茶喫み探偵と岩崎くん

薺鷺とう

本編

 喫茶店。今や数少ない昭和の姿とされるが、その始まりは大正もしくは明治である。現代においてのチェーン店などは一般的に「カフェ」と称され、しばしば区別がされている。

 冬が近くなってきた頃。日本の人々は肌寒さに耐えながら、ある人は温かなコーヒーの香りに誘われ、ある人は新しさの中に佇む外観に暖かさを得て。「懐かしさ」の感情をもたらす記号として、喫茶店は儚く現存している。


「アメリカン」


 下町情緒ある墨田の町に、分厚いコートを着た男がひとり、喫茶店の戸を開けていた。重厚で柔らか、そして丈夫なソファーに深く座り込んでいる。


「はい、アメリカンね。他はいい?」


 おしぼりと灰皿をテーブルに置いて尋ねる。腰に角度のついた老婦人の店員が、この広い喫茶店をひとりでやっているようだ。


「いや。……あ、いや、おしぼりをもうひとつ」

「はいはい。お兄さん、コート脱いだらどう? 暑いんでしょ」

「これはダメだ。トレードマークは外してはならないものなのだ」

「あぁそう。でもこれ以上は出てきませんからね」


 ケラケラと笑って男の肩を叩く。老婦人はキッチンの方へとゆっくり歩いて行った。

 男はおしぼりを広げて、何度か空にはたく。今まで出ていた湯気が落ち着いてから、それを顔に当てて油と汗を拭き取った。


「女がひとりと男が3人。おそらくこの中に……」


 顔は既に拭き終わっていたが再びおしぼりを顔に当て、喫茶店にいる客を調べる。目元を覆いながらも隙間から店内を眺め、それから口元を隠して独り言を呟いていた。

 老婦人が男から注文をとってまだ数分、男の額や首からは止まず汗が溢れてきていた。客を調べる為の不自然な行動も、あっという間に自然で必然のものとなっていた。


「ここは暑いな……」

「だからコート脱げ、って言ったのよ。第一まだ秋ですよ」


 言葉が漏れた時ちょうどに、老婦人が男の前に来ていた。老婦人の手には、まだコーヒーもおしぼりもなかった。


「この時代に秋も春もあるもんか。それにコートはトレードマークと言っただろう? 冬にぴったりの代物だ」

「何言ってんの、暦じゃまだ秋です。それとも時代に合わせて『新新暦』を作れと?」

「おー。年の割にはいい発想をするじゃないか。そうだそれがいい」

「バカ言うんじゃありませんよ」

「いや、そんなことよりブツはどうした? おしぼりが足りないぞ」

「おしぼりはあと1本だけですからね。絶対それ以上あげませんからね」


 老婦人は釘を刺すように言って、またゆっくりとキッチンへ向かっていった。男は、汗の染み込んだおしぼりを国旗のように見立てて軽く振り、老婦人を見送った。

 この年の夏は近年でも特に暑かった。極端な気候の変化で、秋といえる季節柄はすっかりなくなってしまっている。すると秋服を出す間もなく、分厚い上着の出番が来る。それでも室内にはまだ、夏の蒸し暑さが籠っていることもあり、他の客は上着を脱いでいて薄着でいた。


「まずは男だ。左から、AとBとCだ。そう呼ぶ」


 ベタベタになったおしぼりを顔に当て、独り言を呟き始める。しかし不快感を得たのか、男はすぐに口を閉ざしておしぼりをテーブルの端へと追いやった。

 右に寄った扉から入ってすぐ、目の前の席には男が座っている。そこから奥へと細長く続いた喫茶店内の終点は、壁一面を覆った本棚と、数多くの漫画本などで彩られている。AからCの男性客たちは壁際に、それぞれの背中が見えるようにして居た。


「女はXとしよう。ひとりの特権だ」


 とうとう顔を覆うことなく呟く。面倒になったのだ。

 老婦人を除いた唯一の女性客は、男の右斜め前に座っていた。店内の中間、左端のキッチンと対になる位置にある、テーブルゲーム筐体だ。縦に2席あり、そのうちの手前に女性客Xはいた。


「ねえ。探偵なの?」

「わぎゃあ!」


 冷静な調子で話していた男が素っ頓狂な声を上げた。わっはっはっは、と上品さのない笑い方で老婦人が男を見ている。


「はい、お待たせ。アメリカンとおしぼりね。あとこれ伝票、これで顔隠しなぁわっはっはっは!」

「もらっておこう……」


 冷汗吹き出す男がなんとか平静を装って、伝票を受け取る。席にはアメリカンコーヒーと綺麗なおしぼりが置かれ、ベタベタになった物は下げられた。


「くれぐれも内密に頼む」

「はいはい。探偵さんっ」

「んぐぐ……」


 老婦人のツボにはまったようで、キッチンへと消えるまでずっと笑い声が響き続けた。

 男はアメリカンコーヒーを眺める。それから冷凍庫で軽く冷やしたのか、少し硬くなったおしぼりに手を伸ばして顔を拭いた。


「ふう……」


 アメリカンコーヒーをひと口。ブレンドよりも薄めで優しい口当たりが、自身を落ち着かせることに役に立つ。

 もうひと口、今度はカップに口を付けて飲むふりをしながら客を見渡す。2周、3周と4人を見返せば、目を閉じてコーヒーを含んだ。


「ふう」


 分厚いコートは黄朽葉色をしていた。紅葉の季節にはよく似合うのだが、やはり分厚さが秋のものではなかった。

 コートのポケットから本を取り出す。買ったばかりで、表紙とページの間にしおりが挟まっている。


「綺麗な花の絵柄だ」


 暗い背景に鮮やかな花がいくつか咲いている。男は本を置いてしおりをよく眺める。


「これを、どこかで……」


 考える素振りを見せてはコーヒーを飲み、しおりを眺めてはまた別の素振りをする。素振りを何種類か試してからひと息付いて、おしぼりで満足気に顔を拭った。


「せ、先輩遅れました!!」


 アニメや漫画の描写みたいに店の戸が開けられた。開かれるまでの動作や過程を誰もが確認できずに、大きく開放されている。戸を開けた際の風圧、店内に流れ入る冷気、そうして大声である。

 表情を一切変えることなく、入り口の付近に背を向けて座っている男のおしぼりは、持ち主の手を離れていた。


「うぐっ……。岩崎クゥン…………」


 振り向くことなく一点を見つめている。不意に床へと叩き付けられたおしぼりから、男は目線を外せないでいた。


「あっ先輩! すいません。前の現場がちと長引いちゃって」


 まだ純粋な輝きのある瞳と顔、まだ汚れやしわのない張りのあるスーツ姿が若さを立たせる。男が岩崎と呼んだこの青年は、ハキハキとした口調で話し、男のいる席に向かった。


「待っててくれたんですね先輩!」

「まあな」

「先輩! 僕は今走ってきてとても暑いです。喉も乾いています。でも! 先輩をこれ以上待たせるわけにはいきません! 僕のことはお構いなく、仕事、済ませましょう!」

「そ……ば、馬鹿野郎ッ!!」

「いっ!?」


 それまで冷静をなんとか保ち続けた男が声を荒げた。岩崎も、自分の先輩から初めて聞こえる声に思わず驚きの声を上げた。


「あぁ、いや、岩崎クン。ここは喫茶店だ……えっと、何か注文しなくては失礼だろう?」

「なるほど……うん。さすが先輩だ! 心遣いがさすが、さすがです!」

「えぇ? うぉ、まあな」


 純粋さと不純さが嚙み合わずに絡み合う。


「先輩何を飲まれてるんですかっ」

「アメリカンだ」

「大人ですね! じゃ倣って僕もアメリカンを頼みます」

「俺が言って来よう」

「あ、ありがとうざいます!」


 キッチンの手前に老婦人がいないことを確認してから、男は立ち上がる。それから座っていて出来たコートのしわを指で伸ばす。

 岩崎は男が歩き始めたのを確認してからすぐに呼び止めた。


「先輩!」

「んーなんだ?」

「やっぱりブレンドでお願いします」

「ん。甘いな」

「えっ味がですか?」

「えっ?」


 男は店内からは見えない、キッチンの奥へと顔を覗かせる。そこでは老婦人が小さな丸椅子に座って、グラスを呷っていた。


「なんだ勤務中に飲酒か」

「あら探偵さんなあに? 口封じ?」

「どんな探偵像をしているんだ」


 老婦人が持っていたグラスを手渡される。グラスを受け取って、男は軽く口に含んだ。


「烏龍茶か」

「麦茶ですよ」

「そうか」

「それで探偵さん、何か用あって来たんじゃないの?」


 グラスが老婦人の元へ返り、また茶色の液体が注がれる。注ぎ終わるのを待ってから、男は話し始めた。


「ツレが来た。おしぼりとブレンドコーヒーを頼む」

「あぁさてはお弟子さんね。名探偵には弟子付きが常ですものね」

「まあそんなもんだ。頼んだ」


 はいはい、と言って丸椅子から立ち上がって準備をする。

 老婦人のグラスを取ってもうひと口飲むと、男は席へと戻っていった。


「あ、おかえりなさい先輩」

「少し待たせたか?」

「いえそんなことは!」


 テーブルの上の灰皿には、煙草の吸殻が3本ほど置かれていた。今も岩崎の手には火のついた物がある。

 男は、灰皿を少し岩崎の方へと寄せてから椅子に座った。


「相変わらずだな」

「止まんないっス」

「そうか」


 その間にも煙草は燃え尽きる。特徴的な細長い、藤の花を逆さまにしたようなロゴマークがあっという間に灰となる。それを灰皿に押し潰して、「ルピナスリュペー」と書かれたケースからまた1本取り出す。


「本当に止まらないな」

「うっ、手を縛って頂ければ止まります」

「いや構わない」


 口に咥えて火を付ける。そこへ老婦人がコーヒーとおしぼりを持ってきた。

 老婦人が「あっ」と口を開く前に男はおしぼりを自分の物にした。嬉しそうにバタバタとおしぼりをはたいているのを睨むと、男は老婦人に向かってウインクした。


「さて」


 再び本を開く男と、煙草片手にブレンドコーヒーを飲む岩崎。ふたりは互いの行いの中で目を合わせていた。


「名簿は手に入れたか?」

「ばっちりですよ」

「席を変わろう」


 店の奥を見ていた男と、扉を見ていた岩崎が席を変わる。

 クリアファイルに入ったA4コピー用紙を出して、2回折る。男がそれを受け取ると、本に挟んで読み始める。


「横書きじゃないか」

「そりゃまさか、文庫サイズを求められるなんて思ってませんもん!」

「うーんそれもそうか」


 本を読むようにして、コピー用紙に書かれた名前を見る。しかし身体は横書きの文章を読み解く為に斜めになっていた。時々ページを変えては、挟まっているしおりの絵柄を眺めて思案した。

 岩崎が男の向こう側を見てはっとする。気が付いた男が岩崎の瞳越しに見ようとするも、何も見えなかったので目視した。


「Bが動き出したな……」

「さすが先輩。もう名前と顔が一致しているんですね」

「えっ」


 人差し指と親指で煙草を持つ岩崎が、その手で静かに小指を立てる。壁際に座る3人の男性客のうちひとりを指して言った。


「あの真ん中の小太り、須賀さんです。だから略して『Bee』と呼んだんでしょう?」

「あ、あぁそうだ。そうなのか。そうだよ」


 蜂須賀は壁際一面の本棚から、漫画本を1冊手に取った。軽く捲った後にまた別の漫画本を開く。


「怪しいな」

「何がですか?」

「Bはあの体系で軽食をひとつも注文していない」

「失礼なこと言いますね先輩」


 結局蜂須賀は2冊目の漫画本を手に、着席して読み始めた。ふたりからは蜂須賀が何を飲んでいるかは確認できない。

 男は本を置いて、岩崎の分だったおしぼりで顔を拭った。見ていた客に動きがあったことによる緊張、そして興奮が汗をよりかかせた。


「コート脱がないんですか?」

「うるさいよ」


 隠す素振りをすることなく、腰を大きく曲げて後ろを見張る。少しすると、蜂須賀の目先に座る男性客Cが動きを見せた。

 立ち上がったCは、日本人離れした高身長と筋肉の付き方をしていた。充分に立っ端があるにも関わらず背伸びをしたりと、軽くストレッチを始める。


「あいつがだ!」

「おっ。先輩正解です!」

「えぇ?」

「彼がフランス人ハーフの、保志さんです」

「Cが保志で、ホシか……。保、シーか…………」

「なんですかそれ?」

「こっちの話だ」


 保志はしばらくストレッチを続けていた。男はちびちびとコーヒーを飲みながらそれを眺めていたが、やがてカップが空になった。


「おかわり?」

「驚いた」


 岩崎のいる方向から老婦人の声がして肩を跳ねさせるも、冷静さを装って返答する。


「あぁ頼む。アメリカンだ」

「はい毎度。伝票書き換えますね。頑張ってちょうだい」

「もちろんだ」

「ありがとうざいます」


 老婦人の去り際に岩崎も軽く感謝を述べた。

 男は一度姿勢を正して岩崎の目を見る。そうして斜め後ろを親指でさして合図した。


「ん? なんですか先輩?」

「ぐっ……。あの女性Xのことだ」

「残念。江口さんはあっちに座っている男性です」

「そうなのか」


 最後の男性客Aは江口という名前だった。

 テーブルゲーム筐体のある席に座る女性は、ゲーム画面を避けるようにしてコーヒーとオムライスを置いている。それら食事には手を付けずに、積み上げた100円玉を次々と注ぎ込んで画面に集中していた。


「岩崎クン」

「はい」

「ありゃなんだ」

「はあ。ゲーム、ですかね」

「そういうことじゃない」

「へえ。ゲーム、中毒者……ってやつですかね」

「信じられないな。飲食物を温かいうちにいただかないとは」


 そう言いながらも、新たに注がれたアメリカンコーヒーをぐいぐいと飲んでいく。男の唇は火傷し、カップから口を離す度におしぼりで冷やしていた。


「麻雀か?」

「画面は見えませんが、あの量のボタンはそうでしょうね」

「岩崎クンは麻雀は?」

「いえ全然。ルールもわかりません」

「ふん! 一緒だ。もう見るのはやめよう」

「え、えぇ」


 男にとって食事より優先する事柄があることは信じられなかった。同時に、麻雀のことも全く知らなかったので、男は疲れてしまったのだ。

 岩崎は左腕の時計を確認する。その流れで、男が置いた本に目がいく。


「なんて小説ですか?」

「これか? 漫画の文庫版だ」

「あっ漫画なんですね。すいません」

「なんだ、漫画は嫌いか?」

「いえ! 先輩のことだからてっきり、小説を読んでるんだと思いました」

「そうか。悪いが小説は読まないんだ」

「え、へえ~。そうだったんですね」


 静寂が訪れる。岩崎はしまった、と思いながら手をぎこちなく動かした。空気を循環させる為の古い扇風機が、初めて音を立てたように響いてきた。


「岩崎クンは読むのかい? しょ」

「江口さんが立ち上がりましたよ先輩!」

「しょ、しょうか……えっ何。Aが動いたのか」


 江口は立ち上がると真っ直ぐトイレへと向かった。トイレは縦長の店内の最も奥、その右に位置していたので、ふたりからは人が消えたように見えたのだった。

 男も勢い良く立ち上がって、岩崎の名を呼んだ。


「あれはもう決まりだ。俺は突入してくる。ここを任せた」

「えっ何が、あぁわかりました!」

「よし」


 分厚いコートのしわや着崩れを直すことなく、江口の入った空間へと飛び込んだ。もちろんそこはトイレである。


「くっ、鍵を閉めている……」

「すいませんすぐ出まーす」


 江口はハマダーファッションに身を包むのによく合った、軽々しい口調で話してきた。発言から数秒後、江口は扉を開けて男に部屋を譲った。


「どうぞ。我慢してたんでしょ」


 男は用を足して席に戻った。


「どうでした?」

「いい奴だった」

「あぇ、それはよかったです」

「うん」

「ところで先輩」


 岩崎の手には男の本が握られていた。至極当然のように、あまりにも滑らかな動作で挟まっているしおりが抜かれる。男は表情を変えずに手だけを伸ばして、本としおりを取り返した。

 男の手に戻ったところで煙草に火を付けてから、しおりを指さして言った。


「そのしおり」

「あぁ。綺麗な花の絵だな」

「ですね。絵にするとも、本当の花みたいになっちゃいますね」

「ん? 花火……?」


 しおりを見返す。暗い、藍色の背景は夜空で、空に咲く花といえば花火である。

 思わず男は頭を抱えた。


「なぜ気付けなかったんだ……!」

「それと、しおりの後ろに書いてありますよ」

「うぐっ……!!」


 裏返すとそこには、花火大会の告知が書かれていた。それも実写で、本物の花火の写真が背景として使われていた。

 しばらく項垂れて、テーブルの下でしおりを見続けた。やがて顔を上げてコーヒーを飲み干すと、おしぼりで顔全体を一気に拭って立ち上がった。


「あれ先輩今度はどこへ?」

「会計を済ませてくる」

「えぇっ! ちょっと!」


 老婦人を呼んで、レジカウンターに伝票を置く。


「はいありがとうございます。探偵さん、もう調査は終わったの?」

「万事解決だ」

「はあよかった。お客様が疑われちゃ敵いませんからね」

「世話になった。また来よう」

「今度は一般客としてお願いします」


 お金を渡し、お釣りを受け取る。

 老婦人はそれから、銀紙に包まれた物をふたつ手渡した。


「これは?」

「キャラメルですよ。食べたことありません?」

「いやあるが。ふたつもくれるのか」

「何言ってんの。ひとつはお弟子さんの分です」

「あぁなるほど」

「またどうぞ」

「感謝する」


 岩崎に合図して、先に店を後にする。

 夏が終わって冬に近づけば、急速に日が短くなる。喫茶店にいる間にすっかり外は暗くなり、コートのよく似合う男がそこにはいた。


「先輩なんでまた、急に外へ!?」

「決まっているだろう? 花火を観に行くんだよ」


 この日一番の笑顔を見せて言った。反対に、岩崎の顔は曇る。


「取材はいいんですか?」

「んー? 取材ぃ?」

「僕たち今日、雑誌の取材であの喫茶店に行ったんじゃないですか」

「あ」


 我に返った男。岩崎が来るまでの暇潰しに始めた「探偵ごっこ」が、本来の目的を上回ってしまっていたのだった。

 それからすぐに笑顔を取り戻した男。首だけを振り向かせて言った。


「まあ、いいじゃないか」


 墨田の町の象徴となった電波塔が、ふたりを照らすように光り出す。「雅」と呼ばれる江戸紫の眩さは、心に安らぎを与えた。


「それじゃあ、取材は今度にして、花火……行きますか」

「その意気だ岩崎クン」

「はっ、はい!」


 ふたりは橋を渡る。下を流れる川も、下町の暗がりも、雅の下にただ淡く、美しく照らされていた。

 喫茶店。ある人にとっては、寒さ凌ぎやコーヒーの香りに誘われて。またある人にとっては、打ち合わせや取材の場として使われる。4人の作家たちは、とある雑誌の特集の為に、取材で呼び出されていた。


「花火、楽しみだなあ」

「ですねえ」


 冬が近くなった頃。日本の人々は肌寒さに耐えながら、「懐かしさ」や「暖かさ」の感情を持って喫茶店へと入っていく。

 そして、ここ一番の花火大会は、7月開催である。

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