしまう。
こうなるとホーンラットもオークも変わらない。的が大きい分オークの方が楽とまでいえた。
ゲーマーの血が騒ぐ。困難な状況こそ燃えたぎるのだ。既に討伐は十二頭。小規模な集落であれば残りは僅かといっても構わないだろう。
「さしずめクエストボスって感じか……」
しばらくして現れたのはそれまでのオークとは明確に異なった。体躯は一回り大きく、巨大な棍棒を手に持っている。それが上位種であるのは明らかだった。
ハイオーク【Lv18】
「ハイオークか……」
オークが8であったことから二倍近くは強くなると覚悟しておくべきだ。だが、オークは既に一撃である。如何に強かろうとも一頭では諒太の勝利は揺るがない。
「ファイアーボール!!」
やはり一撃では倒せない。しかし、それは想定内である。二倍のレベルであるハイオークまで一撃で倒せるはずもない。
諒太にとって想定外の問題は他にあった。彼が追撃を加えようと呪文を唱え始めたところで、洞窟から更なる新手が現れたのだ。
それは二頭目のハイオーク。もしもオークと比べて単純に二倍の強さではないのなら、諒太は再び窮地に立つだろう。何十発も撃たねば倒せない敵であれば、彼に勝機はない。
「爆ぜろぉぉっ!」
二発目も効いた感じはない。この分だと二頭を相手にするのは困難となるはず。けれど、物理攻撃が可能な武器は杖しかなく、入手した打撃スキルの熟練度も1しかない。従って諒太が生き残るにはファイアーボールにより焼き尽くすしかなかった。
ハイオーク二頭は挟み撃ちをするように諒太を襲う。コンビネーション攻撃を繰り出すところはやはり上位種である。幸いにもハイオークの攻撃は避けきれないほど速いわけではない。何とか二頭の攻撃を避けながら戦えると思った。
「まだかよっ!?」
都合九発目のファイアーボールを撃った瞬間のこと。後方へと下がりながら回避していた諒太は急に足を取られてしまう。派手に尻餅をついてしまい次の回避行動が取れなくなっていた。
蹴躓いた諒太に遠慮することなく二頭が迫り来る。隙を与えてしまったのは自分自身であるけれど、このような凡ミスで死に戻るなんてゲーマーとして許せない。
「クソッタレ!」
最後まで諦めない。諒太は尻餅をついたまま十撃目をハイオークへと放つ。
瞬時にハイオークの顔面を炎が包み込んだ。最後まで足掻く諒太に神が味方したのか、唸り声を上げてハイオークはよろめく。遂には巨体を揺らしながら倒れ込み、ハイオークは息絶えた。
これにより残すところは一頭となる。しかし、ここまでだろう。へたり込んだ彼にハイオークの攻撃が何度も躱せるはずはない。また魔法士がハイオークの攻撃を何発も凌げるとは考えられなかった。
ところが、刹那に脳裏へと通知音が響く。ただし、レベルアップを知らせるだけの通知ではない。
『ファイアーボールの熟練度がLv10となりました』
それはまさに福音であった。諒太のファイアーボールはこの瞬間からスクロールを必要とせず、無詠唱にて熟練度の数だけ撃ち放つことが可能となる。初球魔法であるからか、或いは叡智のリングによる効果なのか。その成長は想像よりも早かった。
「勝てるっ!!」
棍棒を振り上げたハイオーク。今にも振り下ろされそうである。
起死回生の戦法は無詠唱魔法を撃ち込むこと。ファイアーボールを10発。それがハイオークを屠るためのダメージ量だ。途中でMPが切れたのならゲームオーバーとなり、逆にMPが足りたのであれば諒太は勝利を収めるはず。
「デッドオアアライブとは分かりやすくていいな!」
いずれにせよ窮地にあるのだからと諒太は賭に出る。態勢を立て直すよりも、攻撃によっての討伐を選択した。
「まずは転がって回避。そのあと撃てるだけを撃ち込んでやる!」
大きなモーションは有り難かった。振り下ろされた棍棒を諒太は転がって回避する。そのまま杖をハイオークへと向け、ファイアーボールを撃ち放つ。
「焼き豚にしてやんよっ!!」
レベルアップのたびにMPは回復していたのかもしれない。今もまだ諒太には余裕があった。杖の先で成長していく十個の小火球は全てハイオークへの贈り物だ。
「滅しろっ! ハイオークッ!」
まさに間一髪だった。追撃を食らいそうになったその瞬間、諒太が放ったファイアーボールは全弾がハイオークへと命中している。
恐らくはオーバーキル。身体中に炎を残したまま最後の一頭はゆっくりと倒れ込んだ。まるで夏美に聞いた合い言葉をハイオークが実践しているかのよう。最後は前のめりに地面へと伏していた。
「や、やった……」
脳裏に鳴り続ける告知音。この時点でレベルは19となっていた。やはりハイオークの経験値はオークと比べものにならない。たった二頭でレベルは9もアップしている。まだ二戦目であったというのに、諒太はもうレベル20を目前にしたところまできていた。
「やっぱ経験値三倍はチートだな……」
残念な幼馴染みに感謝である。もしも通常の状態であれば絶対に倒し切れていない。途中でレベルアップがあったからこそ諒太は勝利できたのだ。
「とりあえずギルドに戻るか……」
こんな今も疲れはない。つまるところレベルアップ時には体力も魔力も回復していたのだろう。
帰路につく諒太の足取りは軽かった。それはもちろんギルドのアイドルに最高の報告ができるからである。元よりダメージはない。諒太は足早にギルドへと駆け込んでいく……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます