第3話 大好きな競パン戦士に会うためなら幼馴染も犠牲にする!
「はぁ…」
重たげなため息をつきつつ直樹は学校からの帰り道を歩いていた。
例の宇宙人襲撃の件以来、祐介とは気まずくなってしまった。
祐介の正体はスーパーヒーローで、直樹のことを大好きだというのはよくわかった。
もしかしたら祐介は直樹のためなら命さえ惜しくないのかもしれない。
直樹が祐介の思いに応えられるなら状況が違うのだが、残念ながら直樹は祐介など眼中にない。
彼の心はあの雨の日に現れたアクアマンブラックに奪われてしまったのである。
なかなか気まずい状況に直樹の足取りは重い。
さらに悪いことに小雨まで降ってきた。
直樹のテンションはなおいっそう下がってしまう。
気分を持ち上げるために楽しいことを考えよう。
直樹はいつも前向きだ。
「競パン戦士ブラック…」
直樹は他ならぬ自身の想い人のことを思い出して頬を赤らめる。
彼は外だというのに相手の名前を声に出してつぶやいた。
好きな人の名前を言葉にして興奮するのが彼の性癖らしい。
――もし、名前を呼んだら現れるのが競パンブラックだったらどうしよう。
直樹はあらぬ妄想をして胸をときめかせた。
想像力がたくましいのも彼の特徴だ。
「呼んだかい」という声が直樹の後ろから聞こえる。
振り返ると見たことのある高級外車が直樹の後ろをぴたりとついてきていた。
最近の車は静かなので、とても危ない。
「かわいい坊や、また会ったね」
そう言って車から顔を出したのは、先日直樹と祐介を襲撃したレオン星人だった。
「あんたじゃねぇよ」という言葉を飲み込みつつ、直樹は「こんにちは、レオン星人さん」と礼儀正しく挨拶をした。
雨の日にしか現れないというのがレオン星人の特徴らしいが、確かに今は小雨が降っている。
「こんにちは」とレオン星人は反射的に返事をした。
その顔は若干虚を突かれたような顔をしていた。
「坊や、僕が怖くないのかい?」
「いや全然」というのも可愛げがないと思い直樹は黙る。
前回レオン星人に襲撃された際、直樹はレオン星人のことを怖いとも何とも思わなかった。
むしろ信頼の置ける大人の男性だと印象さえ抱いていた。
もちろん頭のなかでは彼が地球制服を狙う悪い異星人だとは知っているのだが、直感を大事にする直樹は、つい自然に振舞ってしまったのである。
その場に気まずい沈黙が流れる。
仕方なく直樹は「何かご用ですか?」
「待ってました」とばかりにレオン星人は凶悪な顔つきになる。
ただでさえ堀の深い顔にさらに影が強めに差した。
「ふっふっふ。今日は君を脅迫しに来たのだよ。さあ、君の彼氏の競パンイエローの名前を言え!さもないと!」
「僕の幼馴染の『瀬谷』くんです。家は僕の隣です」
直樹は答える。
「LINEも他のSNSのアカウントも教えますよ。申し訳ないんですが、理由あって下の名前を呼ぶことはできないんです。待ってください、今スマホにタイプしますから」
スマホにフリック入力を始める直樹。
レオン星人は彼の態度にかなり戸惑っているようだ。
「ちょっと待ってよ、君。友だちの命が惜しくないのかい?」
「はい。あんまり」と直樹。
「ふむ、これは何かわけがありそうだな」
レオン星人は何かを察したようだった。
「もう少し話を聞かせてもらおうか。さあ、車に乗ってくれたまえ」
直樹も他の子どもと同様、知らない人の車に乗るなと子供の頃から散々言い聞かされて育ってきた。
しかし、レオン星人には一度襲撃されたわけで、顔見知りなのだから問題ないだろうと判断する。
二人の乗った車は出発した。
・・・・・・・・・・
「これこれこういうわけでこうなんです」
「なるほど。君は競パンブラックに心を奪われてしまって、競パンイエローのことはどうでもいいというわけだね?」
レオン星人は直樹の話を興味深く聞いていた。
二人を乗せた車は最寄りのインターチェンジから高速道路に入った。
レオン星人曰く高速道路は人の話を聞くのに向いているらしい。
「そうなんですよ。だから、何とか競パンイエローを介してブラックにもう一度会いたいと思うんですが、なかなか方法が思いつかなくて…」
「なるほどな。それなら私の力で何とか解決できるかもしれない」
「本当ですか!」
直樹は期待に胸を膨らませる。
「あぁ。こういう作戦はどうかな」
レオン星人から切り出された作戦は以下のようなものだった。
まず、祐介こと競パンイエローを人気のないところに呼びつける。
レオン星人と直樹が二人きりという状況は非常に奇妙なので、ひとまずレオン星人が直樹を拉致したという設定にする。
そうなればイエローはレオン星人に対して攻撃を仕掛けてくるはずだ。
こうしてレオン星人とイエローは戦闘状態に入るわけだが、イエローがレオン星人に気を取られているうちに直樹がイエローに致命傷を与えるのである。
最終的にイエローのピンチを検知したブラックが、彼を救出に来るという算段だ。
「はい。流れは何となく理解しました。ただ一般人の僕がどうやってスーパーヒーローのイエローにダメージを与えるんですか?僕は体育も苦手な方だし、結構どんくさいんですよ」
当然の疑問を直樹が口にした。
「ふっ。心配ないよ、直樹くん。私たちレオン星人の科学力を馬鹿にしてもらっちゃいけない。普通の人間である君でも競パン戦士と戦える最新兵器を用意しているのだよ。さあ、ダッシュボードの収納を開いてみてくれ。
直樹は言われるがまま、ダッシュボードを開いた。
そこには引き金がついた武器らしきものが収納されている。
直樹はドキドキしながらそれを取り出す。
そして、拍子抜けしてしまった。
「これ…霧吹きの取っ手じゃないですか?」
100均にでも売っていそうな最新兵器に直樹は戸惑うばかりだった。
・・・・・・・・・・
「祐介!」
直樹が自分を呼ぶ声がする。
競パンイエローこと祐介にとっては、直樹は世界で最も大切な人だ。
何をおいても助けなければならない。
イエローもちょうど学校からの下校の最中で人通りの多い商店街を歩いているところだった。
かなり人目のある状況だが気にしてはいられない。
祐介はすぐさまアクアイエローに変身した。
驚く群衆を気にも留めず、彼は感覚を研ぎ澄ませ、祐介のいる位置を探る。
その声はここから50kmは離れた高速道路沿いの国有林から聞こえてくるようだ。
高校生の足ではとうていたどり着けない場所だ。
直樹の身に何かあったのは確実だった。
「アクアテレポート!」
イエローはアクアマンの特殊能力のひとつである瞬間移動の能力を使って現場へと向かった。
アクアテレポートは体力の消耗が激しい技だが、直樹の身に危機が迫っているのだから背に腹は代えられない。
イエローは一瞬で現場へとたどり着いた。
「ふっ…さすが、愛しい人の呼び出しにはすぐ駆け付けてくれるのだな。さすが競パンイエローといったところだ」
昼間でも暗い杉林のなかにレオン星人が立っている。
その隣にはおどおどとした態度で直樹が控えていた。
直樹がレオン星人によってここに拉致されたのは明らかだった。
「貴様!直樹に何をするつもりだ!それに俺は競パンイエローじゃない!アクアイエローだ!」
強そうな大人であるレオン星人に対して、全く動じずにすごむ祐介を見て、直樹はかっこいいなと思う。
だからといって、祐介に惚れ直したわけではない。
もしこれが競パンブラック様だったらどうしようと思い、直樹はまた頬を赤らめた。
それを悟られないように直樹はうつむく。
祐介はうつむく直樹が泣いていると勘違いしたようだ。
彼は恐るべき速さで駆け出しレオン星人の隣にいた直樹を救出した。
いつの間にか祐介の腕のなかにいることに驚く直樹。
しかも、この状態は「お姫様だっこ」だ。
いくら本命がブラックだとはいえ、ついこの間まで好きだった水着の男の子にお姫様だっこされて直樹はドキドキだ。
祐介がかなり体を鍛えていないと着こなせないはずの競泳パンツをしっかりと着こなしていることに対しても「すごいな」と思う。
直樹は祐介にもトキメキを覚えていることに気づいてかぶりを振った。
何せ彼の本命は競パンブラックなのである。
幼馴染で妥協しては意味がない。
「直樹。もう大丈夫だよ。あいつは僕が倒すから。直樹は戦いが終わるまでどこかに隠れていてくれ」
頼もしいながらも優しい祐介の瞳を見て、直樹は少し罪悪感を覚える。
これから誠実な彼を裏切らなければならないのだから。
祐介は直樹を腕から降ろすと、レオン星人に向かってファイティングポーズを取る。
「やい!レオン星人!直樹を怖い目に合わせるなんて許さない!今日こそお前を倒して見せる」
競パンイエローが臨戦態勢に入ったのにも関わらず、レオン星人はリラックスした様子だ。
それどころか、懐から葉巻を取り出し、それに火をつけ始めた。
「一体お前!何のつもりだ!」
レオン星人の予想外の行動に戸惑いつつも腹を立てるイエロー。
しかし、彼の背後から「祐介ごめん!」という直樹の声が聞こえ我に帰る。
直樹が祐介の背後に忍び寄っていた。
そして、彼は背後から腕を回して、イエローのクリスタルに「何か」を突き刺した。
「うわぁっ!」
予想外の攻撃。
しかもエネルギーの源であるクリスタルへの攻撃を受けてイエローは叫ぶ。
直樹が突き刺した「何か」は非常に細かったが、確実にクリスタル奥深くに挿入されてしまった。
「くっ…あっ…直樹…お前…何を?」
直樹がクリスタルに挿入したのは、先ほどレオン星人より受け取った霧吹き状の装置だった。
もちろん、それは霧吹きではなく、アクアマンを倒すために開発された最新機器である。
先ほど霧吹き状といったが、霧吹きとは大きく異なる部分がある。
それは本来霧吹きの液体が充填されているはずのボトルが無かった。
そして、液体を吸い上げるストローの部分の先端が鋭利に尖っており、これが堅いアクアマンのクリスタルに突き刺さる仕組みとなっているのである。
これはレオン星人が開発した「グレートミスター」という兵器である。
ストロー部分がアクアマンのクリスタルのような高エネルギー体に入ったが最後、グリップが握られると同時に、そのエネルギーが吸いだされ、外部へと放出されるのである。
アクアマンの力の源であるクリスタルを傷つけられ、イエローは苦し気だ。
それより何より、信頼していた直樹による攻撃が、彼にとっては予想外の事態である。
イエローは状況が全く理解できず、思考停止してしまった。
「いいぞ!直樹くん!その調子だ!こちらに向けてグレートミスターのグリップを握るんだ」
レオン星人はどこからともなく衛星放送用の小型のパラボラアンテナに似た装置を取り出し二人に向けて構えている。
この装置でグレートミスターから発射されるエネルギーを受け取るつもりらしい。
「直樹…どうして…こんなことを…」
胸の強烈な痛みに苦しむイエローが力を振り絞ってつぶやいた。
その声があまりに弱々しく直樹はグリップを握るのをためらう。
果たして直樹は引き金を引くことができるのだろうか。
(続く)
競パンの男の子を口説くのは難しい~壮絶!競パンヒーローアクアマンの大活躍 らぶか @ra_bu_ka
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