女神様の力で異世界転生して無双した挙句、モテモテのハズだったのに!

せみ時雨

女神様の力で異世界転生して無双した挙句、モテモテのハズだったのに!

 季節は、巡り巡ってロマンスの冬。

 少し前までの、あの殺人級の暑さはどこへやら。

 皆が期待に胸を膨らませるシーズン。

 寂れた街も、ここぞとばかりに盛り上がりを見せて、すっかりクリスマスムード。

 色とりどりのイルミネーションは、街を柔らかな光で華やかさを添える。

 並ぶショップの店内には、どこもクリスマスツリー。

 そして親の声よりも聞いた定番のあの音楽。

 幼い頃は、そのメロディーやベルの音を耳にするだけで、今か今かと心待ちにし、長い1日を過ごし、次の日を迎えるのが楽しみでしょうがなかった。

 その次の日も。そのまた次の日も。

 そうして、寒い寒い遠いどこかの果てからやってくる、あの人。

 赤い服を着た立派な白い髭を蓄え、子供達の期待に応える、世界中に愛されるお爺さん。

 寒いのか、鼻を赤く染めたトナカイが引くソリに乗って寒空を駆けて、世界中の子供達にプレゼントを配る優しいお爺さん。


「いつからか……そんなクリスマスも楽しみじゃなくなったよなぁ」


 年月を経て、経続けて思春期を迎えた頃には、皆気付かされる。

 そんな気のいいお爺さんは存在しない。いつも身近な人が、お爺さんの正体だ。

 思春期真っただ中の年頃になると、クリスマスは大切な人と大切な時間を過ごすイベントへと認識を変える。

 俺はクリスマス一色に染まる街をよそ目に、誰かに話しかけるワケでもなく、独り言をポツリと零し、足早に温かい家へと向かう。


「聖なる夜の予定?ふざけるな。俺には今年も関係ありませんよ。ええ、ええ。今後も予定もございません」


 悔しさか嫉妬か。

 今年一番と思われる情けない自問自答。

 七伏ななふし しるべ、17歳。彼女いない歴は言わずもがな。

 友人たちは『彼女が出来た!』『気になってる女の子とデートの約束を、何とかねじ込めた!』などと細い鉄骨を渡るが如く一縷の望みを手に、一年の締めくくりとなるスパートを駆けて大いに賑わっている。

 どうせ、この時期が持つテンションと魔力だ。今だけ。

 結婚する時と家を買う時は、テンション任せは危険だ。そう親から聞かされた。

 それと同じ事だ。雰囲気に飲まれちゃいけない。冷静になるんだ。

 ……でも正直羨ましい。眉をしかめて空を仰いでは、一際大きな溜息をつく。

 俺も彼女と聖なる夜を、楽しく一緒に過ごしたいさ。

 今年もアニメとゲームだけが俺の味方。つまり現状の恋人だ。


「こりゃ、限界オタクこじらせるのも近いな。どうせ今年もひきこも……ん?」


 やるせない気持ちをふんだんに込めた、大きい溜め息をまた一つ。吐く息も白い。憂鬱な気持ちでいっぱいだ。

 つまらない物思いに耽っている、そんな時だった。

 車が行き交う道路の真ん中で、凍えているのか怯えているのか定かではないが、小刻みに震える子犬が目に入った。


「おいおい、あんなトコにいちゃ危ないだろ?飼い主いないのかよ?」


 辺りを見回し、飼い主らしき人物の影を追う。

 しかし、それらしき人物はおらず、そればかりか子犬の存在にも気付いていない。

 いつも道路に気をかけて歩いてる人なんていない。

 それに、よく見てみると首輪をしていない。

 いないいないの欲張りセット。

 恐らく野良なのだろう。

 車の流れが止んだ頃、子犬は震える足で立ち上がり、ゆっくりと歩き始める。

 こんな時に限って、嫌な予感がする。

 俺には関係ないハズなのだが……だが。

 考えるよりも早く、体が反応していた。

 意識が追いつく前に、ガードレールに手をかけ、身を乗り出した。

 早く!もっと早く!走れ!ヨタヨタ歩く子犬に、届きもしない念を送る。

 だが、こういう時の嫌な予感は必ずと言っていいほど、的中する。

 猛スピードで視界に割り込む大型トラック。

 あのスピードじゃ、もう逃げ切れない。

 俺はその様子を、ただただ呆然と眺める事しか出来なかった。

 

「バカ!そんな目で俺を……!!」


 飛び出していた。

 道路へと。

 なんでだろうな、体が勝手に動いていた。

 助かる可能性なんてないのに、何も考えず子犬の元へ向かっていた。

 あんな優しい目で見られたら、行くしかないだろうよ。




********




「…………ん」


 寝ていたのか。

 今までの出来事は夢だったのだろうか。

 不思議な気分だ。何をしていたかハッキリと思い出せないが、意識を失っていたであろう俺は閉じていた瞼を、ゆっくりと開けると地面に横たわっている事に気付く。


「あー……ふうぅ」


 ズッシリと重く感じる体をゆっくりと起こし、胡座をかいて座る。

 ずっと同じ体勢で眠っていたのだろう、関節と筋肉が固まり、体を伸ばせば心地よい痛みが全身を駆け巡る。

 溜め息を漏らし、額を手のひらで何度も撫でる。

 瞼を再び下ろすと、落ち着いて脳内に残る記憶を遡る。

 俺は確か、家に帰ろうと街を歩いていたハズだ。

 その後、その後だ。

 頬杖をついて、記憶を呼び起こすために、人差し指でこめかみを軽く何度も叩く。


「えぇと……そうだ。犬。犬は無事なのか?」


 こめかみへの刺激が功を奏したのか、さっきまでの記憶が鮮明に蘇る。

 トラックに轢かれそうになっていた子犬を助ける為に、道路に飛び出したハズ。

 助けたと思われる子犬を探そうと視線を上げた。



「え?は?な……えぇ?なんなんだよ、ここ。こんなトコ知らないぞ!?」


 視線を上げた先には、古風な日本家屋が飛び込んできた。

 まさに国民的アニメにでも出てきそうな佇まいな家屋は、どこか懐かしを感じさせる。

 じゃなくて。

 表札には“めがみ”の文字。

 汚い字だな。

 そんな事はどうでもいい。俺はさっきまでの景色と打って変わってしまった事で、混乱し、体の痛みも忘れて慌ただしく立ち上がった。


「子犬!子犬はどこだ!?もしかして飼い主の家か?きっとそうだ。そうなんだろ?」


 この時の俺は、将来酒の肴にピッタリの笑い話に出来そうなくらいに取り乱していた。

 話題に困った時の鉄板トークにでもしてやろう。

 いや、ならないな。

 取り乱したまま、家屋の引き戸を遠慮なく開けると、ガラガラと引き戸特有の音を立てる。


「お邪魔します!無事か!?犬は無事なのか!」


 靴を揃える事すら忘れて、乱雑に脱ぎ散らかして玄関口の廊下へ必死に駆け出した。

 不法侵入もいいトコだ。冷静さを欠いていた俺は家屋内を駆けずり回り、子犬の姿を探した。


「いない!ここも!……ここも!」


 数ある和室の部屋を隈なく探すが、その姿は見つからない。

 そして、残された部屋は一室へと辿り着く。

 家屋の突き当りにある居間と思われる場所。

 閉ざされていた襖を勢いよく開けると、誰も考えもしない、予想外の景色が広がった。


「…………ポリッ」


 突如現れた俺を目を丸めて見つめる美少女。

 赤、緑、青の奇抜な髪色で後頭部に団子にして、まとめた髪……いや、まとまっていない。崩れそうな団子からは髪の束が無数に跳ねて、髪のセットは不得手に見える。

 目鼻立ちはしっかりし、整った顔立ち。顔の輪郭より大きい眼鏡。

 17年間、生きて来た中で見た事のないほどの絶世の美少女だった。


「……あ、あの」


 ジャガイモを油で揚げた、棒状のお菓子を齧る少女に恐る恐る声をかける。

 キョトンとした表情も、大変美しかった。


「こ、子犬を――」


「はぁーーーー!?女の子の部屋に入るのにノックもないワケ?襖だからノック出来ないとか?だったら声かけるべきじゃない?失礼しますの一言あるべきだと思うんだけど、その辺どう思いますか!」


 俺が、子犬の行方を聞こうとした瞬間、それを遮るように少女の怒号が部屋中に響く。

 さっきまでの表情とは代わり、目尻を釣り上げて怒っているようだ。

 確かに冷静さを欠いていた俺が悪い。

 しかし、怒った顔も大変キュートです。


「悪い!確かに配慮が足らなかった!ちょっと大事な用があって、取り乱してたんだ」


 頭を下げて非礼を詫びる。


「いいけど?ちゃんと謝れる人なら許しちゃうし。でも、次はちゃんとごめんなさいね?悪いは謝罪の言葉じゃないから。で、大事な用は後で聞くとして、お兄さん誰?女神ゾーンに、どうやって来たの?」


「ご、ごめんなさい。ああ、そうだ名前……ん?女神ゾーン?どういう事?あ、あぁいいや。とりあえず俺の名前は七伏 導ななふし しるべ。17歳の高校生だ」


「七伏導?んーと。そんな人呼んでないし。どういう事?」


 どういう事だって?俺が聞きたいくらいだ。

 聞き馴染みのない女神ゾーンだとかよく分からない単語まで出されて、ただでさえ混乱してるのに、更にワケがわからない。


「どういう事って、俺だって知らねーよ。子犬を助けて気付いたら、この家の前で倒れてて」


「子犬?……あー!助けたの!?あの子犬ちゃんを!?っていうか、口悪くない?不敬ですよ」


 子犬と聞いて、不思議そうに首を傾げる少女。

 数秒の沈黙の後、俺の耳をつんざくような大声をあげる。


「あ、ああ。助けた……つもりなんだけど」


「あちゃー。じゃあ、アレだね。お兄さん死んじゃってるよ。割と早期リタイヤしちゃったじゃん。お疲れ様」


「え……待て待て。死んだ?俺が?ちょ、ちょっと整理させてくれ」


「整理も何もないじゃん。だって死ぬハズだった子犬ちゃんを助けたから、お兄さんが身代わりになったワケ。そしてこの女神ゾーンに来ちゃったワケ。はい、整理する手間省けて、時間の効率化出来たね」


「いや……まぁ。やっぱ死んだのか。そうだよな。あそこから助かるルートなんてまずあり得ないよな」


 誰の目から見ても、まず助からないレベルの猛スピードのトラックに突っ込んだ。

 助かる見込みなんてない事は自分でも気付いていた。

 だけど、俺は女神ゾーンという言葉がさっきから気になっていた。

 死んでいるハズの俺が、こうも鮮明に意識を保ち、死後の世界に立っているという事は、これから俺の身に何か変化が訪れるという可能性がある。

 もしかして。と淡い望みを抱きながら、目の前にいる少女に問いかけた。


「ここが、その女神ゾーンという場所だと言うのなら……君が女神なのか?」


「他に誰かいるワケ?私しかいないでしょー?お兄さんバカそうだから丁寧にしっかり教えてあげる。私は、生死を司る美しい愛の女神!フレアジールよ!」


 丁寧にしっかり教えると言っておきながら、秒で説明が終わった事は置いといて。

 もらった!俺は心の中で歓喜の声を吠え叫び、渾身のガッツポーズを決めた。

 それも生死を司るなんて僥倖。間違いない。

 俺は飽き飽きしていた平凡な毎日を抜け出して、明るい第二の人生を送れるんだ。

 

 異世界で!!


 自信満々なドヤ顔を浮かべて自己紹介するフレアジールに、更に詰め寄る。


「じゃあ、俺は転生出来るのか!?異世界で新しいスタートを切れるのか!?」


「無理に決まってるじゃん」


――は?

 

 期待に満ち溢れた俺をたった一言で粉砕する。

 呆然。開いた口が塞がらないとは、よく言った物だが、まさに今の俺がソレだった。

 俺を見るフレアジールの顔がマジだった。

 何を言っているんだ、コイツは。と、言わんばかりの、気持ち一つ伺い知る事の出来ない真顔。


「お兄さんじゃないんだよねー。転生するのは正解だけど、対象はあの子犬ちゃんだったの。転生先の神様から、次の対象は小動物で頼むって言われててさー、天命を迎えるハズだった子犬ちゃんを、お兄さんが助けたから食い違いが出ちゃった。ちょっとした悪戯心で、スライムだとか蜘蛛に変えて送り込んじゃおうとか考えてたけど」


「……じゃ、じゃあ……俺は無駄死にだった?君の力で異世界に転生して無双しちゃってモテモテ生活が俺を待っているんじゃないのか?」



「ぶっっは!お兄さん、その表情ヤバい!人生終わってるみたいな絶望感溢れてる!!ハハッ!草。いや、もう終わってるんですけどー!もしかして自分が転生して最高の人生送れると思った?残念でしたー。お呼びじゃないんですぅー!是非もないよね!」


 俺はフレアジールの口から無理と聞いた瞬間、なんとも情けない表情をしていただろう。自分でも想像出来る程だ。

 そんな俺を見て、フレアジールは腹を抱えて楽しそうに嘲笑う。

 なんとも小悪魔的な笑いだった。

 正直腹が立ったが、今の俺は怒る気力どころか、反論する余裕さえない程、絶望感に駆られていた。


「大体ね?下心満載とかマジウザいって言うかー。そもそも異世界の神様から釘刺されてんの。陰キャとかヘタレだった奴が何故かこっちの世界で転生した途端、めっちゃ強くなってて『あれ、俺なんかしちゃいました?』で無双しちゃう奴とか、めっちゃ弱いんだけど便利スキルとかレアスキルで別角度から無双しちゃう奴とか、ハーレムでモテモテになる奴とか、もう飽和状態だ!いらねーよ!って。そろそろ世界のバランス壊れるからヤメロ。もっと言うと、そっちの世界の人間、チートの意味を吐き違えてるから、もういらないんだわ!こっちの世界が遅れ過ぎてるとか、こっちの人類に失礼だろ。転生人の方が人口上回るわ。って、ギャオってるから送れないんだよね。私も確かに納得しちゃったんだけど。転生しても同じ姿って言うのが、そもそも変だよね。しかも、能力付加とかナンセンス過ぎない?だから私の場合は、能力もあげないよん。転生というよりか死後派遣ってのが、正しいかな」


 やめてくれ。俺のライフはもう0だ。

 いや、死んでるからマイナス突破じゃないか。

 弱っているハートに、容赦なく追い打ちをかけてくる。

 俺はもう何も言えずに、その場にへたれこんでしまった。


「だからお兄さんは残念だけど、死ぬしかないワケ。でも、あまりに可哀想だから渾名くらいはつけたげる。ザコシなんてどう?」


 やめてくれ。

 俺の名前に由来するワードが何一つヒットしていない。

 そんな、何もかも誇張しそうな感じの渾名はキツ過ぎる。

 もうちょっとマシなのがあるだろう。


「いや、そんな雑なつけかたはやめてくれ。なんかこうもっと……あるだろう?」


「ピッタリじゃん。雑魚導。略してザコシ。導とか名前ついちゃってるのに、私に導きを求める他力本願さ、雑魚なお兄さんにピッタリ!やーい、ザーコザーコ」


 俺を指さして楽しそうに笑う愛の女神。

 なんだこのスーパークレイジー女神ちゃん。

 どこが愛の女神なんだ。さすがの俺も怒りが沸点に達した。

 フレアジールを睨みつけ、拳を握りしめ床を殴る。


「黙れ!」


 ドンッ!という鈍い音と共に俺の怒号が、居間中に響き渡る。

 淡い希望を持った俺が馬鹿だったが、さすがにここまでコケにされる謂れはない。

 思わず立ち上がり、フレアジールにズンズンと詰めより、怒りのあまりフレアジールの胸ぐらを掴んでしまった。


「何が愛の女神だよ!さっきから人の事を馬鹿にしておいて、どこに愛を持ってるって言うんだ!?せめて――」


「バーストフィンガースパイク!!」


 突如、フレアジールの口から厨二全開単語が飛び出し、額に頭が割れそうな程の衝撃が走る。

 あまりの激痛に目の前は火花が散り、脳を鷲掴みにされ、無理やり揺さぶられているような気持ち悪さ。

 脳は処理の限界を超えて耐えきれず、俺の視界はブラックアウトした。


「……転生だとか何とか。命あるモノを誰かが操るなんて本当はおこがましい事。生命の摂理に反する事だし。反省して」



********



「……う」


 何度目だ?

 意識を取り戻した俺は、気絶していたんだと即座に理解した。

 重い瞼を開けて、見知らぬ天井をボーッと眺める。


「おはよ。効くでしょ?私のデコピン。人間が大好きな何となくカッコいい単語を並べたそれっぽい技名もつけた大サービス。お触りのオプション付き。感謝して」


 あれがデコピン?

 スーパーヘビー級ボクサーの鋭い一撃をもらったような威力だった。それがデコピンだなんて。

 俺は横たわったまま、声のする方へ頭を向けると、またもやお菓子を頬張りながら無邪気に笑いながら、中指を弾く動きを見せるフレアジールを見つめる。

 お触りの限度越えてるんですが、それは。しかも、逆お触りだよね。


「おかげで冷静になれたでしょ?こっちの段取り狂っちゃったけど。私も鬼じゃないから、生前最後のお兄さんの行動に免じてチャンスをあげちゃおうかと思いましたーん」


 チャンス?

 転生出来もしない、文字通り生ける屍の俺にチャンスを?

 フレアジールの言葉は、もう正直信用出来ないが、一度ブッ倒されたおかげで頭は、スッキリし冷静さを取り戻していた。

 俺はどうしようもない現実に少しでも抗う為、藁にも縋る思いで、その話に乗ろうと決めた。


「ああ……お陰様で。で、そのチャンスってのは?」


「私ってさ、家事とかするの超メンドくさいんだよねー。嫌いなワケじゃないんだけど、家事をしようと思った瞬間、急にメンドくさくなって体が動かなくなるの。嫌いなワケじゃないけど」


「大事な事なので2回言ったのか?それを嫌いって言うんじゃ――」


「ハンドインパクト!!」


 満身創痍の俺の頬に乾いた音と共に強烈な衝撃が走り、鋭い痛みが頬と口内に駆け巡る。


「ザコシのくせに生意気。せっかくチャンス与えてやろうってのに、口答えとか!だから、雑魚なんだし!」


 どの口が生意気なんて言ってやがる。

 俺は頬を両手で押さえながら、うずくまる。

 納得はいかないが、大人しくフレアジールの言う通りにしておこう。機嫌を損ねて、チャンスどころか地獄に叩き落されかねない。


「ごめんなさい。内容を聞いてもいいか?」


「うん、素直な人は好ましいから、許す。だからね、ザコシに家事をしてもらおかなって。この家に住まわせてあげる代わりに、主夫になれって事。私の身の回りの世話を兼ねて」


 主夫?俺は家事なんて一切やった事のない男だぞ?

 正気なのだろうか。目を丸くしながらフレアジールを見つめる。


――待てよ。


 よく考えてみろ。

 目の前にいるフレアジールは、生意気で手のつけられない我儘女神様だ。

 でも、そんな事気にもならない、むしろお釣りが来るほどの極上の美少女でもある。

 そんな美少女と一つ屋根の下、毎日一緒に暮らすワケだ。フレアジールの機嫌を上手く取りながら、立ち回れば、生への道を掴めるかも知れない。

 あわよくば、禁断のアヴァンチュールと言った事も。


――もしかして、これはご褒美では?


 どれだけ満身創痍でも、いくら追い詰められていようとも、こういう時の頭の回転の早さは男の悲しい性なのだろう。


「その話、乗った!まだまだ生きていたかったんだ。形は違えども少しでも生にしがみつけるなら、主夫でも雑用でもなんでもやってやる!」


 フレアジールの瞳を、力強い意志で見つめる。下心込みだが、今の俺には活力に溢れている。

 転生出来ないとわかっていても、このチャンス。掴まないワケにはいかない。


「オッケー。じゃあ、今日からザコシは今日から女神ゾーンの専業主夫ね?改めてよろしくー」


 すんなり受け入れてくれたフレアジールは満面の笑みを浮かべて、右手を差し伸べた。

 その笑顔は、女神の名に恥じない実に美しいものだった。

 俺はフレアジールの手を握り返して『よろしく』と告げた。


「よろしくついでに部屋の事とか色々聞きたいんだけど、何でこの家古風な日本家屋なんだ?」


 フレアジールと握手を交わした手が、お菓子の油でヌルヌルしていた。

 早速、クソ女神の洗礼を受けるが、機嫌を損ねまいと手を後ろへ回しズボンで手を擦る。

 何故日本家屋なのか?正直な疑問をぶつけてみた。


「あぁ、この家?だって畳とか落ち着くじゃん。平屋の戸建てだと階段登らなくて住むし。ほら、年取ると膝悪くなってグルコサミンとかセサミ成分配合の胡散臭いCMのサプリに頼らないとダメになっちゃうっしょ?それに木の匂いもいい。だから、古い日本家屋にしただけ。でも、ちゃんと隅々までこだわり持って真似して作ったんだよ?ご飯も竈門炊き。トイレも和式をなっております!フレアジールちゃん、やるじゃない」


 そこまで忠実に再現する必要あるのだろうか。

 住めば都という言葉もある。

 多少の不便は目をつぶって粛々と生きていこう。死んだ身のなのだから、贅沢な事は言えない。

 今の境遇を大事にしよう。


「そうか。俺も日本人だし、こう言った和風な方が落ち着くかな。フレアジールのお世話頑張らせてもらいます!」


 これから一緒に暮らす仲になるワケだ。

 俺は、自信に満ちた輝かしい笑顔(自己評価)で、俺からのよろしくという意味を込めた、右手を差し出した。


「ハンドインパクト!!」


 俺の視覚では捉えられないほどの、鋭い閃光のような一撃、彼女の右手の平手が、またもや俺の右の頬を貫く。

 違う。そこじゃない。

 俺の差し出した右手を握ってはくれず、右頬を厨二臭い、いや、実に単純なネーミングの技で返してくれた。


「ってええぇ!!なんで!?せっかく挨拶代わりの握手を求めたのに、お前の右手のどこ行ってんの!?」


 衝撃から遅れる事、0.5秒ほど。痛覚が悲鳴をあげる。

 俺は、怒り押さえきれず、思わず反論してしまった。


「何気安くフレアジ~ルゥ。とか猫なで声で呼んでんですかー?アンタ立場わかってる?よく言えば専業主夫だけど、ただ単なる奴隷だから。ってかね。お前とかナメてんの?ああ、ナメてますね、これは。生意気なんですね。ちょっとワカらせる必要ある。せっかくチャンスあげたのに調子くれちゃうんだから、思わず技名を叫びながら必殺技を出すっていう、行動バレバレな戦闘中にあるまじき愚行に何度も走っちゃいました。それにね――」


 彼女からクドクドとマシンガンのようなお叱りを受ける。

 俺は痛みの残る右頬を撫でながら、コロコロと表情変えるフレアジールを見て、物心ついた頃から、今までの自分が生きてきた映像を思い浮かべる。

 悪くはない人生だった。

 良くもなかった。平凡だった。それが、一番幸せなのかも知れない。

 でも、それでもだ。

 幸せは楽しい事なのか?

 哲学的な考えが、脳裏を過る。


 今、この瞬間が人生の中で一番楽しいと思える瞬間だった――。


 俺は、大がつくほどの説教を受けているというのに、痛む頬を緩めて実に自然な笑みを漏らしていた。


「……え、何。キモ。ちょっと待って。いや、待たなくていいや。ちょっと待ってから入る文章は9割嘘だから、待たなくていいや。もしかして、ヤベェ性癖の人だったりする?ヤバ、ザコシヤバ。人選、間違えたかも」


 ドン引きの表情で後退りする彼女をよそ目に、俺は笑いを止められなかった。

 これから迎える第二の人生。楽しくないワケがない。

 苦労もあるだろう。辛いこともあるだろう。それでも。


 それでも、こんなハチャメチャなメタ女神と暮らす毎日なんて、楽しいに決まってる。

 幸せは楽しい事なのか、なんてくだらない考えもしたけれど。

 幸せと楽しいは比例する。

 滅気ずに右手を差し出すが、彼女は部屋の隅に逃げてしまった。


 女神様の力で異世界転生して無双した挙句、モテモテだったハズなのに。

 転生なんてとんでもない!

 俺はここで新たな人生を謳歌するんだ!




―fin―

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