第43話 春の思い出、エイプリルフール4
次の日、四月一日。夜。
あたしはまだジークフリートともヘラクレスとも馴染んでいなかった。
あたしからマスターを奪うこの泥棒猫達と仲良くする気なんてない。
同じ猫でも昨日見つけた猫とは天地雲泥の差だ。
マスターはいつ帰って来るんだろう。
早くマスターに会いたいな。
あたしの作った肉じゃが食べて欲しいな。
するとドアがノックされた。
今ノックするのはジークフリートかヘラクレスしかいない。
一体なんだろうと思って、あたしはいやいや自室のドアを開ける。
「何よあんたら」
案の定、そこにはジークフリートとヘラクレスが立っていた。
そして、
「タケルさん、マスターが帰ってきましたよ」
「今、玄関にいるのですよ」
「え、本当!?」
あたしは慌てて部屋から飛び出した。
チャイムは鳴っていないけど、飛び出した。
自分はチャイムも聞こえない程に呆けていたのかと思ったが、でもそんなことはどうでもいいと玄関に向かった。
「マスター♪」
誰もいなかった。
ドアスコープも覗いたけど、誰もいない。
あたしはわけがわからなくて、辺りをきょろきょろと見回してしまう。
「ひっかかったのですよ」
うしろからヘラクレスの声が聞こえて来る。
続けてジークフリートが申し訳なさそうな声で、
「すいませんタケルさん。今日はエイプリルフールですので、今のは嘘です」
「は?」
あたしは、口をポカンと開けて立ちつくす。
「タケルちゃんはいつも難しい顔ばかりなのです。わたし達は仲間なのだからもっと仲良くなるべきなのです。なのでエイプリルフールを機にからかったのですよ」
「本当にすいません、お詫びにケーキを焼きましたのでみんなで食べ」
「フッザけんじゃないわよ!」
ジークフリートとヘラクレスが黙り込んだ。
「っ」
あたしは二人に背を向けて、玄関から飛び出した。
◆
あたしは凄くムカついた。
くだらない嘘、ましてマスターが帰って来たなんて嘘だ。
あたしは昨日会った猫のところに行った。
猫ちゃんにこのささくれだった心を癒してもらおう。
そんなふうに思って、でも……
「何やってるのよあんたたち!」
猫ちゃんは町の不良達の手にあった。
猫ちゃんはゴツイ手にしめあげられて、小さな声で鳴いている。
「おっと、近づいたらこいつは殺すぜ」
「昨日の礼だ。本当はこいつのバラバラ死体を箱に詰めておこうと思ったんだが」
「こうなりゃ予定変更だ」
こいつら、昨日の不良の仲間ね。なんてゲス野郎なの!
あたしは腹が立ったけど、人質を取られたら手は出せない。
不良達は下卑た笑い声をあげながら、次々ナイフを取り出して構える。
銀色のナイフが、夜の月や公園のライトの僅かな光で鈍く光った。
あんな小刀よりもちっちゃな刃物、怖くなんてない。
でも、あれをかわしたら猫ちゃんは。
そう思うと、足が震えそうになって、あたしは泣きたくなった。
こんな連中倒すなんてわけないのに、あんなナイフなんて簡単にかわせるのに、今のあたしにはどちらもかなわない。
思わず歯を食いしばって、あたしは震える拳を真下に垂らしたまま上げられない。
「いい子だな、そのままおとなしく俺らに、ひん剥かれろやぁあああ!」
「タケルさん!」
「タケルちゃん!」
真横から、いきなりジークフリートとヘラクレスがドロップキックで割りこんで来た。
『みげぇえええええええええええええええん!』
不良達はまとめて六人ぐらい吹っ飛んで、公園の木に激突。
手足を変な方向に曲げてびくんびくん痙攣している。
残りの不良は五人。
でもジークフリートとヘラクレスは、そいつらを次々殴り飛ばして、みんな人形のようにカッ飛んでいく。
「ひげぇえええええええええ、おがああああぢゃあああああん!」
猫ちゃんを握っていた男は悲鳴をあげて、花瓶をひっくりかえしたようにおしっこでズボンをびちゃびちゃに濡らしながら走り去っていった。
「大丈夫ですかタケルさん。慌てて探しにきたら驚きましたよ」
「タケルちゃんはわたし達と違って傷付く体を持っているのですから、自分を大事にしてほしいのですよ」
「え? じゃ、じゃあ二人とも、あたしのこと心配して?」
ジークフリートとヘラクレスは頷く。
「当たり前じゃないですか!」
「わたし達は家族なのですよ! 心配するに決まっています」
そうして二人は、あたしの手を優しく握ってくれた。
「さっきの嘘は私達に非があります。許して下さい」
「その、マスターが帰って来た、なんて酷い嘘だったのですよ。わたし達はただ、タケルちゃんと仲良くなりたくて……」
眉尻を下げて謝る二人に、あたしは首を横に振った。
「うーうん、そんな事ない、だって今日は、今日はエイプリルフールだもん。だから嘘ついてもいい日なんだもん……だから、だから」
あたしは、公園の時計の針を見る。
針はまだ十二時を過ぎていない。今日はまだ、四月一日、エイプリルフールだ。
「二人とも大嫌い!」
あたしは二人の首に抱きつくと、声を張り上げた。
「大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い大嫌い! 二人とも大嫌い! ほんとの本当に……」
あたしは泣き顔を隠すようにして、ジークフリートの肩口に顔をうずめる。
「だいすき……」
二人は、あたしを温かく抱きしめてくれた。
「「はい」」
たっちゃんを抱き締めるジークちゃんとヘラちゃんは、優しい笑顔だった。
たっちゃんも幸せそうな笑顔だった。
四月一日、エイプリルフールの思い出だ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
角川スニーカー文庫から【スクール下克上第1巻】発売しました。
美少女英雄ガールズ・神話英雄女体化 鏡銀鉢 @kagamiginpachi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます