初めの決意

「ち、父上……」


 扉を開けると、そこにいたのはまさかの父─ ─カイン・スペラリーだった。


 ここ、ムエン王国の法務局局長の肩書きを背負う者。

 身長百九十センチの特大サイズ。

 俺と同じ混ざりっ気が全くない白髪を短く切り、オールバックにしている。

 鍛え上げられたその体つきは、服越しでも把握することができる。


 その姿、まさしく威風堂々。


 体内に虎でも飼っているのかと言いたくなるこの濃密な気配。

 視線だけで人を殺せそうなその鋭い目つき。

 そんな人物が部屋の前で恐ろしい形相をして仁王立ちをしていたのだ。

 当然、不安にもなる。


 こちらに気付いたらしい父上は、開口一番こういった。


 「飯を食いにいくぞ。ロイバー。」


 ……へ?





 ☆☆☆





 どうやら父上は本当に夕食を知らせに来ただけのようだ。

 こんな夜分に追放されてしまうのかとビクビクしていたが、どうやら杞憂だったようだ。


 父上の大きな背中を前に、食堂に向けて歩を進める。


 我がスペラリー家はかなりの武闘派として有名である。

 一度戦場に出れば一騎当千。学生時代にも数多くの逸話を残している。

 そんな素晴らしい一族は、当然廊下も素晴らしい。


 月明かりを反射する、埃ひとつない無垢床。


 オシャレを感じさせる白塗りの漆喰の塗り壁。


 純白の壁にマッチする、透き通るような窓。


 その一つ一つが高水準に据えられている。物を知らぬ人が見てもその美しさに喫驚するだろう。

 いつ見ても惚れ惚れする風景だ。


 暫くして食堂に着く。


 十人ほどが座れる長テーブルを見ると、どうやら兄上と母上も居るようだ。

 父上が席についたのを見届け、俺も席に着く。

 そして食事が始まった。


 チャカチャカと食器から鳴るちっぽけな音が場を支配する。

 誰も喋らない、沈黙を貫き通している様子を見て怖くなる。


 あんなことがあったばかりだから余計怖いわ!


 誰か喋んないかな〜 と思いながら食を進める。


 するとどうだろう。願いが通じたのか、父上がスパゲティを巻き取ったフォークを置く。

 丁寧に口をナプキンで拭いてから、前触れも無く突然爆弾を投下してきた。


 「今日のステータス披露の場についての会議が開かれた。」


 瞬間走る稲妻。兄上母上も思わず手を止め、次の言葉を待つ。

 俺も例に漏れず、気がつくと背筋が伸びていた。

 この重い重圧感。緊張で体が震えている。まるで裁判所に立たされているかのようだ。


 そして放たれた言葉は……


 「ロイバー。お前を我がスペラリー家から追放する。」


 俺の心を打ち砕く杭となった。


 

 分かっていた。分かっていたんだ。俺が追放されることは。

 あれだけの数の貴族に圧をかけられては父上も折れるしかない。

 それを無視したら、この国で暮らすことが難しくなる。

 毎日のように罵倒を喰らい、何事においても差別される。

 命を狙われることだってあるだろう。そして、その対象は家族全員に及ぶ。

 父上は、家族を守るために苦渋の決断を強いられたんだ。


 心では納得しているが、溢れる感情が敵意を持って心を破壊していく。

 この胸に渦巻く悲哀の情は隠せない。


 俺は黙って俯いていた。


 「父上。なぜロイバーが追放されなければいけないんだ!」

 「そうよ。家族を見捨てるっていうの?」


 兄上と母上が反論の声を上げる。

 しかし、父上は全く意に介さない。どころか、なおさら強く言い放つ。


 「そうしなければお前たちに危害が加わる。それは勿論、ロイバーも含めてだ。」


 その言葉に二人は反論できなかった。

 俺のことを大切に思っているからこそ、俺に危害が加わると聞いて何も言えなくなったのだろう。


 こうなってしまっては仕方がない。俺は家を出て行こう。

 ポジティブに考えれば、俺は自由になるんだ。

 貴族としての柵しがらみから逃れられるのだ。

 ちっぽけな世界で生きるのはもうやめだ。そうだ、冒険者になって世界中を旅しよう。そしていつか大物になって、俺を見下した連中を後悔させてやる。


 「父上。ならばある程度の生活資金と、短剣をください。」


 その場に驚愕の感情が満ちる。まさかこんなことを言うとは思わなかったのだろう。

 兄上と母上が思わず席を立つが、目線で座らせる。


 「……本気か。ロイバー?」


 父上が真意を推し測ろうとする。俺の言うことが信じられないようだ。


 「はい。本気です。」


 強い瞳で訴える。ここで臆してはいけない。確かな意志を伝えるのだ。

 やがて父上は納得したようだ。


 「……分かった。手配しよう。」


 その瞳に何を見たのだろう。人の心を読めるわけでもないから分からない。それでも言えるのは、俺の決意が伝わったということだけ。

 だが、それだけで十分だ。


 ここから先、俺は数々の困難に立ち向かうことになるだろう。それは例えば、困難な戦いや、死の危険。貴族の謀略にだって巻き込まれるだろう。時には道を間違えることもあると思う。

 だがそんなもの悉く潰してやろう。

 力で、策略で、集団で立ち向かおう。

 そしていつかこの世の頂を盗ってやる。

 誰にも負けない、最高で最強な盗賊になって。




 ☆☆☆




 ?お?のし? ふ?かつ?ま


 立ち込めるドス黒い霧。

 この世の闇という闇を凝縮したような禍々しさを放っている。

 その中心部には妖しく輝きを放つ紫の球体とそれに巻き付く血管の様な赤黒い管。

 静寂な世界に、弱々しく、しかし確かに解き放たれる鼓動。


 ーー死が飛び交う終末の世界の引き金は近いーー

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