次元間下剋上阻止のため、胃痛眼鏡を癒したい

@shugokoukyou

第1話 勇者様がいっぱい!

 重苦しい戦闘結界が解除されれば、まぶしい木漏れ日。

 このイベント戦闘でパーティーHPグリーンゾーンかつ勇者単体HPグリーンゾーンでクリアできればフラグ回収。

 「しょうがねえな。あんた。俺がついてってやるよ!」

 赤と黒のまだら頭。ぶっといまゆがと赤い目。頬っぺたにバッテン傷。

 やった。野生の勇者スティック(こどものすがた)と仲間になった!

 この後、少年、青年、壮年、老年スチルがあるってほんとかな。しかも育て方によってスチルがそれぞれ数種類ある。

 タイプが変わるとトリガーが発生しないとか言わないだろうな。いや、言うね、このゲームなら。乱立するがすぐ消えるフラグ。

 思考しながらも、指は素早く選択肢をロックオンする。すかさず決定ボタン。

『よろしくおねがいね~?』

 私のふわっふわお姉さんアバターがきゃるぅんと返事する。中のヒトである私はスティックのステータスを穴があくまで検証していた。


 コンシューマーゲーム『勇者様がいっぱい!』は、女性向け勇者育成「根本的には」シミュレーションゲームだ。

 PCは自分で性別、種族、ジョブ、クラス、スキルを選び、世界中にいる勇者候補をサポートして勇者に育てるゲームということになっている。


 お父さんになって息子を鍛えてよし、妹でお兄ちゃんを育ててもよし、ギルドの受付お姉さんになっても、同じパーティーに入ってもよし。という、プレイスタイル無限大なゲームだ。

 自分のキャラを成長させないと様々な方向でプライドが高い勇者様は言うことを聞いてくれないので、自分もそれぞれの立場で必死に戦わなくてはいけないのが「根本的にはシミュレーション、実を言えばガチRPG」と呼ばれるゆえんだ。例えば受付のお姉さんはラストバトル前にギルドマスターになって、冒険者を大規模に動かせるスキルを習得していなくてはならない。

 とりあえず、立身出世して勇者をしつけるシミュはできる。確実に。

 恋人プレイもできる。例えば、お揃いのアイテムを断られなくなり、相手が一緒につけないかと言ってくるようになり、とか、親密度は上がる。

 行間を読むプレイヤーズスキルがあれば、仲良しプレイを味わえる。ゲームにはそういう関係性ないけど。

 公式から恋愛系イベントDLCはまだ来ない。近日アップデートされるアナウンスはされたんだけどね。

 運営から、恋愛の前に、まずは世界を救うのだ! ってコピー出されてるからね、仕方ないね。

 偉い人が「うちの勇者に世界も救わず恋愛に現を抜かす腰抜けはいないので、まずは両片思いを堪能していただいて――(笑)」とか発売前のインタビューで答えてた。


 なにゆえ恋愛要素は今のところ皆無なのに女性向けに分類されているかというと、イベントが始まると美麗なビジュアルとフルヴォイスが繰り広げられるからだ。

 大量のお着換えスチル、大量の差分。男女兼用にしたら容量が不足したので泣く泣く分けたという笑えないエピソードがある。

 よって、男性向け「勇者ちゃんがいっぱい!」も、存在する。メーカーのてんこ盛り主義、悪くないよ。もちろん両方買ったよ。パパになって娘を育てるプレイした。 ちなみに男の娘は勇者ちゃん、男装の麗人は勇者様の方なのできちんと確かめるように。

 運営いわく。「こっちが膝に矢を食らうのが勇者ちゃん、向こうが膝に矢を食らってるのが勇者様です」

 更にDLCとして互いのキャラが折々追加されるので刮目して待ってほしい。最終的には同じゲームになるぞ。


 通常は一人育てるものだが、デフォルト八人に加え、二周目以降の公開されている隠しルート三人も同時に育てるマルチタスク猛者も存在する。

 そして、それとは別の、まったく公式から公開されていない「隠れ勇者」もいるらしい。存在は匂わされているのだ。お前も勇者だったのか。というあれだ。ルートではなくスポットで勇者的行いをするのが他の勇者のルートを分岐させるトリガーっぽいというところまではSNSで情報共有されている。

 一通りの攻略が終わったプレイヤーは、この「隠れ勇者」こと「スポット勇者」を探す方針にプレイを切り替えた。

 メインキャラを攻略することでそれなりの大団円は迎えられるんだけど、どう考えても分からないことが多いよね? 世界のなぞにたどり着いてないよね? 何かが足りてないのをごり押ししてるよね、メインストーリー。

「よりエレガントなエンディングを目指して――」などと運営が言っていたとか言わないとか。そっちがその気ならこっちもその気だぞ。


 さて。現在、周回3周目から先は数えていない私がようやく出会いエピソードが終わりかけている勇者・スティックは、トンビが鷹を生んだ系で、辺境の地からホップステップジャンプと王都に行くことになる、教育受けてない野生児脳筋勇者だ。


「勇者さま! 使ったお金も国から出るんです! なににお金を使ったか教えてください!」

「なにいってんだかさっぱりわかんねえ」

「買い物したら、お店から紙をもらうでしょう! それはどこに入れてるんですか!」


 イベントキタコレ! この最初の町の初イベントクリアのタイミングで勇者の金銭感覚と社会性パラメーターの大まかな上昇率が決まる。この勇者様、現時点で社会性がめっちゃ低い。大丈夫。真人間に育て上げる。

 ちゃんとおはようからお休みまで見張れるパーティー内のお姉さん的ポジのキャラ作ったからね!


 画面上では、テキストとゴージャスキャストのお声が流れている。ああ、こんなニッチなキャラもフルボイスで運営さんに足を向けて寝られない。普段だったら、王子様役とかだよ、この声優さん。声を震わせてカウンターをがたがた言わせる熱演ありがとうございます。手始めにドラマCD買います。お布施がアニメになることを祈ります。


(そういえば、こうしておけばなくしませんよ。ってお話ししたっけ)

『1・勇者様の腰のポーチの中です!』

『2・勇者様のバックパックの中です!』

『3・私がお預かりしています!』


 迷うことなく、3だ。


『ありがとうございます~。アイロンかけなくて済みます~』

 うっすら涙ぐんで目尻を人差し指で拭ってる気弱胃痛眼鏡のギルド職員さん尊い。設定資料集、買わせていただきます。

 まかせて。あなたの笑顔プライスレス。

 このあと少しづつ距離を詰めていって、あなたのお名前をゲットし、エピを回収し、覚醒フラグをぶっ立てるからね。


 私、プリムラ(キャラクター名)。藤沼のもじりとしてはまあまあと自負しております。

 あなたを楽にするために来たの。次の周回であなたを勇者にするために来たの。


 着々と攻略を続ける私こと藤沼。大人の財力を得た乙女ゲーマー。黙々と茨道ルートを攻略しております。

 何しろ先達がいない。

 そもそも、スティックの育成開始が三周目以降。そしてスティックはキャラに癖があるので育成を試みる同志が少なく、スティックルートをこじ開け、胃痛眼鏡のスチルがあることに気が付いた先達が「でも覚醒フラグが立たないっ!」と叫んで撃沈していく。

 今のところスチルがあるキャラはみな勇者様なので、胃痛眼鏡がそうじゃない蓋然性は低い。モブキャラにしては異様に声がいい。が、大盤振る舞いに定評がある運営の気前がいいという可能性もある。

 しかし、まだ少なくともネットでは胃痛眼鏡の覚醒フラグはおろかお名前すらも出てきていない。攻略雑誌にも『ギルド職員A』と書かれている。徹底してるな、運営。そういうところ嫌いじゃない。つまり、重要なスポット勇者ではないかという憶測が飛び交っている。複数の勇者様と関わりを持つ冒険者ギルドの受付のお兄さん。受付嬢という概念を真っ向から打ち砕く受付のお兄さん。そして、女子がしなさそうな苦労を一身に背負うお兄さん。お前トリガーだろ。そうだと言えないだろうが、そうであってくれ!


 同好の士各位。

 結論から述べよう。属性・胃痛眼鏡はロマンだ。

 正確に言うと、環境ストレスと戦いながらけなげに生きる眼鏡男子はロマンだ。

 もちろん虚構に限る。現実の眼鏡男子各位にはブルーライトや紫外線をカットしつつ、胃粘膜に優しい食生活と十分な睡眠を確実に摂取して健やかに生きて、世界に微笑みをもたらしていただきたい。

 しかしだ。現実と一線を画す物語世界におかれましては口の中に胃薬さらさらしつつ、眉根にしわ寄せ、人生に立ち向かう系胃痛眼鏡を推したい。

 決して、剣を持ってドラゴンに突っ込んだりしない系だ。

「勇者様がいっぱい!」で例えるなら、つっこんでっちゃう脳筋がドラゴンの返り血浴びた手でぐっちゃぐちゃにしてバックパックに突っ込んで底の方で層になっている領収書の束に浄化魔法かけつつアイロンを当てざるを得ない立ち位置の彼だ。ピンポイント。

 攻略順なら三番目くらいのクール眼鏡とは一線を画するほとんど最後。場合によっては、他キャラのエンディングを見た後でないと攻略できないご褒美隠しキャラの前座扱いのニッチ。

 時には叫び、時には床に涙を落とす、そんな人間味あふれた胃痛眼鏡が大好きだ。

 しつこいようだが、虚構に限る。現実では眼鏡男子に優しい世界の一員でありたい。

 現実だとうっかり選択肢間違うと相手の人生が台無しになったりするからな。あなたのあの受け答えがトラウマになりましたとかほんとに勘弁。ソース? ゲームで間違った選択した時食らった推しキャラからの痛烈な棄て台詞だよ! 虚構でこれなる、まして現実をや!


 しかしだ。その定義は、現実と虚構の間に液晶パネル等で表現される越えられぬ次元の壁がやさしくがっちりガードしてくれているのが大前提。

 会話は選択肢。アイコンとステータスウィンドウで補強された「中のヒト」であるからこその醍醐味。


 ――今考えると、あれがフラグ。いや、人生の落とし穴だったかもしれない。

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