第2話 競パンの男の子を好きでい続けるのは難しい

「ぐあぁぁっ…」


レオン星人の兵器リザード一号に競パンヒーローイエローこと祐介はエネルギーを吸収されていた。

胸のクリスタルから、彼のパワーがリザード一号に据え付けられたアンテナにどんどん送り込まれていく。


「よし!小休憩といこう」


突然、アンテナが機能停止する。

エネルギー吸収から解放された祐介。

彼は肩で息をしており、全身は汗まみれだった。

さらに、胸にあるクリスタルが青から赤に変わり点滅を始めている。

これは競パン戦士たちのエネルギーが危険水域を割っていることを示している。


このままでは祐介の命が危ないのかもしれない。

思いほか危機的な状況に直樹は恐怖を覚え始めた。


「これ以上エネルギーを吸収したら、君は意識を失ってしなうだろう。君とお話できるのはこれで最後だよ。何か言い残すことはないかな」


「くっ…俺はお前なんかに決して負けない!それに俺はアクアマ…あっ!」


イエローが最後の言葉を言い終える前にエネルギーの再吸収が始まった。


「あっ…あっ…あっ…」


もだえ苦しむ祐介。

直樹はその姿を見ているしかない。


競パン戦士がエネルギーを吸い尽くされたらどうなるのだろう。

戦えなくなるのはもちろんだが、さっきレオン星人は意識を失うとも言っていた。

もしかしたら、命を落とすことになるかもしれない。


直樹はその絶望的な未来を思い浮かべて震えた。


「そんなの嫌だ!誰か助けて!」


直樹は叫ぶ。

求めよ。さらば与えられん。

その言葉通りのことが、今起ころうとしていた。


競パンイエローのエネルギーを吸収するためにフル稼働していたアンテナが急にはじけ飛んだのである。

一瞬の出来事に直樹も、そしてレオン星人も何が起こったのか認識できなかった。


爆発四散したアンテナの砂煙の奥に、直樹は一人の男の人の姿を見て取った。

彼はたった今地面に着地したばかりといった姿勢を取っている。

直樹は、この男の人がアンテナを破壊したのだと気づく。

向かいのビルから飛び降りて、強烈な飛び膝蹴りをアンテナに食らわせたのだった。


「アクアビーム!」


瞬く間にその男の人は態勢を整えて、手を腕の前でクロスした。

そのクロスした部分が強烈な光を発したかと思うと、祐介を拘束していた金属の下を破壊した。

祐介はようやく自由になった。


「大丈夫か?アクアイエロー!?」


先ほどまで向こうにいた男の人は既に祐介の隣にいて、彼を助け起こしていた。


この男の人も祐介と同じようにブーメラン型の競泳水着を身に着けていて、胸にクリスタルが埋め込まれていた。

おそらく彼も競パン戦士ことアクアマンなのだろう。

彼のビキニパンツは黒色なので、コードネームはおそらくブラックだ。


「あぁ…。何とかぎりぎりのところで持ちこたえた…」


祐介の言う通り、この救出のタイミングは間一髪だった。

彼のクリスタルの光は弱々しく、点滅もかなりゆっくりになっている。

もう少しで彼は競パンエネルギーを吸い尽くされてしまったことだろう。


そんな祐介のピンチをよそに、直樹の視線はブラックにくぎ付けだった。

直樹には子供の頃から思い描いていた理想の男性像がある。

その条件は100個以上にのぼったが、そこまで欲張っては夢がかなわないことを直樹は知っていた。


そこで直樹は理想の条件を三つに絞った。

それは以下のとおりである


マッチョで前髪があって眼鏡をかけている。


そして、今目の前に現れたブラックがその条件を全て揃えていたのである。

直樹は自分の頬が赤らむのを止められなかった。


「直樹さん、僕がきたならもう安心ですよ。すぐにあのレオン星人をやっつけてやりますからね」


「あっ…あっ…はい…」


突然、競パンブラックに話しかけられた直樹は、しどろもどろになってしまう。

せっかく理想の男性が現れたというのに、粗相をしてしまった。

直樹の今が宇宙人との戦闘中であることも忘れ落ち込んでしまった。


「さあ!レオン星人!俺たち二人が揃ったからにはただじゃすまないぞ」


イエローとブラックがレオン星人に向かってファイティングポーズを取った。

二人はとても息が合っており、まるで兄弟のようだ。

きっと厳しい訓練を二人で乗り越えてきたのだろう。


「おぉ、怖い。これでは本当にただじゃすまなそうだ。一対二というのも分が悪いし、何よりもうすぐ雨が止んでしまう。ここはおとなしく撤退するとしよう」


レオン星人が再び鍵を操作すると、リザード一号は再び車のへと変形した。

ブラックによってかなり破壊されたはずだが、そんな様子は微塵もないピカピカの新車へと変わってしまった。

その車に乗り込むレオン星人。


「それじゃあ今日はお暇しよう。坊や、きっとまた会うこともあるだろう。その時に『乗り換え』のことも考えておいてくれ」


そして、レオン星人は颯爽と立ち去っていった。

雨の中取り残された三人。

危機は去ったが、どことなく全員所在なげである。


「それじゃあ…」


最初に口を開いたのはブラックだった。


「僕も帰ります。後は二人でご自由に」


「え!もう帰るの?」という言葉を直樹は飲み込んだ。

せっかく見つけたタイプど真ん中の人が行ってしまう。

しかし、引き留める言葉も思いつかないので、黙っているほかない。


ブラックは現れた時と同じくらいの素早さで、その場から消えてしまった。

半壊したカフェのなかで直樹と祐介が残された。


「直樹!」


呆然とする直樹を祐介ははたと抱きしめた。


「ごめん。直樹。俺弱くって…」


祐介の声はどことなく涙声だった。

直樹にふがいない姿を見せてしまって、さぞ悔しいのだろう。


「俺、直樹を守るためにアクアマンになったんだ。普通ならアクアマンは一般人から顔が見えない加工がされているんだ。だけど、一人だけ顔を認識できる人を選ぶことができる。だから、俺、直樹にだけ正体を明かそうと決めたんだ」


なるほど。

直樹がテレビの向こうで祐介の顔を判別できたのはそのせいだった。


「俺、直樹をレオン星人から守りたかったんだ。だから、一番近くにいる俺がアクアマンだって知らせたかった。でも、こんな弱い奴じゃ駄目だよな。直樹を守れないよ」


「うん。大丈夫だよ」と言いつつ、直樹は上の空だった。

なぜなら、彼は競パンブラックのことを考えていたからだ。


一般人が競パン戦士の顔を認識できないとするなら、直樹もブラックの顔を認識できていないことになる。

つまり、直樹は変身前のブラックをこの世界から見つけ出すことはできないということである。

せっかくタイプど真ん中の男性が現れたというのに何という悲劇だろう。


「直樹。俺、もっと強くなるから!お前のことだけは命に代えても守り抜くよ!」


「うん…ありがとう」


直樹はまた上の空で答える。

祐介のプロポーズにも等しい発言だったが、直樹はほぼ聞き流してしまった。

これがレオン星人の襲撃前だったら、直樹は感激して涙を流していたことだろう。

しかし、諸行無常。

人の心は変わりやすく、今は直樹はブラックに夢中だった。


「直樹。困ったことがあったら、俺の名前を呼んでくれ。そしたら、どこにいようと何をしていてもすぐに駆け付けるから」


なるほど。先ほど祐介が突如として直樹の後ろに現れたのは、彼が祐介の名をつぶやいたからだったのだ。

直樹は心の底から彼を慕う緊急呼び出し機能付きのスーパーヒーローを手に入れたことになる。


これは使える。

直樹は自身の希望が失われていないことに気づいた。

競パンイエロー祐介は当然同じ競パン戦士とつながっているはずだ。

しかも、先ほどの様子を見る限り、二人はかなり親し気に見える。

祐介を介して、再び競パンブラックに会うことはそれ程難しいことではなさそうだ。


「祐介…うれしいよ…」


直樹は祐介の耳元でささやいた。

ブラックに再び会うために、祐介の機嫌をきちんと取ってかなければならない。

直樹は心にもないことを口に出したのである。

目的を達成するためなら、少しの嘘も仕方ない。


ほぼ裸同然の祐介に抱きしめられているのに、直樹の心は一切ときめかなかった。

必ず運命の相手と結ばれてみせる。

堅く決意する直樹。

その腕の力は自然と強まり、祐介をきつく抱きしめる。

祐介もそれに応じるように直樹をさらに強く抱きしめた。


いつの間にか雨は止み、雲の切れ間から太陽が顔を出した。

恋する直樹の冒険が今始まろうとしていた。



(続く)

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