楽しかった?

きと

楽しかった?

 とある映画館のスクリーンの前。

 そこに初老の男性、大野おおのは座っていた。

 周りに大野以外の人影はない。

 決して、この映画館が人気がないわけではない。

 むしろ人はひっきりなしに来るだろう。

 それでも、この場に大野しかいないのは、今から上映される映画が大野専用のものだからだ。

 ここは、つい映画館えいがかん……と呼ばれる場所らしい。

 大野は気付けばここにいて、その場にいたスタッフらしき人物にそう説明された。

「ここでは、大野様専用の映画が見られる――終の映画館と呼ばれる場所になります」

「えっと、ごめん。どういうこと?」

「この場所は、死んでしまった人間の人生を映画として見ることができる場所なのです」

 あまりに自然に死んだという事実を伝えられ、大野は驚いた。

 だが、スタッフはあくまでも淡々たんたんとした様子で大野を六番スクリーンまで案内した。

 しばらくすると映画が始まるということで、大野は先程から座って待っていた。

 ――しかし、俺は死んでしまったのか。

 物思いにふけっていると、ブザーとともに室内が暗くなる。

 どうやら、いよいよ始まるらしい。

 スクリーンに『大野友也おおのともやの人生』と映し出され、幼少期の大野が現れる。

 わがままで人を困らせた小学生時代。

 人生はじめての告白をして、盛大にフラれた高校時代。

 辛いながらも充実していた社会人一年目。

 やがて、病院のベットに横たわる大野が映し出される。

 どうやら、最期の時が迫っているようだ。

 大切な妻と娘。仲良くしてくれた友人たち。

 ――ああ。

 彼らに看取みとられながら、ゆっくりとひとみを閉じる。

 そして、暗転したスクリーンには『楽しかった?』という文字。

 ――楽しかったなぁ。

 と、その時。

 映像が激しく乱れはじめる。

「……?」

 もう終わりだと思っていたので、きょをつかれる。

 次に映し出されるのは、中学生くらいの子供だ。

 だが、大野ではない。

『大野友也さんが、中学時代にからかい続けていた久保進くぼすすむ君』

 ――久保くぼ?確かにそんな奴がいたけど……。

 反応が面白くて、いろいろとからかった記憶はある。

 だが、なぜ今この映画に映し出されるのかが分からない。

『大野さんにとっては冗談交じりの会話でしたが、久保君にはそうではありませんでした』

『恥ずかしい思いをたくさんさせられ、大野さんに話しかけられるのが苦痛で仕方ありませんでした』

『久保君は、以来人と会話することすら怖くなり、今もびくびくしながら辛い日々を過ごしています』

「…………………………え」

 思わず、声がれる。

 大野にとっては、楽しいたわむれのつもりだった。

 でも、そのせいで傷を負った人間がいたのだ。

 また、映像が激しく乱れる。

 次に映し出されたのは、スーツを身にまとった若い男性だ。

『希望を持ってとある企業に入社した森野洋一もりのよういち君』

『そんな彼の上司になったのが、大野友也さんでした』

『思うように仕事ができない森野もりの君を大野さんは、何度も何度も怒ります』

 覚えている。

 森野は、優秀だと期待されていたがそんなことはなく、ミスするばかり奴だった。

『時には、理不尽なことでも怒り、彼の人間としてのあり方をも否定することもありました』

『その森野君に待っていたのは、うつ病でした』

『彼は、大野さんがいた会社を辞めました。ですがうつ病の症状は重く、今も闘病とうびょう生活を余儀よぎなくされています』

「違うんだ。そんなつもりはなかったんだ。ただ、怒られたことをばねにして、頑張って欲しかったんだ」

 誰かに許してもらいたくて、言い訳を並べる大野。

 当然ながら、それに答える人などいない。

 代わりに答えたのは、スクリーンだった。

『最期にもう一度、お聞きします』

 

『楽しかった?』


 電気がともされる。

 そして、スクリーン横の扉が開かれる。

 スタッフは、言っていた。

「映画が終わると、スクリーン横の扉が開かれます。その先には階段がありますので、そのままお進みください」

 大野はふらふらと歩き、開かれた扉の先を見る。

 階段は、下へと続いていた。

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楽しかった? きと @kito72

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