第4話
オアシス。それは、渇き果てた砂の海に点在する緑地であり、その規模に応じて村から国まで様々な命が根付いている場所。
この世界においては、主に都市としての機能を有する場合が多く。多くの商人や市民による活気に満ちている。
「――――ま、こんな所だろ。基本的に、そこまで離れないのなら危険は殆ど無い」
「絶対、じゃないの?」
「ない。奴隷商なんてありふれてるからな。特に、リリアナ。お前は、その見た目からして人目を引きやすい」
指摘され、リリアナは自分の肌の色とデゼルの色を見比べる。
確かに、小麦色な彼の肌と白磁を思わせる白い肌をした彼女とでは大きくその色合いが違う。髪色に関しても、真っ黒と金色。瞳もアンバーとサファイア。
そもそもからして、人種が違う。
「私みたいな人は、居ないの?」
「あー……居るとしたら、北の方だな。そっちの方には大規模な国があるんだ。その王侯貴族辺りが、お前と似たような肌の色合いをしてる」
「デゼルも行ったの?」
「まあな。これでも、世界を股に掛ける旅商人なんでね」
冗談めかして肩を竦めるデゼルだったが、彼の旅路は山あり谷ありであると同時に広大だった。
一方で、リリアナは彼から聞いた話を羊皮紙と鉛筆を使って纏めているところ。書き慣れていないせいで、若干四苦八苦していたのだがソレはソレ。彼女なりにこの世界の事を纏めていた。
「これから行くオアシスは、どうなの?」
「んー……この辺りなら、アルマイン商会の管轄になるな。商会ってのは、商人が集まって連合を作ってる場合と、一事業主がトップに立って取り仕切ってる場合に分かれてる。アルマインは前者だな」
「商会……デゼルも?」
「いいや?さっきも言った通り、俺は旅商人。流れ者だな。基本的に、俺みたいなのは商会の方に顔繫ぎをして、商売の許可を得る必要があるんだ。そうしないと、小売りは軒並み潰されかねない」
「へぇー……」
いつの時代も、権力というのは大きな武器だ。目に見えなくとも、そこに確かに存在する、いわば見えない暴力装置。
逆に言えば、それらに縛られない行動を可能としているデゼルは、異端であるとも言えた。
その後も講義は続き、夜と昼を繰り返し、そして彼らは辿り着く。
*
『砂』に覆われた世界
しかして命は逞しい
*
ランドギーブと名付けられたオアシスがある。広さは、日本地図で言うところの四国を丁度半分に割った程度だろうか。
湧き出す泉の恩恵で、このオアシスでは砂の海では滅多にお目にかかれない草木が確認できる。産業は、畜産、農業、そして塩業。
砂の海に面した停泊場には、荷の積み降ろし作業を行う帆船が幾つも泊められており、活気に満ちている。
そんな停泊場の端の方。そこで、デゼルは己の船を繋ぎ止めていた。
「よしっ、こんな所だろ」
太いロープで二か所ほど、岸辺のビットに固定し、更に錨も下す。
そして商品を突っ込んだ大きな革製のバックパックと、それから木製の観音開き仕様の背負える薬箱を右肩、左肩にそれぞれ器用に背負った。
「良いか?俺が合図するまで、絶対にフードをとるなよ?それから、外套も脱ぐな。話しかけられても、無視が鉄則。俺以外の誰かなら、誰であっても返事をするな」
「そこまで?」
「言いたくはないが……この世は善人ばかりじゃない。特に、リリアナ。お前の容姿は人目を引きやすい。警戒しすぎるに越したことは無い」
過保護にも思えるデゼルだが、旅を続けてきたからこそ、彼はよく知っている。
ただ、認識の差異がある事は否めない。この差は単純に、知っているか、いないかの差。
いまいちピンと来ていないリリアナを見つめ、デゼルは己が確りしなければいけないと腹を括った。
一方で、リリアナはリリアナで若干の興奮を覚えていた。
船から見えた見た事のない、街。遠目ではあったが、乾燥した煉瓦と意思を用いた赤茶けた街並み。そしてその街に接続するように扇状に停泊している船の数々。
全てが目新しい。全てが新世界。
果たして、二人はオアシスの地を踏む。
吹き抜ける風によって運ばれたであろう砂混じりではあるのだが、その下には確かに地面としての硬さがあった。
ランドギーブの地理としては、メインストリートとなる道幅6メトラ程の緩い傾斜で小高い丘を登る道を中心として。その道に接続するようにして幾つかの道と、そんな道に面するように様々な店から、露店などが軒を連ねて客を呼び込もうとその声を張り上げている。
「さあ、買った買った!ランドギーブ特産の、葉物野菜!煮て良し、焼いて良し、生で良し!5束買うなら、1つオマケを付けちゃうよ!」
「この宝石、どうかしら?南のオアシスで発掘されたものよ。これ、鑑定書ね。ふふっ、奥さんに持って帰ればその日は一日ご機嫌な彼女が見られるかもしれないわ」
「ランドギーブ名物!羊肉の串焼き!こいつを食わなきゃ、
通りの彼方此方より響く声に、リリアナの興味もまたあっちこっちへ。
新鮮な水気を感じさせる野菜。指輪に嵌められる程度の燃えるような赤いルビー。太陽の熱気にも負けない炎の熱で陽炎を起こしながら、良いニオイを振り撒く串焼肉。その他にも、刀剣などの武器から、砂の環境下で活動するための服。見た事も無いような生き物を扱う店等々。
その一つ。甘いニオイに、リリアナの体は思わず惹かれて――――
「そっちじゃねぇ」
がっしりとその手を掴まれて引き留められる。
慌てて意識を戻せば、呆れた表情のデゼルが外套の上からだが確りと手を掴んでいるではないか。
「後で色々と見て回る。今は我慢してくれ。先に顔出ししておかないと面倒な事になるんだ」
「あ、うん……ごめん」
「逸れるなよ」
短く言って、デゼルは手を放すと再び歩き始める。その後を慌てて追いかけるリリアナ。今度は、周りに圧倒されたりはしなかった。
メインストリートを暫く進んでいくと、ある区画から周りの店の雰囲気が変わってくる。
先程までのようなどこよりも多く、早く、お客を呼び込もうとする様なガツガツとした積極的な呼び込みではなく、店頭に品々が並べられ来店はお客の興味に任せるような、そんな静けさ。
そして、軒を連ねる店は共通してとある旗をお客に見えるようにして掲げていた。
「デゼル、あの旗って」
「アルマイン商会の紋だな。五本の腕が互いの前腕を掴んで円を作ってるのが、団結。その中心にある星が利益をそれぞれに表してる。五本の腕は、アルマイン商会を初代トップの五人を表してるんだったか」
「それじゃあ、ここら辺お店は全部そのアルマイン商会の系列なの?」
「そうだな。商会に加入した商人は、ああやって縄張りを示すために旗を掲げる。利点としては、自分たちのバックに何がついてるのかっていう牽制。それから、保証だな」
「牽制は分かるけど、保証も?」
「旗を飾るって事は、看板を背負ってるのと同じなんだ。そんな状態で瑕疵のあるようなもの売ってみろ、間違いなく商会からは追放。商人としての生活も完全に絶ち切られる」
「そこまで?」
「看板ってのは、店の顔だからな。顔を殴られたら、相応の報復をするだろ?」
乱暴な物言いだったが、リリアナとしても納得できる部分はあった。
補足をするならば、こうして商会に所属している商人で纏めているのは管理のしやすさなども考えての物。互いが互いに監視し合うという事。
窮屈にも思えるが、それだけ商会の旗印というのはこの世界において効力を発揮する物なのだ。故に、腕に自信のある商人は商会の庇護下に入り、その中でのし上がっていく事を選ぶ場合が多い。
そんな会話、もとい講習が行われながら、やがて二人の足は坂を上り切った先にある広場。その最奥の建物へと辿り着く。
木製の柱、モルタルの壁、窓ガラス。明らかに、坂の下の方にある家や店舗とは造りも掛かっている金額も違う豪華な二階建ての建物だ。
特に目を引くのは、入り口の上部に大きく描かれたアルマイン商会の紋。
「ここは?」
「ランドギーブのアルマイン商会支部だ。本部は、ここから更に西に行った方に置かれてる。入るぞ」
特段ノックをする事も無く、デゼルは支部の中へと足を踏み入れ、リリアナもその背に続く。
石造りの床に、所々木製の床。入り口上部は、二階天井までの吹き抜けとなっており、入り口正面には三人の受付嬢と受付カウンターが設置されていた。
デゼルはそのうち、右端の女性の前へと向かう。
「こんにちは。本日はどういった御用でしょうか?」
「今日から数日、この街に滞在しようと思ってる旅商人だ」
「商人様ですね。では、身分証明書の提示をお願いします」
「ほれ」
斜め後方から、デゼルと受付嬢のやり取りを眺めるリリアナは、不意に視線を感じて右へと視線を向けた。
二階へ向かうための階段。その陰に誰かが居た。リリアナからは、足元もとい下半身位しかうかがえない。
だが、何となくだがリリアナは階段の誰かが、デゼルを見ているのではないか、と思った。
「確認しました。そちらは……」
「連れだ。商人じゃないが……まあ、俺の助手みたいなもんだな」
「畏まりました。では、こちらが滞在、並びに商業の許可証となります。出立の際に提出していただきますので、紛失などはなさらないようにお願いいたします」
「はいはい」
紙の許可証を受け取り、デゼルはそれを貫頭衣下のズボンのポケットへとねじ込んだ。
彼は大分おざなりに返答しているが、この許可証一つ得るにも本来ならば幾つものプロセスを踏まねばならない場合がある。
まず、身元の証明。認証システムなどが無いため偽装できそうにも思えるが、その実この手の商会からの許可は、一見さんお断りなのだ。
商人は“信”をもって、取引を行う。それは信用であり、信頼である。
それを乗り越えて、更に品物の検品が行われる。
「では、次は品物の確認を――――」
「そこから先は、私が引き継ごう」
受付嬢の言葉を遮る野太い声。
声の方向は、先程からリリアナが気にしていた階段の方だ。革靴を鳴らして現れるのは大柄な浅黒い肌の色をした茶髪の男性。
黒のズボンに黒革のベルト。黒のベストに白いシャツ。左目には黒い眼帯を着け髪を結った男は真っすぐに受付カウンターのデゼルの元へとやって来る。
「し、支部長!?ど、どうしてこちらへ……?」
「いやあ、少し下に用があったんだがね?丁度顔馴染みが来たもんだから少しばかりタイミングを窺っていたんだ」
「ハイゼン。今の支部長は、アンタだったのか」
「ああ。少し前に配置換えがあってな。シルキー君、そういう事だから後の業務は引き継がせてもらうよ」
「畏まりました」
恭しく頭を下げる受付嬢を一瞥して、改めてハイゼンは二人へと目を向ける。
「そういう事だ。二人は、私の執務室に案内させてもらおうか」
にこやかにそう言うハイゼンだが、しかしデゼルはため息を堪えきれなかった。
アルマイン商会の支部長。その肩書は、決して伊達でも酔狂でもない。純然たる事実をもって下される評価であるからだ。
要するに、目の前の男もまた曲者の一人である事には相違なかった。
砂海の商人 白川黒木 @pj9631
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