ファーストステップ


  ーー明くる朝ーー



 燦々と降り注ぐ陽光があまねく大地を白く染め上げる。

 春風が穏やかな暖かい朝を演出している。

 空を仰ぎ見れば澄み切った青空が慈愛の表情を浮かべる。


 この壮麗な絶景の中に俺はいた。


 今日俺は家を出る。これまでの生活とは一生のお別れになる。確かに寂しい。だが、これからの人生を賭けた大冒険を謳歌することの高揚感の方が大きい。

 まず宿屋を探さなければいけないな。それが終わったら冒険者登録を行おう。なんの依頼を受けようか。さまざまな思考が頭に浮かんでは、消えて行く。ぐるぐると巡って思考が定まらない。

 思案を続けていると、家から出て来た父上が話しかけて来た。


 「ロイバー、もう吹っ切れたのか。」

 「はい。もうワクワクしてしょうがないですよ。」

 「そうか……。お前がいなくなると寂しくなるな。」


 そう言われるとこっちも寂しくなってくる。今までを思い出して感慨に耽っていると、兄上と母上も家から出て来た。


 「ロイバー。お前がいなくなると家が寂しくなるな。」

 「もうちょっといてもよかったのよ。」


 それさっきも聞いたな、と思いながら返答する。


 「そうですね。けれどもう決めたことなので。」


 すると二人もそれ以上言わずに祝福の言葉で送り出してくれる。


 「これから頑張れよ、ロイバー。」

 「頑張ってね。辛くてもめげないのよ。」


 ありがたい。見送ってくれる人がいるのはこんなに心強いんだな。

 ほっこりとした気持ちになっていると父上が近づいてきて、一振りの短剣とお金が入った袋を渡してくる。


 「これがお前の言っていた短剣だ。受け取れ。」


 受け取って鞘から抜いてみると、白銀に輝く等身が姿を見せた。

 素人目から見ても分かる。これはかなりの代物だ。そこらへんの粗悪品とは文字通り格が違う。


 「ッッ!? これ、かなりいいものですよね。こんなの貰っちゃっていいんですか?」


 こんな業物を渡してきたことに驚きを隠せなくて尋ねてしまう。

 これ一つで一年は不自由なく暮らせるだろう。それほど物凄い代物なのだ。


 「ああ。それがお前の相棒だ。」


 相棒。その響きに強く心を奪われた。


 (これが俺の相棒か……)


 こんな高価な短剣をくれたんだ。期待に応えてあげなきゃいけないよな。


 気持ちを改めて父上の顔を見つめる。


 「俺、頑張ります。見ていてください。」

 「ああ、任せろ。頑張ってこい。」


 そう言って父上は朗らかに微笑んだ。


 ゆっくり、しかし確かに一歩一歩門に向かって踏み出す。ここから先は沢山の未知で溢れている。知ろう。そして学ぼう。ここから先が俺の、咎人スキルの成り上がりだ。




 ☆☆☆




 さて、家を出たはいいもののこれからどうしようか。

 最初は宿屋探しで決定だろ。そしたら次は冒険者ギルドに登録か。よし、そうしよう!

 意気揚々と歩き出そうとした時、足が震えているのに気がついた。


 (これは、冒険者ギルドに行くのが怖いのか。)


 冒険者には様々な人がいる。穏やかで優しい人もいれば、荒くれていて恐ろしい人もいるだろう。

 その一員になる覚悟がまだ決まりきっていないのだ。


 (冒険者ギルドに行く前に狩りをして自信をつけるか。)


 そうと決まれば善は急げだ。急いで宿屋を探して回る。

 大通りを歩いていると、ふとある看板が目についた。


 「『銀月の宿』だって?」


 三日月型の看板をした特徴的な宿だ。

 これ幸いとここに泊まることを決めて中に入る。


 内装は極めて穏やかだった。

 心落ち着くデザインをしていて、見るだけで心が癒されるだろう。


 落ち着いた雰囲気に驚いていると、カウンターにいた店員が話しかけてきた。


 「いらっしゃいませー。銀月の宿にようこそ! お泊まりですか?」


 応答しようと顔を向けた瞬間、身体中に電気が走った気がした。

 頭から飛び出る一対のふさふさの耳。口元に可愛らしい猫ヒゲが生えていて、腰からは尻尾が生えている。


 (猫獣人だ! 耳だ、ヒゲだ、尻尾だ!)


 俺は今まで獣人を見たことがあまりない。大体二、三回だろう。それほどまでに珍しい存在なのだ。

 久方ぶりに見た獣人に興奮してしまったが、バレたら変態のレッテルが貼られてしまう。

 それだけはなんとか避けなければ


 内心の動揺をどうにか取り繕いながら話す。


 「あ、ああ。泊まりで頼む。とりあえず5日分で。」


 この宿が合わない可能性があるから少ない日数にしておこう。

 もしそうなったらあの猫獣人に会えなくなってしまうのか……そうならないことを祈ろう。


 「分かりました。食事はありにしますか? それとも無しにしますか?」

 「ありで頼む。」

 「了解しました。合計で一万円になります。」


 食事はないと困るからな。冒険疲れのまま買いに行くなんて面倒だ。

 なんてことを考えながら代金を渡す。父上はものすごい太っ腹なのだろう。財布の中には現金十万円と、百万円が振り込めれた通帳が入っていた。引くぐらいの大金だが、今はありがたい。


 「はい、丁度受け取りました。食事は朝と晩の二回です。昼は自分で用意しても構いませんが、有料で用意させていただいてます。体を洗う桶は一杯百円となっております。部屋番号は百十五です。それではごゆっくりどうぞ。」

 「ああ、ちょっと待ってくれ。今から出かけるので鍵を預けたいのだが頼めるか。」

 「分かりました。それでは行ってらっしゃいませ。」


 鍵を預けて宿を出る。

 さて、ちょっと外に出て狩りでもしてくるか。まずは実力試しで定番のゴブリンだ

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