森のゴブリン

街の外に出る。それは俺にとって初めての行為だ。それゆえ何をするにしても新鮮に思える。そして調子に乗って酷い目に遭う。当たり前だよな。そんなの分かりきったことじゃないか。

 それを踏まえた上で聞いてほしい。

 俺は今ーーゴブリンに囲まれている。


 周りを見れば無数のゴブリン。凶悪な顔面で熱心に見つめてくるが全くときめきはしない。

 寧ろ体が震えてくる。今すぐ逃げてしまいたいくらいだ。

 しかしそれは叶わないのだ。


 なぜって?

 俺の服の裾を掴んで絶望に打ちひしがれる少女がいるんだよ。

 逃げれるわけがない。漢が廃れてしまう。

 どうにか出来ないものかと必死に思案していると、丁度真前にいる個体が嘲笑の笑みを浮かべる。

 それを見てイラついたおかげか少し余裕が出てきた。


 敵の数は八体。いずれも武器持ちで、簡単には倒せそうにない。

 対してこちらは父上に貰った短剣と少女が持っている投げナイフ三本。

 どうしてこんなものを持っているのかはわからないが少しでも武器があるのはありがたい。

 たったこれっぽっちの戦力でどうやって勝利をもぎ取ろうか。

 まあ、なるようになるさ。


 「行くぞ。ゴブリン共!」



 ☆☆☆



「これが……外の世界か……!」


 街の外に出た俺は呆然と立ち尽くしていた。

 そこにあるのは何の変哲もない景色。

 舗装された大通りを点々と馬車が走っている。道ゆく人々は皆装備を身にまとっていて冒険者風の格好だ。後方に見えるは大きな森。空ではお天道様が眩く煌めいている。顔を左右に向けると草木が適度に生えている。

 普段見る世界と違うのは大きな森が大地に構えていること、そこら辺に自然の恵みがあることだけだ。

 なのに何故だろう。こんなありふれた景色を見て俺はーー


 「すっ……げえ……!!」


 ーー感動していた。

 景色が変わればいつも見る街と同じ景色だ。道を走る馬車も、道を歩く冒険者もとうに見慣れている。違うのはたった背景だけ。

 なのに、何故だろう。

 俺は今ーー心が震えているのを鮮明に感じ取れている。


 いつまで立ち止まっていただろう。よくわからないが、気づいたら俺は歩き出していた。

 一歩二歩と歩き出すとだんだん実感が湧いてくる。


 (俺はようやく外に出たんだ……)


 感動が世界を包み込んでいく。

 五感が全てのものに過敏に反応している。

 この気持ちを忘れまいと心に刻み、余韻に浸りながらゴブリンのもとに向かう。


 以前書物で読んだのだが、どうやらゴブリンは近くにある森に生息しているらしい。

 これはさっき見えた森だな。

 ゴブリンは大体二、三匹でチームを組んでいるが、はぐれたり抜け出したりした個体がなかなかいるようだ。

 そいつらが狙い目だ。


 思考しているうちに森に着く。

 この森は街のすぐ近くにあるから数分で着くのだ。

 顔を上げると、思っていたのとは違う明るい森が見えた。

 暗いジメジメとした陰鬱な森を想像していたが、随分と違うみたいだな。


 予想とは違ったことに少し驚きはしたが、気を改めて森に入る。

 ここからは魔物のテリトリーだ。森の浅くまではゴブリンしかでないが、深くなると様々な魔物が出てくるから気をつけて進もう。

 気を詰めすぎてはいけないので少し緩く、しかし確かに警戒しながら森の中を歩き出す。


 注意ついでにゴブリンについておさらいしよう。

 幸い冒険者向けの本を読み漁っていたから知識は豊富なのである。


 ゴブリン。繁殖が半端なく早いので、常にギルドで討伐依頼を出している。そうしなければ魔物のスタンピードに繋がってしまうのだ。また、繁殖するために多くの女性を捕らえようとする。特にこの特徴のせいで女性の敵となっている魔物だ。加えてゴブリン一体一体は戦闘スキルなしの一般男性でも倒せるほど弱いので、凄惨な死を迎えることが多いようだ。ざまあねえ。


 頭に中でゴブリンの情報を反芻していると、向こうにゴブリンの姿が確認できた。

 すぐに近くの草むらに隠れて様子を見ると、どうやら一匹だけのようだ。

 初めて見るので観察してみるか。

 全ての行動を注意深く見ているうちにゴブリンに目が吸い込まれていく。

 凶悪な顔、緑の肌、手に持った棍棒。

 そのどれもが恐ろしく、けれど新鮮であるため、目を逸らそうとしても出来ない。


 知らぬ間に体が動いていた。

 もっと見たいと強く思い、体が前へと動き出す。ゴブリンのいる、前へと。

 そしてーー


 パキッ


 意識が一瞬で覚醒する。


 何が起きたかわからず音の発生源を見ると、足元の小枝が踏み折れてしまっていた。

 足元の注意を疎かにしてしまっていたことに気づき、この音をゴブリンが聴いていたとすると……

 まずい、と思った瞬間ーー


 「ギャギャギャ!」


 濁った声が強かに耳たぶを打つ。脳内で響き、ノイズが走る。

 顔を歪めながら、逃げるように草むらから飛び出し、ゴブリンの真正面で短剣を構える。

 さて、勢いで出てきてしまったがどうやって倒そう。

 何の策も用意しておかなかったことに今更後悔するがもう遅い。

 目の前には獰猛に笑い、棍棒を構えている緑の小鬼。


 ーーやるしかない。


 深呼吸で息を整える。激しくなり続ける心音を無視して迎え撃つ準備をする。

 互いの視線が交差すること数秒。

 さあ行くぞと眼に力を入れた瞬間、ゴブリンが襲いかかってきた。

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