第18話 捻れ

 誰かれ構わず好かれたいとは思わない。

 好きであろうとも思わない。

 それが『さながら誘』の本来の指針から外れようとも。

 人を馬鹿にしたり、軽視する人間には、どうしても敬意を払えない。

 相手を肯定することが『さながら誘』であるなら、相良悠は己自身を肯定してやりたかった。

 浅ましいのは分かっている。

 子供じみているとも。

 嫉妬しているのだ。

 ちやほやされる『さながら誘』に。

 そして憤慨しているのだ。

 そのせいで相良悠が蔑ろにされていることに。

 母たちの一人である橋苗さんには感謝の念がある。

 誘が配信の世界を歩けるようになったのは、彼女の助力もあったのだろう。

 だとしてもだ。

 誘だけを愛し、愛されようとするなど、俺が認めるはずもなかった。

 橋苗さんの表情は暗い。

 思い至ったのかもしれない。

 誘と俺が、同一人物であることに。

 その片割れからの心象が良くないことに。

 そしてそれが、誘からの寵愛の妨げになることに。

 とはいえ、『さながら誘』がどのような対応を取るかは分からない。

 あっさりと橋苗さんを受け入れる可能性もある。

 しかし、器である俺が拒否さえすれば、その繋がりは容易く断ち切られる。

 そんな簡単なことに、橋苗さんは今更ながら気付いたのだ。

「あの……私……王子様に失礼な態度を……」

 俺は手を組んだ上に顎を乗せ、時間が過ぎるのを待った。

 橋苗さんの謝罪めいた言い訳に耳を貸そうとも思わなかった。

 微かな綻びは、小さな罅となり、このままでは亀裂になろうとしていた。

 俺が大人になれば丸く治まるのか。

 それとも、誘に答えを出してもらうのか。

 刻一刻と迫る期限。

 『さながら誘』になるには、葵の力が必要になる。

 二人が待っているのは、葵の帰着であった。

「あちゃー、拗れてそうだね」

 それからしばらく経ち。

 帰宅して迷わず俺の部屋に入ってきた葵の第一声がこれであった。

 俺たちの間にある空気を察したのだろう。

 無表情な俺と狼狽える橋苗さん。

 お世辞にも良好な関係とは言えなかった。

「岩島さんから聞いてた話と違うなー。もしかして、暴走してるのはおにーちゃんの方?」

 言われてみると、そうかもしれない。

 意固地になっている自覚はあった。

 俺が認められないことを認められない。

 その悔しさで、橋苗さんを拒絶していた。

 それを暴走と指摘されれば、あながち間違いではなかった。

「どうする? ちゃっちゃと誘になる?」

 呆れたように葵は言った。

 橋苗さんにとっては感動の対面になるはずの下準備が、やっつけ仕事のようにあしらわれていた。

「なってもいいけど、それでいいのか?」

 振られた矛先を橋苗さんに向ける。

 彼女は困惑し、言葉を発することを躊躇っていた。

 やがて下を向き、橋苗さんはぽつりと零した。

「多分……このまま会うと、後悔……すると思う」

 橋苗さんの声は震え、泣きそうな顔をしていた。

「だろうね。おにーちゃんは私が後で叱っておくけど、橋苗さんもそろそろ、気付かなきゃね」

 気付き始めてはいる。

 ただし、その入口を見付けたばかり。

 そう言わんばかりの、葵のチクリと刺すような声音に、橋苗さんは頭を縦に振った。

「ごめん……なさい」

 橋苗さんは足元に置いてあった鞄を掬い上げると、胸に抱いて頭を下げた。

「今日は帰ります」

「うん、またね」

 いまだ心の整理がつかない俺は、無言のままでいた。

 掛ける言葉も見つからなかった。

「まったくおにーちゃんは」

 やれやれと葵はため息をついた。

「二人とも、決着は女子会でつけようね。誘には絶対なってもらうし、誘には絶対会わせるから」

 葵はそう断言した。

 接点はそこにしかない。

 拗れた関係を正すには、やはり『さながら誘』の存在が必要だった。

「うん、待ってる……」

「分かった」

 異論を挟む余地はなかった。

「お邪魔しました」

 橋苗さんは一礼して、部屋を出た。

 その後に続く葵は、去り際に、「いつまでも誘に甘えてちゃ駄目だよ」耳の痛い言葉を残していくのだった。

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