美しい王女と気高い騎士

「ウルシュア。君はどうしてそうなんだ!」

「だって」


 マクシムに叱られ、妻のウルシュアは泣きそうになりながら下を向いていた。


「わかった。君は何もするな。だいたい、こんなこと君がしなくてもいいだろう」

「何かしてないと落ち着かないの」


 隣国であったサイハリを滅ぼし、チェリンダはサイハリを自治領として治めることにした。最初の自治領主になったのが、チェリンダの騎士団長だったマクシム・ベルカで、その妻は王女であったウルシュアだ。

 ヤルミルが息絶え、ウルシュアはしばらく彼の傍から離れなかった。引き離したのはマクシムで、彼は彼女に説いた。  


ーーヤルミルの死を犠牲にするのか、と。


 戦争が終わり、王女ウルシュアの嫁ぎ先を探し始め、最初に挙手したのがマクシムであった。当初からヤルミルが誤解するように二人は相思相愛とも思われたこともあり、婚姻の話はすんなりと通り、戦争終結から半年で、ウルシュアは臣籍降下し、マクシムの妻になった。


「君がすべきことは他にある」

「他にって?どうして私もあなたの一緒に街に降りれないの?この目でしっかりと見たいのに」  


 彼女がマクシムの妻となり、一か月が経過した。

 ウルシュアは彼に同行して、サイハリの民と触れ合うことを望んだが、時期尚早とマクシムが許可を出さなかった。王は悪政を敷いており、重税などから解き放たれ生活は楽になっているはずだった。けれども、戦争で兵士として駆り出された多くの民が犠牲になっており、憎悪を抱くものは少なくない。  

 マクシム一人であれば、対応できるところをウルシュアがいれば足手まといになる恐れがあった。また最悪彼女が傷つけば、王がサイハリの自治権を取り上げ、民を敗戦国の奴隷として扱い、完全に支配下に置く可能性もあった。  

 最悪の事態を想定して、彼はサイハリの民の感情が落ち着くまでは、彼女を民の前に披露するつもりなかった。


「時期が悪い。もう少しお待ちください」


 マクシムは臣下であった時の口調に戻し、彼女に請う。


「……わかったわ」


 そうするとウルシュアは肩を落としながらも頷き、納得してくれたようだった。

  親しい友などは、マクシムをからかうことが多いが、ウルシュアとは夫婦の関係はなかった。

 初夜の日に彼はそう彼女に伝え、ほっとしている姿になんだか苛立ちを覚えた。けれども、ウルシュアを妻に迎えると決めた時、彼はヤルミルに誓った。

 決してを手を出さないと。

 彼女を妻にした理由で一番大きかったのが、この理由だ。

 ヤルミルのために、または彼女自身のために、その純潔を守る。そして、自分たちが滅ぼした国の、サイハリの民の生活を安定させる。彼が目指したのはこれらの点で、今のところ、順調にいっている。

 悪政を支えた文官や武官を離職させ、目の曇っていない者達を復職、要職につけたり。マクシムの仕事は多く、こうしてウルシュアの相手をするのが面倒だと思うほどだった。

  それを彼女も感じているらしく、焦って、家事を手伝ったりして、使用人から苦情が入る。今日もその流れ、彼は大きな溜息をつきながら、彼女に苦言を入れた次第だ。


「……何か、させることがあればいいのか」  


 王女として、彼女は教育を受けている。それであればと、彼は自身の仕事を手伝わせることにした。  

 そうして彼女はやっと復興に携わることができて、落ち着きを取り戻した。

 二人で領地に関して議論しながら、統治を続け、一年後、サイハリの王宮ーー自治領主居城で、祝いの場を設けた。同時にウルシュアを初めて民の前に披露することにした。  

 その頃には民たちも落ち着きを取り戻して、マクシムが道を歩いていても、罵声が飛んでくることなどなくなっていた。  

 美しい元王女に、サイハリに光を取り戻した騎士、二人が並んだ姿は絵になり、復興の象徴となった。

 こうして、彼らは英雄として祭り上げられていく。


「……ヤルミル……」


 十年後、ウルシュアは病に倒れた。

 愛しいその名を口にしながら、最後は微笑んで彼女は永遠の眠りについた。  

 残されたマクシムは、その後もサイハリの自治領主として手腕を振り続け、十年後、彼が四十歳の時、その生涯を閉じた。  


 ーー次の人生は、好きなように生きる。  


 死に際、彼はそうつぶやいたが、誰に聞かれることもなかった。    


(完)

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前世は精霊に愛された純粋な青年でしたが、今度は絶対に報われない恋なんてするもんか。 ありま氷炎 @arimahien

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