夢から目覚めて

「お、俺のスキルは......と、盗賊で......す」


 時が止まったかと思った。

 先ほどまでざわついていた会場は鳴りを潜め、沈黙が世界を支配する。

 人々は動きを止め、誰もがこちらを凝視している。

 どこからかガラスのコップが割れる音が聞こえる。だというのに未だ世界は動かない。


 それもそのはず。我がスペラリー家は完全なる武闘派一族だ。

 父上の持つ代表的なスキルは剣聖。母上は魔導、兄上は守護聖域である。

 期待の二男、ロイバーのステータス披露の場。

 先方に続き、どんな素晴らしいスキルを手にしているのだろう、というところでまさかの拍子抜け


 誰が想像しただろう。誉れあるスペラリー家。その家に与するというだけで人生バラ色が確定されている家系の次男坊が、まさか盗賊なんて咎なスキルを有しているだなんて事。


 今まで発現が確認されていないスキルだというのも相まって、驚きと混乱の感情で会場が埋め尽くされていた。


「い、今......なんと言いましたか?......」


 たっぷり数秒待ってから、神官が確認の言葉を投げかけてくる。


 俺自身まだショックから立ち直れない。

 何のスキルを持ってるかな?剣聖の上位スキルの剣王かな?はたまた魔導の上位、魔導王とか?

 もしくは両方の性質を持ち合わせた剣魔王!?


 そんなことを考えていたところに「盗賊」ときたものだ。

 ショックを受けるなというのは無理な話だろう。


「と、盗賊……です……」


 自分の発言を噛み締めるように再度宣言する。

 神官の顔を見ると瞳をガッと見開いている。

 この会場に来ている貴族たちを見ると一瞬ざわめきが走る。

 無理もない。このたった数秒で俺への認知は変わり果てようとしている。


 栄光の家系の一族から、賊へと。


「盗賊って……罪人ではないか!」


 誰かが驚きのあまり声を大にして張り上げる。

 ステータス披露の場は神聖な場とされている。

 ここで大声なんか出したら何をされるか分かったものじゃない。

 なのに、それを咎める者は誰もいなかった。


 その言葉は、懐疑心をもった貴族たちにの心情を後押ししたかのように見えた。

 皆が皆、その目つきを濁らせていく。

 ああ、まずい。これじゃあ……


「何でこんなところに賊がいるんだ! さっさと追い出すべきだろ!」


 言い出したのはロイジャー公爵。父上が局長を務める法務局の副局長だ。

 3年前、人望の差で局長の座をとられたことを未だに根に持っているのだ。

 出来るだけ大事にして、父上を局長の座から引きずり落とそうという魂胆だろう。

 あわよくば自分が局長になろうと考えていることだろう。


 こんな状態でなければ、俺の握り拳はわなわなと震えていたことだろう。


 だが今そんな余裕はない。今の言葉が決め手となった。いや、なってしまった・・・・

 やがてこの会場にいるほぼ全ての人物が射殺すような目つきで、


 「そうだ! 近寄るな!」

 「人の皮をして化けていたのね! ああ恐ろしい!」

 「失せろ! 疫病神が!」


 もう、ダメか……


 「追放しろ! スペラリー家に泥を塗るな!」

 「追放だ! そいつを追い出せ!」

 『つーいほう!つーいほう! つーいほう! つーいほう!』……


 ごめん、父上、母上、兄上……


 ちらりと見えた父上の顔は、苦い物を口にしたような、心憂い顔をしていた。






 ☆☆☆






 そこから先、どうなったか覚えていない。

 誰が収めたのか。どう帰ったのか。いつ寝たか。

 何一つとして覚えていない。

 ただ唯一分かることは、俺の今までの生活に別れを告げなければならないことだ。


 嗚呼、今まで楽しかったな。優しい家族に恵まれて、悠々自適な暮らしを謳歌して。

 まだ家族で暮らしていたかったな。父上に剣の稽古をつけてもらって、母上に魔術について教えてもらう。

 そんなありふれた日常が、こんなに羨ましく思えて。


 ふと、目を拭うと、星の灯りさえ反射しそうな熱い液が指を覆う。

 嗚呼、自分は泣いているんだ。そう気付いた時にはもう遅くて。


 行き場を失った感情が、声が、奔流となって

 止まらない。

 止まらない。

 それはまるでどうどうと音をたてて流れる滝のように。

 止まらない。

 止まらない。


 ああ。

 このまま…枯れてしまいそうだ。




 コンコン。


 扉を叩く音で目を覚ます。

 水の中を動いているような、そんな気だるさが全身を包む。

 たっぷり数秒かけて体を起こす。

 目を開けると、どうやら自室のベッドの上で寝ていたらしい。乱れたシーツが目に入った。

 寝起きで覚醒しきっていない脳を起こすべく、ベッドから降りて立ち上がり、軽く頭を振る。

 あたりを見渡すと、嗚呼。俺の部屋だ。


 壁には父上が誕生日にくれた剣が飾ってある。


 本棚には母上がくれた魔術の本がぎっしり詰まっている。


 扉には兄上がくれた騎士としての心構えが貼ってある。


 こんな見慣れた光景でさえ懐かしく思えて、何故だか視界が滲む。


 だが今は、この家にいるうちだけは、もう泣きたくない。恥を晒したくない。


 瞳をスッと閉じて深呼吸をする。

 一回、二回、三回。

 よし!もう大丈夫。


 気合を入れて、扉へと歩き出す。

 到着。取っ手を握り、ゆっくり開く。

 ギイイィィッ、という音を立てて視界が開ける。


 メイドが起こしに来たかな、と考えていたが、そこに存在していたのは……


 「ち、父上……」

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