第6話 チュートリアル
城下町である【王都センフィス】へと続く長い石畳を進んだ場所に大きな広場があった。城門を抜けて直ぐのところ。大広場の中央には巨大な石碑が建てられている。騎士団の詰め所も広場にあることから石碑は騎士団に纏わるものかもしれない。
【大賢者ベノンによる異世界召喚の碑】
どうやら世界説明のようだ。恐らくベノンはかつて異世界召喚に関わった人物であろう。
【勇者は異世界からのみやって来る。世界を救う神聖力は異世界の勇者のみが持つ。もしも暗黒竜の封印が解けた際には迷わず異世界から勇者を召喚すべし】
ベノンという大賢者の言葉に従い召喚されたという設定らしい。また内容は諒太が召喚された意味合いを暗に示すものであった。
【召喚陣は王城の地下に残す。ただ勇者を呼び寄せる代わりに召喚術士は失われるだろう。それが世界の理であり、世界を救う代償となるのだ】
恐らくこの文面は最初の異世界召喚後に記されたものとして存在している。召喚によって術士が失われた事実をプレイヤーに改めて伝えるものだ。
【異世界召喚は最後の切り札である。従って封印が解けない限り実行すべきではない。なぜなら異世界間に道を繋ぐという行為は世界に異変をもたらすからだ。繋がった道を介して双方の世界は同質化を図ろうとする。互いに歪みが生じぬよう、あたかも始めからそうであったかのように改変を始めるのだ。誰も気付かぬ改変が自然と成されてしまう】
ここはよく分からなかった。後々に解明される謎であるのかもしれない。
【全てはセイクリッド神による神託によって明らかとなったことだ。仮に世界を改変したとしても、神は世界の存続を望まれている。だからこそ召喚術を我らに授けた。晦冥神とは終焉をもたらす邪神。未だかつて邪神の呪いに打ち勝った世界はないという。けれど、我々は神の期待に応えねばならない。この試練を乗り越えなければならない……】
どうやら晦冥神はどこかに所属する神ではなく、あらゆる世界に終焉をもたらす邪神であるらしい。プレイヤーたちはセイクリッド神に誘われ、世界を存続させるために戦うという設定のようだ。フレアの話とベノンの石碑により世界観は割と理解できた。
「先に夏美のフレンド登録をしておくか。えっとコードは……」
チュートリアル後でも良かったのだが夏美はせっかちである。小学生の頃と変わっていなければ登録が遅いと怒られてしまうはずだ。
「メッセージを送信と……。これでとりあえずは怒られないだろう」
あとは夏美の緊急クエストが終わるのを待つだけだ。諒太はそれまでにチュートリアルを進めておく。彼女の準備が整い次第、一緒に戦えるように。
チュートリアルの第一段階は職業を決めることだ。ただし、選択するわけではなく、その職業にあった装備を購入するだけである。剣士なら剣を装備し、魔法使いなら杖といった風に。
「やはり第一希望は魔法職だな……」
夏美が戦士系の聖騎士であるし、諒太は違うルートを選択しようと思う。転職に意志は反映されず自ずと決定していくのだから、最初の基本ジョブで彼女との違いを明確にする必要があった。
「ステータスを確認しよう。まるで駄目ならリセマラするしかないな……」
ステータスは頭部のスキャン結果を数値化し、それに補正を加えたものが初期値となった。またリセマラというやり直しはあまり意味がない。頭部のスキャン結果によってベース値が決定しているのだから、補正により若干の上下があったとしても、まるで違う数値は期待できないのだ。従ってよほど酷い数値でないのなら続けた方が賢明である。
【リョウ】
【時空を歪めし者・Lv1】
【ATK】4
【DEF】3
【INT】5
【AGI】3
【LUC】1
【特殊技能】なし
考えていたよりも、かなり優秀なステータスだった。ネットで調べたところによると、4が一つあるだけでもリセマラ不要とのこと。つまり諒太のステータスはやり直す必要がなさそうである。
仮に死んだ場合は最初からやり直しだ。しかし、ベース値はこの初期値と似たようなものになる。1である幸運値は何度やり直そうとも初期の最大値である5にはならないはずだ。
しかし、時空を歪めし者。何とも中二心をくすぐる二つ名である。とはいえ恐らくスタート時は全員が時空を歪めし者なのだろう。異世界召喚にて転移したというストーリー上、基本ジョブを選ぶまでは転移者を指すこの通り名であると思われる。
「賢さが5もあれば魔法職で問題ないな。いずれは魔法剣士なんてものまで狙えそうだ」
ステータスに満足し諒太は王都にある魔道具屋へと行く。まずはローブと杖を購入。加えて魔法職はスクロールという巻物を買う必要があった。
スクロールには詠唱文が記されている。初級スクロールまでは詠唱文さえ知っておれば買う必要などなかったのだが、熟練度が10に達するまではスクロールを読みながらでないと消費MPが増えてしまったり威力が損なわれてしまったりとデメリットが多い。また熟練度が10を超えるとその魔法は無詠唱で発動できるようになり、そこでスクロールは不要となる。ただしBランク以上となる中級と上級の魔法は発動条件にスクロールの所有が含まれていた。詠唱文を知っていようとスクロールを所持していなければ発動はできない。
「得意属性を確認しないと……」
一部の剣術や魔法には属性があった。特殊属性である無に加え、攻撃に影響を与える火・水・風・土の基礎四元素が存在する。レベルや職業によって他の属性を拾得する場合もあるが、基本職は四大元素しか使用できなかった。数値が低ければ魔法の発動に時間がかかったり、威力や消費MPにも影響を与えたりと良い効果はない。とはいえ、たとえ適正値が低かろうとも一応は発動させることができた。
【火】5
【水】2
【風】4
【土】1
【無】5
幸運値は1だったはず。だが、明らかに諒太のステータスは恵まれていた。幸運値と引き換えにしているのかもしれないが、四以上が三つもあるのだから落胆するはずがない。
「じゃあ、最初に買うのは火の初級スクロールだな」
騎士団長フレアから支度金として1000ナールを受け取っていた。しかし、ローブと杖で300ナールを消費していたから今の所持金は700ナールだ。一つ500ナールもするスクロールを全て揃えるなど不可能である。この辺りは戦士系と比べると明らかにハードルが高い。
諒太は最大値であった火のスクロールを選択。無属性も5であったが、スクロールの店にはそれらしきものがない。恐らく無属性魔法は初級スクロールが設定されていないのだろう。
「あとは回復ポーションを買っておくか……」
ネット情報によれば死の瞬間はトラウマを覚えるものだという。これほどリアルな世界である。その話が誇張されたものではないことは明らかであった。
最後に諒太は冒険者ギルドへ。チュートリアルは最初の依頼をこなすまで続くのだ。従って冒険者登録は必須である。
諒太はカウンターにいた可愛らしいNPCにフレアからもらった紹介状を手渡す。
「えっ? 騎士団の紹介状ですか!?」
アーシェというNPCはあざとく驚いている。恐らく騎士団が紹介状を用意するなど異例であると印象づけるためだろう。
薄桃色をしたボブヘア。髪色だけで諒太は理解できた。彼女こそが冒険者たちのオアシスであり、冒険者ギルドのアイドルとして生み出されたのだと。
「まあそうだけど。何か問題でもあるの?」
「いえいえ! 失礼しました。リョウさん、しばらくお待ちください」
AIの進歩はめざましい。予期せぬような会話にも対応してくる。諒太はアーシェの反応が面白くて仕方なかった。
騎士団の紹介状のおかげか、諒太は待たされることなく身分証となるギルドカードを受け取っている。アーシェとしばらく会話したい気もしたけれど、今はチュートリアルを終わらせるのが先であった。
「さて、ホーンラット十匹の討伐は……」
掲示板に貼り出された依頼書の中にホーンラットの討伐を発見。流石にチュートリアルの最後を飾る部分に変更はないらしい。これを達成すると、ようやくと諒太は解放され自由に冒険を楽しめるはずだ。
早速と依頼を受け諒太は被害に遭っているという近隣の畑へと急いだ。ホーンラットは最弱の魔物であり、角が生えただけのネズミである。討伐の証拠として角を十本持ち帰れば、それで依頼達成となった。
颯爽とアクラスフィア城下を飛び出していく。雲一つない青空から降り注ぐ日差しは柔らかく、肌に溶けていくような感じがした。この映像は本当に現実としか思えない。夏美の家で見た映像よりもずっと現実的だ。テレビの枠がないことや、視線に合わせて動く映像が効果を倍増させているのかもしれない。
「いた……」
畑に着くやホーンラットを発見。気付かれないよう忍び足で近寄り、諒太はスクロールを読み始めた。
「炎より出でし精霊の力を我に。灼熱の吐息にて焼き尽くせ――」
初級呪文であるからか詠唱文はかなり短い。どれだけの回数で倒せるのか不明だが、相手はただのネズミである。一撃で倒せる可能性は高いはずだ。
「当たれぇぇっ! ファイアーボール!」
詠唱したのは諒太自身である。しかし、その彼は目を疑っていた。本当に魔法が発動している。ゲームであることは分かっていたけれど、火球が飛んでいく様子は現実に迫るほどの臨場感があり、この瞬間に限っていうと明確に現実を超えていた……。
杖の先より現れし火球が野菜を囓るホーンラットへと一直線に放たれていく。またそれは着弾するや炎上し、その場にいた数匹は一瞬にして黒焦げとなった。
「すげぇ、初級魔法なのに一応は範囲攻撃なんだ……」
野菜まで焦げてしまったのはご愛敬だ。しかし、得意属性のせいか威力は想像以上である。一度に三匹を仕留められるなんて考えもしていなかった。
「詠唱時間があるから威力は強めなのかもしれん……」
ファイアーボールの威力を確認した諒太。割と感動していたのだが酔いしれている場合ではない。ホーンラットは群れを成す魔物だ。三匹を倒したとして周囲にはまだ多くが潜んでいるはず。
「痛ぇぇっ!」
草むらから突進してきた一匹の攻撃が諒太の手をかすめる。流石に聞いていた通りの感覚。かすっただけであるというのに激痛を覚えていた。
「やべぇな。でもこの感じは嫌いじゃない……」
ゲーマーとして危機であるほどに血が騒いだ。諒太はホーンラットの攻撃を避けつつも次なる詠唱を始めている。
「ファイアーボール!」
次々と襲い来るホーンラットに諒太は魔法を撃ち込む。しかし、魔法の詠唱を待ってくれるはずもなく、ソロである諒太は対応しきれない。
「クソッ! 詠唱が間に合わねぇ!」
自然と身体が動いた。決して打撃武器などではなかったが、諒太は杖を振って襲いかかるホーンラットを殴りつけている。
「何匹でてくんだよっ!?」
十匹どころの話ではない。確かチュートリアルは十匹の討伐だと見た記憶がある。依頼書に討伐頭数など明記されていなかったけれど、何だか騙されたような気になってしまう。
「また仕様変更か!?」
詠唱しつつも諒太は杖にて殴り続ける。力の初期値が高かったせいか、或いはホーンラットが最弱の魔物であるせいか。魔法でなくとも何とか倒すことができた。
『リョウは技能スキル【打撃】を獲得しました』
不意に脳裏へと届くメッセージ。杖で殴り続けたからなのか諒太は打撃スキルを得てしまう。魔法職にて夏美との差別化を図ろうとしていたというのに。
「クソ、仕方ねぇな! 脳筋魔道士にでもなってやらぁぁっ!」
気にすることなく殴り続け、諒太は死体の山を築き上げる。無残にも焼け焦げたものや、とても見ていられないほど醜く潰れたもの等々。
ようやくと一掃できたらしい。もう襲い来るホーンラットはいなかった。加えて脳裏にはレベルアップを知らせる通知音が鳴り響いている。
「まだレベル3か……」
二十匹以上は倒したはず。けれど、レベルは二つしか上がらなかった。ファイアーボールの熟練度も同じくレベル3。最弱の魔物であったことを差し引いても、もう少しレベルアップして欲しいところだ。
「そういや、ナツが叡智のリングを騎士団に届けてくれているはず……」
レベリングの代わりにと騎士団へ預けられたものは叡智のリングだ。レベル50までという条件付きながら、経験値三倍というのは初心者には有り難いアイテムである。
「さっさと討伐証明のツノを集めてチュートリアルを終わらせよう。叡智のリングを受け取ってから戦う方がずっと効率的だし」
このまま戦いたい気持ちが溢れ出していたけれど、チュートリアルを終えなければ次へと進まない。またアクラスフィア王都センフィスへと戻らないことには叡智のリングを受け取れないのだ。逸る気持ちを抑えつつ諒太は帰路を急いでいる。胸躍る大冒険がこの先に待ち受けていることを期待しながら……。
再びセンフィスへと戻り、諒太はクエストの完了報告を行っていた。受付のアーシェに依頼書とホーンラットから剥ぎ取った角を納品している。
「リョウさん、もう達成されたのですか? それにこの数は何です?」
NPCらしからぬ反応に諒太はオッと驚いていた。普通のゲームであるならば問いなど返ってこない。報酬を手渡してくれるだけであり、おめでとうございますと言われるくらいだ。
「何って依頼書の畑にそれだけのホーンラットがいただけだぞ? 恐らく全部倒した」
「ええ!? 依頼者は五匹程度だと申告されているのですけど? これ三十本はありますよ!?」
「といわれてもな……。実際にそれだけいたんだ。かなり手強かった……」
受付のアーシェは薄い目をして諒太を見ている。諒太が嘘を言っていると疑っているようだ。
「登録の際に魔法士だと仰ってましたけど、本当は凄腕の魔道士なのではありませんか?」
諒太としては早くレベル上げに戻りたかったというのにアーシェは更なる疑問を口にしている。かといって苦痛ではない。騎士団長フレアとの会話と同じく、アーシェもまた諒太好みのキャラクターであったからだ。
「本当に初級職の魔法士だって! スクロールもファイアーボールしか持ってない」
「嘘くさいですねぇ。まあリョウさんは騎士団の紹介でしたから、ある程度の強さはあるのだと思いますけど……」
NPCはここまで進化したのかと諒太は感動すら覚えている。本当に人間と会話している気になった。如何にリアルなゲームだろうと、NPCに人間くささを感じるのはこれが初めてである。加えてアーシェの造形は見事の一言。凜々しい美人であるフレアに対してアーシェからは癒やしの波動を感じる。可愛らしい要素を全て詰め込んだかのようなグラフィックに諒太は見入っていた。
「じゃあジョブはギルドカードで確認できないのか?」
「ギルドカードの登録時には適正ジョブを調べますけれど、それ以降に個人情報が自動更新されることなどありません。ジョブは本人が更新を希望しない限り登録時のままなんです。ギルドカードはセイクリッド神が生み出されたもので、入出金の管理と身分証の意味合いしかありません。自動で反映されるのは犯罪歴や借金といったものだけです。だからAランク冒険者なのに下級ジョブなんて人までいますし、表示されているジョブに意味はないですよ。だからリョウさんの登録情報も……」
「でもそのカードを作成したのはアーシェじゃないか?」
諒太のツッコミにアーシェは声を詰まらせる。つい先ほど諒太のギルドカードを作成したのは彼女自身なのだ。よって諒太がレベル1の魔法士であるのは明らかである。
本当に面白かった。NPCとの会話だけで一日中遊べそうな気がする。今さらながらに諒太は運命のアルカナというゲームが売れ続けているわけを理解できた。
「ま、とにかく依頼完了だ。報酬を出してくれないか? チャージじゃなく現金で頼む」
「そうですね。依頼者には違約金を請求するとして、間違った依頼をお勧めしたギルドとしましては増額してお支払い致します……」
ひょっとするとレアイベントを引き当てたのかと諒太は思った。レアイベントとは通常のイベントと内容が異なる。出現する魔物の種類が異なったり、まるで違うルートに突入したり。アーシェの対応がレアイベントであれば、プレイヤーである諒太は通常よりも多くの報酬を受け取ることができた。
「ちょっとしたボーナスか……」
程なくアーシェが奥の部屋から戻ってくる。トレイには現金と諒太のギルドカード。ランクアップにはほど遠いだろうが、一応は依頼達成が書き込まれたに違いない。
「ツノの買い取り額も増額しました。現金で二百ナールとなります」
「割と頑張ってくれたんだね? それなら感謝の気持ちを込めて食事とかどうかな? 俺が奢るからさ。ディナーデートとか!」
諒太は報酬を受け取るだけで良かったというのに、アーシェをからかいだす。普通ではない反応をするNPCを困らせてやろうとして。
「デ、デ、デートですか!? わ、わたしはただの受付ですよ!?」
期待通りの反応である。アーシェは顔を真っ赤にして困惑の表情だ。でもまあ、からかうのはここまでにしておくべき。深追いすると成長ルートが妙な方向へと進んでしまう恐れがあった。
「冗談だよ! 報酬ありがとう!」
「もう、からかわないでください! リョウさんは意地悪です!」
その瞬間、ポーンと頭の中に告知音が響いた。直ぐさま諒太はその音に意識を集中させる。
『リョウは【軟派な魔法士・Lv3】となりました』
どうやらやってしまったらしい。早速と反映されてしまうとは思わなかった。しかし、問題はないはずだ。恐らく【軟派な○○】は諒太だけの称号ではないだろう。男であれば間違いなくアーシェトラップに引っかかるはずと諒太は諦めていた……。
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