第41話 春の思い出、エイプリルフール2

 その日から、マスターの借りているこのマンションの部屋は四人暮らしになってしまった。


 マスター、あたし、ジークフリート、ヘラクレス。


 まぁ、最初から部屋数の多い部屋だったから、ちょっと気にはなっていたんだけど、まさかみんなで暮らす用に借りていたなんて。


 それから、あたしはできるだけマスターの側にいることにした。


 爆乳野郎とロリ野郎にマスターを渡すもんか。


 なのにマスターはよくどこかへ出かけてしまうし、家にいる時はずっと部屋にこもっている。


 一緒の時間は、ご飯の時ぐらいだ。


 だからあたしは、ご飯の時はさりげなくマスターの横の席を確保して、めいっぱい話しかけまくってアピールする。


 でもその食べるご飯って、ジークフリートが作ったご飯なんだよね。


 ジークフリートのご飯は悔しいけどおいしくって、食べれば食べるほど悔しさが増してくる。


 あたしも負けるもんか、と何度か台所に立った。


 でもあたしの作る日本食はジークフリートの洋食に勝てなかった。


 まずくはないけど、ジークフリートのほどおいしくない。


 ヘラクレスもずるい。


 そりゃ年下だけどさ。


 私が家事で失敗すると、ジークフリートの奴は怒る。


 マスターは、軽くツッコミを入れる程度には口を挟む。


 でもヘラクレスが失敗しても、誰も怒らない。


 逆にあたしが叱ると、マスターはヘラクレスをかばうような発言をする。


 ずるい。

 なんかずるい。


 そりゃ年下だけど、なんかマスターに守ってもらっている感じが気に食わない。


 あんたヘラクレスの生まれ変わりなんでしょ?

 もうすぐ来る魔王軍に立ち向かう勇者なんでしょ?


 子供扱いしてほしいならしてあげるわよ、子供は早く家に帰りなさい。


 何日か経って、またマスターはどこかへ行ってしまった。


 しばらく留守が続いて、あたしはむしゃくしゃして家にいたくなかった。


 マスターのいない部屋。


 あのムカつくジークフリートとヘラクレスしかいない家にいたくなかった。


 外に出て、あたしは町をぶらぶらした。


「マスターの馬鹿……」


 あたしの気持ちも知らないで、本当にマスターの馬鹿馬鹿。


 町をぶらつきながら、あたしは子供の頃を思い出す。


 あたしには、ものごころついた時から違和感があった。

 生前の記憶、既に一度人生を全うした、完成された人格、価値観、倫理。

 知識の上では自分が普通じゃない事も、回りが別に変じゃないこともわかる。

 人に言えなくて、子供ながらにずっとなんなんだろうって思っていた。

 時々、名前を聞かれた時、反射的に、


『タケル』


 と言ってしまってから、慌てて言い直すことが何回かあった。


 生前の価値観は、あたしの人生をことごとく邪魔した。


 普通の子供は、知らない事は知らないまま。


 わからない事は数年の人生経験から判断して、幼稚なことしかできない。


 でもあたしには人生一回分で培った人格や価値観、倫理が漠然と本能的に身についていた。


 幼稚園で絵本を読んでもらう時、みんなは昔話を素直に聞いていたし、先生の授業や、おしゃべりの時間も、素直に聞いていた。


 なのにあたしときたら……


「というわけで、カニさんとお猿さんは仲良く」

「先生、猿カニ合戦のカニはなんで猿を殺さないんですか? 親の仇として晒し首にするべきだと思います」


 とか、

「はい、じゃあ女の子は将来の自分、およめさんの絵を描こっか♪」

「先生、結婚しても不慮の事故で愛した人が死ぬ可能性を考えると結婚はしないほうがいいという考えもあると思うんですけど、将来絶対結婚するんですか?」


 とか、

「よし! じゃあみんな、雪合戦の作戦を考えたから説明するわよ! まず右翼第一陣の子が敵を」

「ねぇ●●ちゃん。何言ってるの?」

「うよく? いちじん? おまえいってるのわけわかんねーんだよ!」


 ●●はあたしの親がつけた名前だ。


 でも、その名前で呼ばれると違和感がある。


 タケルと言われたほうが、自然と返答できる。


 小学生の時、図書室に『ヤマトタケル』というタイトルの絵本があった。

 なんであたしの名前が本にタイトルになっているんだろう?

 そう思って手にとって読んで驚いた。

 その本は、あたしの記憶をズバリ的中させたものだった。

 どうしてだろうと思って絵本を最後まで読んで、薄々感じていたことが確信に変わった。

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