第2話 『宿命と運命と奇跡(アルゴリズム)』

 目を開けると、そこは見慣れない天井だった。

 すごく上等な木彫りの天井。竜と鳳凰と虎が乱舞している。他のは何だ。甲羅か。亀にしては耳があるのは変じゃないか? だが多分あれは玄武。

 四神はゲーマーの基本知識。四天王くらいコモンセンスだ。

 それに花だの波だのがちりばめられている。なんだっけ。旅行サイトに載ってたどっかの重要文化財だとかいう旅館の天井よりさらにゴージャス。

 それから上等の畳のにおい。それと、お香の匂い。ひいばあちゃんの扇子。白檀とかいうの。他にも甘ったるいにおいがする。

「自分のお名前言えますか?」

 話しかけてきた声は、柔らかな男とも女ともつかない声だった。

 それ以外にも人の気配がする。黙って息をひそめている。

「藤沼――藤沼さつきです――」

 うわ、なんでびっくりするほど声がかすれている。

「認識確認、正常。 成功です。各所、速やかに状況を移行させて下さい」

 わっと回り中が沸いた。感じていたよりずっとたくさんの人がいた。どう考えても三桁はいる歓声。え、なにそれ。どこにいた。精々七、八人だと思ってた。忍者? 忍者なの?

 名前言っただけでこんなに喜ばれるの、人生最初にしゃべった時以来では? 記憶ないけど。

 あれよあれよという間に、引き波のごとく人の気配は去っていった。一転してがらんとした気配がする。

 枕元に一人。というか、この人すごく気配がある。が、男か女かまだ分からないな。においがしない。

「駅で倒れたんですよ。記憶はありますか」

「駅――」

 記憶。朝は出勤BOTとかしてるからな。えーと、ルーティン以外の記憶。


 いつもの駅、いつもの地下通路。見上げるばかりの天井。ずらりと並ぶ広告。『勇者様がいっぱい! 好評発売中!』 新規イラスト、あざーす! 公式画集、謹んで買わせていただきます。鈍器レベルの上製本にしてくださいね!

 その時。

『しり――ませんか』

 耳元で声がしたのだ。

『世界――しり――ませんか』

 何かがずるっと引っこ抜かれたような――。


『世界の秘密を知りたくありませんか』


「あなた、死ぬとこだったんですよ」

 は? 脳梗塞? 大動脈剥離? その割に医学的処置はされてないような気がする。よくわかんないけど。

 こちらのいぶかしげな顔に発声源も気づいたらしい。どうにも体が動かないので視界に入らないが。

「いやいや、冗談じゃなく。テレビつけますね。まだ、無理に起き上がらないでくださいねー」

 目の前にかざされるタブレット。うわ、これ某メーカーの最上位機種だ。

 というか、ようやく声の主の顔が見えた。

 だけど、都市も分からなければ性別も分からない。首元もできっちり絞められたネクタイ。どこまでも大平原尚胸のわりに骨格はきゃしゃ。お前どこの二次元から出てきた。

 ぺったりと張り付いたような笑顔が怖い。不随意筋を意志の力で捻じ曲げている不自然さを感じる。


『早朝の集団卒倒。薬物テロか!?』

 国営放送が特別番組になっている。病院に横付けされる大量の救急車。ストレッチャーの列。

「最新情報です!」と矢継ぎ早に被害者の人数を読み上げるアナウンサー。したり顔のコメンテーター。同じ場所で倒れた者と倒れない者の条件の差。なぜ倒れたかわからない。それが日本中で起こっている。テロ、伝染病、どこが旗振りするのか大混乱。


「たいていの人は大丈夫です。命に別条があったのはたった一人。あなたです、藤沼さん。処置が間に合って本当に良かった」

「は、はあ」

「ずっと見張ってたかいがありました」

「はい?」

「あなたが一番やばそうだったので監視してたんですよ」

「監視」

「はい」

「すいません。スマホとってもらっていいですか。」

 めちゃやばい付きまといだよ、外―カーだよ。どこに電話すればいいんだっけ最寄りの警察津署生活安全課。お巡りさんこいつらです!

「110番しても意味ないですよ? 我々が国家権力なので」

「弁護士呼んで下さい! あと市民オンブズマンに訴える用意がある!」

 SNSで拡散してやる!

「もちろんです。個人の自由を脅かすような真似をして大変申し訳ありませんが生命保持を最優先しました。ですが、まず我々の話を聞いていただきたい。あなたの双肩に、今、国家プロジェクト――は、この際どうでもいいな――えーっと、少なくともあなたの命がかかってるので」

 今までの人生で全く縁のない単語が混じってたぞ。

「私は地方出身で、ほどほどの会社の地方支社から本社に転勤になりまして、おかげさまで、ほどほどの地位についております。が、国家プロジェクトに直結するような案件に携わった覚えはございませんが?」

「あなたのご職業とは全く関係ございません――プリムラさん」

 ぐげ。というか、なぜ、私がプリムラだということを知っている?

「勇者様がいっぱい!」はクローズドワールド。他人のアバターが遊びに来たりお助けキャラしてくれたりするオープンワールドではない。普通にゲームしてて運営側が私の情報を引っこ抜くことは難しくないか? 素人考えで恐縮ですが。

「我々はSNSであなたを見つけました。実に見事な考察。念入りな攻略。的確なフラグ回収。作った方もこれだけ的確にプレイしていただけると気持ちいいやらスカスカクリアしやがって腹が立つやらで非常にうれしく思っております」

 SNSで特定されますた。いや、待て? 別に身バレするような情報は上げてないぞ? 国家権力だからってIPアドレスからの逆探知か? え、私なんか悪いことした? 実況配信はしてないし、ゲーム画面はうpしてないし、二次創作もやってないし、公開前のデータ吸い上げとかそもそもやり方わからないし、規約違反なことはしてないぞ。

 というか、なんで「勇者様がいっぱい!」の一ユーザーが国家権力に監査されねばならんのだ?

「混乱なさってるようですので、情報を整理しましょう。まず、「勇者様がいっぱい!」は、とある方面で国家プロジェクトです。とある方面は非科学的という勢力があるので公にはされておりませんが、昔からある手法の現代版です。その話はあとに回します」

 二つ目。と、色々不明は言った。

「『勇者様がいっぱい』はただいま未曽有の危機にさらされています。それを打開できそうなのがあなただったので、監視というか、進捗観察というか、承諾を得ないまま見守らせていただいておりました」

「なぜに」

「死なれたら困るので」

「それさっきも言ってましたが、理由は『勇者様がいっぱい!』のユーザーだからってことですよね?」

「そうです」

「なんで、ゲームしているだけで命の危機が?」

「藤沼さんにとってはそうです。そうですね――プリムラさんは勇者を育ててますね?」

「はい」

「勇者は何を倒します?」

「エネミー――最終的には魔王軍ですかね」

 ゲーム概略の一行目に書いてありますね。

「その通りです。倒されるとわかってて手をこまねいている魔王軍じゃないですよね? 勇者を潰しにかかりますよね?」

「そうですね」

 具体的に言うと、生まれた村を焼かれたりする。

「勇者を育てる奴らも潰しといた方が安全ですよね?」

「そうです――ね」

 キャラメイキングにつらい過去という任意で付けられるステータスがある。不利な条件が生える代わりにぶっ壊れスキルを手に入れられるのだ。

 つまり、PCも村を焼かれたりしてる過去があったりする。

「ええ、まあ」

 なんだかどんどんきな臭い話になってまいりました。というか、『勇者様がいっぱい!」は、死に覚えゲーじゃないか? ともいわれるくらい戦闘が意地悪だ。パターンがない。地力をつけなくてはいけないところがやっぱりシミュレーションに重きを置いているのだろうというのが主流の意見。ぶっ壊れバランスだとは言ってない。

「でも、すぐ帰ってくるじゃないですか」

 セーブポイントがこまめにあるのはとってもいいところだと思います。アンケートにも書きました。オートセーブモードと切り替えができるのもいいですね。オートセーブだとつけたくないフラグまで勝手について取り返しがつかなくなることがあるから。

「じゃあ、発生源を絶たないとだめですよね?」

 発生源。

「待って下さい」

「いかに世界の半分を手中に収めた魔王軍でも上位世界への介入はこの程度が限界だったというわけですね。パワーバランスが変わればそうとも限らないのが恐ろしいところだけど」

「待って下さい」

「あなた、過去に別アバターで複数回魔王軍にとどめさしてますよね? 『勇者様』だけじゃなくて『勇者ちゃん』の方でも滅ぼしてますよね? 別に連中もピンポイントであなたを狙ったわけじゃないと思うんですよ。ただ、すべての勇者の介添え人をそれなりに強弱付けて呪っただけで――それが累積して――」

 命に関わるスリップダメージ。と、色々不明なヒトは言った。

「すいません。本当についていけてません。あの、『勇者様がいっぱい!』の魔王軍が実在してるみたいに聞こえるんですが」

「実在してますよ」

 即答。

「同じ次元ではなく、創作世界に。私たちが楽しむだけに、ある日ぽっと作りましたよ。今この瞬間にもあの世界の存在はプレイヤーの周回により強度を増しています」

「世界の強度とは――」

「人は肉体的に死んだときと誰も覚えている人がいなくなったときに二度死ぬそうです。では、推しキャラとそれを取り巻く世界のことは――」

「生涯愛し続けます」

「フィギュアが出たら――」

「神棚に祀ります」

「コラボカフェでその世界の定番メニューが出てくれば――」

「行けるだけ通い詰め手下に刻み、可能な限り再現します」

「それが創作世界の存在を証明し、強固にします。そういうことです」

「いまいち納得いかないんですが」

「あなたのキャラは魔族です。次元の裂け目に入って、そこに敵対する創造主の手下のエネミー・天使がいたらどうします?」

「倒します」

「今回のケースは、あなたはその居合わせた天使です」

 理解したくないが理解してしまった。

「つまり、創造主に虐げられた一族の反逆の狼煙」

「理解が早くて助かります」

「前、そういうゲーム遊んだことがあるので」

「まさに今、我々は神殺しの当事者になるところです。早く勇者達に魔王軍を倒していただかなくては」

「あの、ネタバレNGなんですけど、つまりトゥルーエンド未踏破ってことですか」

「――プリムラさん」

「はい」

「スティックの冒険は、始まったばかり! ですよね?」

「ですね」

「そういうことです。今、あなたが最も進行してます。そして、一番死にそうなのもあなたです。さらに、運営側も全く考えていなかったアクシデントが発生しています。それをどうにかできそうなのはあなただけです。今のところ」

「バグですか? それは運営さんに頑張っていただかないと」

「胃痛眼鏡」

 ぎく。

「あの世界、痛覚というものをそもそも設定していません。にもかかわらず胃痛眼鏡という属性を付与されたキャラクターがいます。それは確実にプレイヤーによって浸透し、運営がどうしようもないところで定着してしまいました」

「結果。彼は胃痛持ちになりました。しかし、痛みがない世界での胃痛持ち。つまり、誰も彼の辛さを共有できません。少なくともNPCは。誰も痛みというものを経験したことがないので。彼は圧倒的ストレスを感じています。それが――」

 とても嫌な予感。

「トゥルーエンドルート開放スポット勇者の彼が覚醒しない最大の理由なんです」

 運営からのスポ勇者言質キタコレー!

「聞いてますか。「勇者様がいっぱい!」垢でとんでもない長文で性癖の主張したプリムラさん!」

 げふう。

「責任取ってください。このままでは社会は大混乱、それ以前にあなたが死んでしまいます」

「そうは言っても、その創作世界からの進行とやらを私どうすることもできないんですが」

「次が来る前にトゥルーエンドに到達すればいいんです」

「え、一番短いルート攻略するのにだって、20時間はかかりますよね? トゥルーエンド、どのくらい長いんですか!?」

「やりこんでいただけて感無量です。この件が片付いたらスタッフと打ち上げしてあげてくださいね。なに、物理世界ならそれなりに時間かかりますけど、向こうの世界ならどうとでもなります。我々創造主なので。それに、死んでるものをこれ以上死なせようがないので。あ、体はちゃんと傷つかないようにあらゆる意味で保護しているので問題ありません」

 死んでるってなんだ。誰が死んでるんだ。

「いつからここが現実世界だと錯覚してました? 言ったでしょう。これは非科学的な領域の話なんです。創作世界の悪役を倒し、現実世界に勇者という存在を浸透させる国家儀式です。この世界だってどこかの誰かの創作世界かもしれないんですから、万が一の時に備えなくてはね」

「そんな馬鹿な――」

「おや、人間、一度は勇者の味方になったことはあると思いますよ? ゲームじゃなくても。物語にはそういう側面もありますから。藤沼さんはその点、ベテランですね」

 現実感がない。

 部屋の隅々まで届く意識。人補気配を察することができる能力。一般人にあるわけがない感覚の拡張に一切違和感を感じなかった。よく缶枯れと触感がない。倒れたという割に痛みもない。

「体からはじき出されたあなたの魂をいったんここに定着させることに成功したんです。現実世界のあなたは今心肺停止した瞬間で止まっています。大丈夫。この段階なら何の後遺症もなく蘇生できます」

「あんた、何者ですか、運営のヒト? 政府のヒト?」

 あー。と、色々不明のヒトは言った。

「私は、運営で、政府で、創作世界を管理するモノです。『宿命と運命と奇跡(アルゴリズム)』 『勇者様がいっぱい!』の妖精さんです。最近だと付喪神って言った方が通りがいいですか? 呼びやすいようにお呼び下さい。見覚えありませんか? これ初期アバター7なんですけど」

 そういえばそんな気もします。すみません、スレンダータイプよりムチムチタイプをカスタム派ですみません。

「あなたには創作世界にダイブして、胃痛眼鏡を立派なスポット勇者として覚醒させて、トゥルーエンドを完遂。魔族軍の侵攻を封じ込めていただきます。うまくやり遂げた暁には『異世界転生した気がしたが気のせいでした!』な三秒先の未来をお約束しましょう」

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次元間下剋上阻止のため、胃痛眼鏡を癒したい @shugokoukyou

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