古代生物“鬘樔ココ迪ソ”博物館

葎屋敷

“繝偵ヨ”



 手を繋いだ我が子の顔を見る。その表情は花が綻ぶように可愛らしく、いつものように真っ赤だった。幼いこの子は今日という日を楽しみにしていたから、朝から興奮しているのだろう。

 最近、我が子は古代生物というものに夢中だ。今向かっているのも、古代生物博物館である。目的はその中で行われる展覧会だ。なんの古代生物の展覧会かというと、昔、この星に住む王者であったにも関わらず、隕石が原因で絶滅してしまったあの生物。子どもが大好きな、あの古代生物の化石の展覧会である。今回は、古生物学者の解説付きとのこと。子どものためにも、私も少しは化石について学べたらいいなぁ。





 さぁ、さぁ、さぁ、ご賢覧あれ!

 ここにありまするは、古代、この星に生き、地上を席巻した古代生物、その化石です。今私の横に飾られているのは、その中でも代表的なものでございます。どうです、美しいでしょう! 我々はこの化石に名前を付けております。その名を“エックス”。どうしてそう名付けたかは、後でお話ししましょう。


さて、エックスのことを知ってもらうためにも、前振りが必要ですね。なにから話しましょうか……。

そうですねぇ、ここにはお子さんに付き合ってきた親御さんもいるでしょうから、基礎的なことからお話ししましょう。


エックスたちは隕石で滅びた、およそ一億年前の生き物です。当時は我が物顔で地を蹴り、他の動物を食らい、ふんぞりかえり、肉を貪った。強欲な生き物でございました。

 いや、ベジタリアンもいましたとも。私たちと同じですね。


 うん? むむむ。エックスたちは地上だけで生きていたのではないだろうって? 種によっては海の上や空でも生きていただろうって? そこのお子さん、いい指摘です。そう、地上だけではありませんでした。この種はとても繁栄し、空や海中ですら王者として君臨していましたとも。

 この種はあまりに繁栄していたため、この星のそこら中にいたのです。なので、その化石は各地で見つかります。それこそ、陸でも海でも、ね。

 ですが、勘違いしてはいけません。化石というのはそう簡単に見つかるものではないのです。なにせ、化石になるには条件が必要です。土に埋まった後に、微生物などに分解されていない必要がありますから。見つかる化石というのは、大変貴重なものなのです。


 私たち学者は、そんな貴重な化石から様々な情報を得ます。新しい発見も多いですよ。

 たとえば、昔、私たちはこの生物をつるっぱげだと思っていました。しかしながら、最近の研究では「毛が生えている種もいた。いや、生えている方が普通だったのかもしれない」ということがわかってきました。全身に生えていたかどうかについては、まだ議論が続いていますが。


 また、最近では肌の色もわかってきています。

 え、肌の色なんてわかっている? 図鑑で見た?

 おやおや、そこの君。まだまだ勉強が足りませんね。図書館に行って、いろんな図鑑を見てみてください。それぞれ色のデザインが違いますから。

 昔の生物の色を知ることはとても難しいことです。色だけでなく、その姿形を全体的に知ることが難しいのです。そのため、図鑑などではデザインナーの趣味嗜好を色濃く反映したものが多くなってしまいます。今は絶滅してしまった生き物の皮膚の色を知ろうなんて、骨だけからでは困難だろうという事情がありまして。


 しかし! 技術は進化していますので、近頃では皮膚や毛の色がわかるものもでてきました。化石の切片をものすごーく拡大すれば、色素に関連した組織が残っていることがあるんです。白とか、黒とか、黄色とか。今お話を聞いているお子さんたちが大人になる頃には、化石が見つかった古代生物の色がわかることが、当たり前になっているかもしれませんね。


 ふふ、ちょうど皆さんの目の前にその全体骨格、エックスが飾られていますが、エックスは白よりの黄色い生物だったのではないかと言われています。いやぁ、これがわかったときの、我々の興奮ときたら。こういったかつて生きたものを研究し、昔の浪漫に心を躍らせる。それが私たち古代学者の仕事というものです。


 ん? 研究以外にはなにをしているんですか、ですって?

 はは、もちろん化石を探していますよ。フィールドワークです。この星の至るところで、我々学者は土を掘っています。

 土を掘って、掘って、掘って。これがまた大変な作業ですとも。やっとの想いで化石を見つけたとしても、新種が必ず見つかっているということでもありませんしね。そもそも、新種かどうかなんて、しばらく後にわかることも多いのです。後から訂正されることなんてしょっちゅうです。


たとえば、四足歩行の新種の化石が出たと思ったら、二足歩行の子どもであっただけだった、なんて話とか。見つかる部位が足だったり、肩だったり、いろいろですからね。判断が難しいんですよ。


 え、わかりにくい学問なんですねって? はい、その通りです。ですが、それが魅力なんですよ。これが正解だと探すのが困難で、いつも情報が更新されていく。化石の常識なんて、気がついたら変わっていたりします。

そうやって、私たちが踏みしめている大地や、生命の源である海から、尽きることなく新しい発見が湧き出てくる。こんな楽しいことはありませんよ。少なくとも、私の寿命が尽きる前に研究することがなくなるようなことはないでしょうね。もちろん、ここにいる子どもたちにとっても、同じことが言えると思いますよ。


 ああ、そうだ。これは話しておかないといけませんね。実は最初に話してもいいかと思っていたんですが、話に熱が入ってしまって、別の話題に流れてしまいました。いやぁ、お恥ずかしい。

 では、この学問で議論を極めた研究テーマ。


『どうして、この生物は滅びてしまったのか。』


 これについてお話しましょう。冒頭でも軽く触れましたが、原因は隕石です。といっても、隕石が当たって死んだ、とかではありませんよ。いえ、いくらかは実際に当たって死んだんでしょうが……。

 そう。隕石はあくまでエックスたちの絶滅の引き金でした。

隕石が落ちた場所には、炭酸塩岩や硫酸塩岩がたくさんありました。そして隕石の衝突により、上空には二酸化炭素と硫酸が放出されたのです。この硫酸が厄介でして……。これが長い間空気に霧のようにとどまったせいで、太陽光が地上に届かなくなり、植物は育たなくなました。結果、生態系が一気に崩れたのです。これが、エックスたちが絶滅に向かうことになるのです。


 え? エックスたちなら、生態系が崩れても大丈夫じゃないかって?


 。エックスたちは伊達に、この星で支配者として君臨したわけではなかったのです。

 エックスたちは生態系が崩れてから、自分たちで食物を作りました。遺伝子操作を駆使し、“”を作ったのです。その作り物の食べ物は、エックスたちが天寿を全うするために、十分な量でした。

ただし、その作り物の食べ物にも欠点がありました。栄養バランスがあまりよくなかったのです。資源不足解消のため、そればかり食べていたエックスたちの身体は、徐々に健康的ではなくなっていきました。栄養剤だけでは完全な解決には至らなかったようですね。最終的に、エックスたちの病気に対する免疫が下がってしまったようです。これが致命的でしたね。

その後、新種ウイルスのパンデミックにより、エックスたちは種として致命的なダメージを受けました。数が劇的に減り、最終的に彼らの文明は崩壊。この星の歴史から姿を消しました。


私、本当に残念なんです。同じ時代に生きていれば、彼らと私たちはきっとお友達になれたと思うのです。なのに、彼らはもういない……。

ですが、私はこう思います。化石を通して、なにより、彼ら“繝偵ヨヒト”が残した文献を通して、我々は彼らと対話できるのだと。


 え? “繝偵ヨヒト”ってなんだって? おやおや、君も勉強不足ですね。“繝偵ヨヒト”というのは、エックスたちが自分たちを示すときの言葉ですよ。彼らの残した文献が見つかると、我々の界隈は盛り上がるんですよねぇ。

 最初に言った、なぜ「エックス」という名前がついたのか、ですが……。これも、エックスが自分で名乗っているのです。エックスはガラスに日誌を付けていたんですよ。当時の“繝偵ヨヒト”は長期的に保存する記録にガラスを用いていたようで。レーザーで刻まれていて、解析すると読めたりします。エックスは自分が「表向きは高校生、でも実は暗黒の勇者エックス」であり、「謎の組織に狙われながらも、学校で身を潜めている」と書いています。どういう意味が込められているのか、我々の間でも議論を呼んでいまして、現在解析中です。


 さて、一億年前に絶滅した“繝偵ヨヒト”について、もう少し解説をしていきましょう。例えば――。





 今日は楽しかったと息子が笑う。私はその笑顔を見ながら、肯定を示した。

 昔、“鬘樔ココ迪ソルイジンエイ”という生物がいて、その中でも文明を作った賢い生物がいた。それが“繝偵ヨヒト”というやつだ。


――私たちが歩いているこの地を、“繝偵ヨヒト”も歩いていたのだろうか。


 こうやって星の歴史に想いを馳せるなんて、展覧会での解説を聴いたおかげで、私も古代ロマンの魅力に触れてしまったようだ。

 お土産ショップで買ったミニチュア人骨の袋に片手に、私は開いているもう片方の手で息子の手を握る。互いに三本の指を絡ませながら、私たちは帰路についた。


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古代生物“鬘樔ココ迪ソ”博物館 葎屋敷 @Muguraya

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