第42話 春の思い出、エイプリルフール3



 自分は今から二千年前の英雄、ヤマトタケルノミコト、という人物の生まれ変わり。


 あたしは精神障害者でも多重人格でも妄想癖のある危ない人でもなく、正真正銘神話の英雄ヤマトタケルだった。


 それからどんどん生前の記憶が鮮明になっていく。


 嬉しかった。


 親に捨てられるようにして西方遠征に行かされて死に物狂いで戦って、勝って、なのに帰ったら今度は東方遠征へ行けだ。


 日本列島の、東西全ての荒ぶる神と怪物と敵対勢力全てを滅ぼして、豊臣秀吉よりも先に天下を統一した。


 辛くて苦しい戦いだった。

 でも、最後は神の呪いを受けて、故郷に帰ることなく死んだ。


 大和の国のある方角へ手を伸ばして途絶えた意識。

 でも、あたしがやった事は古事記や日本書紀に語り継がれ、二千年後の未来でもなお死んではいなかった。


 あの時の頑張りは無駄じゃなかったと、あたしは本当に嬉しかった。


 ……でもそれは子供の頃の記憶で、いつか思い出になってしまう。


 自己完結してもあたしの環境が変わるわけじゃない。

 あたしの異常性も、他の子とは違う価値観もそのまま。

 結局あたしは『変な子』というレッテルを張られたまま育った。


 ヤマトタケルなのに。

 英雄なのに。

 その事を誰にも話せない。


 中学に上がると、思い出はあたしの妄想で、自分はただのヤマトタケルマニア。

 ヤマトタケルに憧れて自分はその生まれ変わりだと思い込んでいる危ない人間なんじゃないかと思い始めた。


 でも、マスターが全部変えてくれた。

 あたしはマスターと出会った。

 マスターはあたしを見つけてくれた。

 初めて他人に認められた。

 ヤマトタケル本人だって。


 生前の力の使い方を教わった。


 天叢雲剣や天武雲剣、柊の剣の召喚方法。

 白鳥モードへの変身方法。

 覚醒したあたしは、ゲームや漫画の主人公のような力を手に入れた。

 マスターがあたしの人生を認めてくれた。

 マスターがあたしの人生を変えてくれた。

 マスターがあたしの人生に価値を与えてくれたんだ。

 だからあたしは……


「?」


 その時、あたしは猫の鳴き声を聞いた。

 なんとなく気になって声のする方、公園の茂みの中に入る。


「捨て猫?」


 そこにいたのは、みかん箱に入った虎縞の子猫だった。


 なにこれかわいい♪

 ちっちゃい♪ ちっちゃいよ♪ むぐむぐ動いている♪


 あたしは思わず子猫の額を指でつっつく。


 子猫は小さな声で『みゅー』と鳴いた。


 あたしは衝動的に近くのコンビニに駆け込んで牛乳と紙皿を買って来た。

 底の深めの紙皿に牛乳をなみなみとついであげた。

 子猫はおいそうに舐めはじめる。


 くぁ~、このキュート生命体はもお!


 しばらく子猫をいじり回してから、あたしはホクホク気分で帰路についた。

 今はマスターがいないので、飼っていいか聞けない。

 だからあたしは牛乳を残して帰った。

 でも帰る途中、


「おい姉ちゃん、ちょっと俺らに金貸してくんねぇかなぁぶるばぁぁあああ!?」


 鼻にピアスをつけたいかにも馬鹿っぽい男達が話しかけて来たので、全員ブン殴っといた。


 生前の力を使えるようになったあたしは象だって怖くない。


 あたしは不良五人をアスファルトに殴りつけて、ウキウキルンルン気分で帰るのだった。


「あ……が、に、にんげんのちからじゃねぇ」


 不良達は、ぴくぴくと痙攣していた。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る