盗賊の真髄

ーー避ける、避ける、避ける


 迫り来るゴブリンの棍棒を、その軌道を見切って攻撃線状から脱出を繰り返す。

 叩きつければ横にステップで回避する。

 薙ぎ払えば後ろに飛んで逃げる。

 どんな攻撃が来ても、その全てに対応しきる。

 戦闘開始からおよそ一分経つが、ゴブリンの持つ棍棒は俺に当たる気配を見せない。


 これはゴブリンが弱いわけでは決してない。


 その攻撃はなかなかに速く、そして鋭さをもっている。

 一度当たれば骨は砕け、戦意は潰え、一方的になぶられて終わるだろう。

 それほどに侮れないものなのに、一切が空気を切るだけで終わってしまう。

 彼に擦りもしないまま、勢いが衰えてしまう。


 それでは何が、この場でゴブリンを弱者たらしめているのか。

 本来ならそれなりの強者であるゴブリンが、赤子の手を捻るように弄ばれているのは何故か。


 ーーそれは彼、ロイバーの、他者を圧倒し尽くす、自分以下を傲岸不遜に見下すほど、恐ろしく巨大に実っている天賦の才である。


 これまでに数々の剣術大会を総なめにしてきた、恐怖すら覚える鬼才が、彼の力となってこの場を我がものとしているのだ。


 そんな彼だからこそ当然思う。


 (あれ、こいつ……なんか弱くね……?)


 そんなはずは無い。

 本来は大人が一人で戦ってなんとか勝てるほどの強さである。

 子供一人で、ましてやスキルも使わずに勝てる相手では無いのだ。


 だが彼にとってそんなことは関係なく……


 「よし、そろそろ倒すか。」


 緑の悪魔の命のカウントダウンは非情にも動き出した。



 ☆☆☆



 初の魔物との戦闘だったから一応様子見をしていたが、思ったより弱そうだし余裕で勝てそうだ。

 魔物と戦う恐怖も無くなってきたことだしな。

 そうと決まれば善は急げ。


 何度も懲りずに棍棒を振り続けるゴブリンに注意を向ける。

 どうやら何度攻撃しても俺が必ず避けるから疲れてきたみたいだ。

 肩を上下させ、身体中から疲労感を漂わせている。

 振り下ろしのタイミングに合わせて打撃を狙う。


 三……二……一……ここで顔面パンチ!


 上からの叩き付けをしてくると同時にゴブリンの顔面を強打する。

 鈍く響く様な音がして鼻血を撒き散らしながら仰け反っていくゴブリン。

 とても痛がっているがまだまだ平気そうなので、ついでに奴の顎に向けてサマーソルトをぶちかます。


 (よっしゃ。クリーンヒット!)


 軽やかに吹き飛んでいくその肉体は血に濡れている。

 特にその顔は酷い。苦痛に歪んでいて、ーー顎が割れたのだろうーー口からはおびただしい量の流血をしている。

 見るからに重体だ。後何度か打撃を食らわせれば事切れてしまうに違いない。

 だが万が一がある。手負いの獣ほど恐ろしいものはないというしな。油断せずきっちりとどめを刺さなくては。


 最後の一撃を食らわせようと腰の短剣を取り出して構える。

 俺が生きるために今、生き物を殺す。きっとこれはいつまでも心に残るだろう。それでも俺はやらなければいけない。ここで確実に、こいつを殺す。


 すると俺の気配の変化に気づいたのだろう。地面に落ちて倒れ伏していたゴブリンがゆっくりと立ち上がり、これまた緩慢な動作で棍棒を構えてゆく。既に満身創痍である奴の瞳には、刺し違えてでも俺に一矢報いようという覚悟の炎が燃え広がっている。死を直面して逃げるでもなく、殺意を振り絞って立ち向かっている。


 その執念とも言える覚悟に敬意を払って一撃で終わらせてやる。

 そして言葉は放たれるーー


 「俺の命を奪おうとしたから、俺もお前の命を盗っていいよな?」


 その言葉がきっかけとなって走り出す俺とゴブリン。わずか数メートルを全力で駆け抜けて相手の元に向かう。コンマ数秒先には相手はもう目前。思いっきり足を踏み込み、力強く握った短剣を下から振り上げようとする俺と、鍛冶場の馬鹿力で棍棒を振り下ろすゴブリン。その二つの凶器はぶつかり合うことなくーー


 「俺の……勝ちだ」


 ーー片方は宙を舞い、片方は相手の体を一直線に切り裂く一太刀となった。


 地面をへこませながら落ちる棍棒。体を斬られ、一撃で絶命したゴブリン。そして、振り抜き終わった探検についている血を振り払って落とす俺。剣の血がほとんど取れると鞘に収めて安堵にため息をつく。

 そして大きく息を吸って、


 「よっしゃあ。勝ったぞ!」


 勝鬨を上げる。初めての戦闘を無事勝利の形に収められたことが堪らなく嬉しい。今なら町中で踊りながら歌えそうな気分だ。まあそんなことしないけど。

 嬉しすぎて謎のテンションになってしまった。


 感動と多幸感が身体中からとめどなく溢れ出てくる。今まで味わったことがないほどの達成感が心を埋め尽くす。

 感情の激流が、止まることを知らない荒波が暴れている。

 俺を壊すかのように。俺を労うかのように。


 流れ出る感情のままにしばらく立ち尽くす。そうしてだんだん意識が明確になって、行動を起こそうとした時、予想だにしないことが起きた。


 『スキル「盗賊」発動。ゴブリンの取得したいスキルを選択してください。

  ・繁殖……繁殖行動が盛んになる。

  ・棍棒の心得……棍棒の扱いが上手くなる、

  ・力上昇……力が上昇する。                     』


 しゃ、喋ったーー!?

 聞いたことがない声が聞こえた。謎の声というのもアレだから神の声と仮称しよう。突然神の声が頭に響いたのだ。

 これには流石に大仰天。いきなり神の声が響くなり、スキル「盗賊」が発動だって?

 マジすか。

 てっきりハズレスキルだと思ってた「盗賊」がこんな機能を持ってたなんて思いもしなかった。さっきに引き続き嬉しいことばっかり起こってくれるじゃん。


 驚いたり喜んだりで、スキルを選ぶのをたっぷり数分間忘れてしまっていた。アホを曝け出してしまったがどうせ誰もいない。気にするな俺。

 気を取り直してスキルの内容を審査する。

 まずは「繁殖」だ。


 「繁殖いらなすぎだろ……」


 これは酷い。どうりで増えるのが早いわけだ。こんなスキルを持ってたら簡単に繁殖してしまう。


 先程のを見なかったことにしつつ次を見る。

 これは心得スキルだ。心得は技術系で一番効果が弱いスキルだ。この上には例えば剣術だとか剣聖だとか剣王だとかがつく。その上には更に剣帝と剣神もあるらしいが歴史上数人しか発現していないほど珍しい。まあこれは持っておいた方がいいのかな。


 続いてこちら、「力上昇」君です。

 さっきまでと対してこちらは効果が素晴らしいものだ。全身の肉体のありとあらゆる「力」の強度が1%上がる効果である。数字にすると少なく見えるが、その実これを持っていると持っていないでの差は大きい。


 スキルを見ているうちに、ある疑問が芽生えてきた。


 「これって選べるのは一個だけなのか?」


 そう、これの結果次第によって成長速度が大幅に変わる。何個も選べるなら最高だ。速く目標である最強に近づくことができる。そっちだったらいいんだけど……


 複数選択可能であることを願って、棍棒の心得と力上昇を選択する。

 さあ、運命の判決やいかに……!

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咎人スキルの成り上がり~スキルを盗れるって反則じゃね?〜 デステ @sousei1215

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