【短編】サイキック・コマンダー
科威 架位
サイキック・コマンダー
『超能力』とは、常人には使う事の出来ない特殊な能力の事だ。その中には手を触れずに物を動かす、何もないところから火を起こす、未来を予知するなど、様々な能力が存在する。
そして、そんな中で一つだけ超能力を扱える人間が存在した。
「行ってきまーす!」
「気を付けてね。」
「はいはーい。」
彼の名前は
(朝っぱらから腹壊した……………いてぇ。)
(目覚ましうるさい……………もうちょっと寝かせて。)
(ついに今日が変革の日か。人間どもへの、復讐を……………!)
(やべっ、もう朝か!そろそろ寝ないと。)
(どうしよう、冷蔵庫に何もない。給料日も一週間先だ。)
「今日もうるさいな。いい加減この能力をオフにしたい。」
和太留は住宅街を進みながら、頭に入り込んでくる様々な情報を鬱陶しく思っていた。一応念話の影響する範囲を狭めることはできるのだが、完全に聞こえなくすることはできないため、この通学路ではいつもこのような声が聞こえてきていた。
「今日はあいつついてきてないのかな?声が聞こえないけど。」
(よし、今日こそは驚かせてやる!)
「あ、聞こえた。」
和太留の頭に聞き覚えのある男の声が聞こえてくる。聞こえてくる方向は背後にある電柱の影だ。男は必死に息を潜めて、和太留の様子をうかがっている。
(まずはこのBB弾であいつを撃って)
「いや危ないわ!何しようとしてんだ!」
(はやっ!もうバレた!)
「はやっ!もうバレた!」
「そのBB弾を仕舞え!」
「ちぇっ、遠距離からならいけると思ったんだけどな。」
男は手に持っているBB弾と、それを放つ銃のおもちゃを持っているバッグに仕舞う。男は和太留と同じ制服を着ているため、同じ高校に通う生徒のようだ。
「おはよ、令」
「おう、和太留、おはよ。」
男の名前は
和太留が暇つぶしに周囲の心を読んでいると、令が和太留に話しかけてくる。
「そういえば、今日ってテストとかあったっけ?」
「無い筈。テストは明後日。今日は普通の授業。」
「ふーん。」
(良かったー!昨日ゲームばっかしてて勉強なんかやってなかったから、今日テストがあったら死んでたわ。)
和太留は令の心の声を聞き、まさかと心配したように声をかける。
「令、宿題やった?」
(良かっ────え?)
「し、宿題?な、なんかあったっけ?」
和太留は確信する。これから和太留が伝える事は令にとってとても都合が悪いことであるが、和太留は親友として、令にあることを伝える。
「今日、化学のテスト課題の提出日。」
「……………終わった。」
(グッバイフォーエバー、俺。)
そんなこんなで学校に着くと、教室ではいつもよりも多くの生徒が机に突っ伏していた。恐らく、今日提出の課題を終わらせようとしているのだろう。
(死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬぅ!)
(あと一ページ!あと一ページ!!残り時間は……………あと五分!)
(諦めたらそこで試合終了だああ!)
(諦めは大事。)
突っ伏している生徒は凡そ五人。他にも課題の提出を諦めている生徒もいるが、その生徒は成績が学年でも最上位の人だった。
完全に魂が抜けている令を連れて、和太留はその生徒に近寄っていく。
「亜津視、おはよ。」
「和太留?おはよう!」
彼の名前は
「あれは?」
「勿論、やってないさ。思い出したのが学校に来てからってのがまずかったね。いやはや、失敗失敗。」
(今回も先生に土下座案件かな。これで十回目だけど、まあ点はちゃんと取ってるし大丈夫だろう。)
あれとは勿論、今日提出する筈の課題の事だ。亜津視はテストで取る点は学年トップレベルに高いのだが、課題の提出率が十パーセントを切っている。
天才肌のため、教師も怒るに怒れない生徒で、このクラスの担任が最も手を焼いている生徒の一人だった。
「ん?令はどうした?そんなに落ち込んで。」
「ああ、課題の提出日だって事を忘れてたみたい。まあ、ドンマイって感じだね。」
「俺は……………もう駄目だ。明日からホームレス生活だ。」
「そうはならんやろ。」
「全く、課題を忘れるなんて、生徒の風上にも置けないね。」
「お前が言うなよ⁉」
令が亜津視にそうツッコんでいると、突然教室内の照明が点滅しだした。教室内の生徒が全員その現象に驚いたが、気のせいだという風にお喋りを再開する。
「なんだ?学校の電気系統でもハッキングされたか?」
「んなバカな。」
「だよなぁ。」
和太留にツッコまれた令がそんな言葉を漏らす。既に照明は正常な状態に戻っており、点滅したり消えたりするような現象は起こる気配はない。
何故か学校外の街から喧騒が聞こえるが、それを生徒たちは気にしていない。
「で、どうするんだい?令?」
「どうするって、課題の事かよ?どうもできねぇだろ。」
「なんとか先生に頼み込んでまた後日提出すればいいじゃないか。令なら一日で化学の課題位終わらせられるだろう?」
「そりゃ一日あればなぁ……………仕方ねぇ、頼んでみるか。ちょっと職員室行ってくる。」
「ああ、行ってきな。」
令は亜津視から言われたように職員室へ向かおうと、教室を出ていった。和太留はそんな令を見ていたが、どうしても拭えない疑問があったため、令が行ったのを確認してから亜津視に話しかける。
「で、亜津視はどうするの?課題。」
「僕かい?僕は問題ないさ。今回もテストで九十五点以上を取れば問題ないからね。勉強や課題をしなくても、それくらいは取れるものだよ。」
「お前は絶対全国の学生に謝った方が良い。」
「ああ……………!申し訳ない!全国の学生よ!私は勉強をしなくてもある程度は点が取れる人種なんだ!君たちが努力して辿り着く境地に、僕は常に立っているんだよ!どうか、どうか許してくれたまえ……………!」
「俺が知ってる謝罪と違うな⁉」
その後も亜津視と和太留が世間話を続けていると、教室へ令が戻ってきた。今の令の顔は、教室を出る時の令の顔と比べ、幾ばくか明るくなっていた。
(良かった!死は免れた!俺の勝ち!)
「何とか許可してもらえたぜ……………でも今日はまともな睡眠時間を取れなさそうだ。」
「良かったじゃないか。まあ令はある程度先生たちから信頼されてるから、許可してもらえたのかもしれないね。」
(モンスターを五本くらい奢ってあげようか?)
どうやら令は一日だけ延命したらしい。化学の課題は一日で終わらせるにはかなり多いが、令は頭の回転は速いため、文字を書く速度も速い。
『そう言えば、今日は動物たちの声が聞こえないな。』
和太留は自分の念話で動物の声が聞こえていないことに疑問を抱く。
動物たちは、いつもであれば人間よりも単純な思考回路で物事を考えている。例え人間たちの心の声で和太留の頭が埋まっていたとしても、そこに動物の心の声が入れば和太留は一発で見抜けるほど、動物の心の声は単純だ。
朝起きてから今に至るまで、その心の声が聞こえてこないことに、和太留は疑問を抱いていた。
「ああ、そういえばよ、なんか先生たちが『電話がつながらない』とか言って困ってたんだよ。なんでだろうな?」
(パソコンもインターネットに接続できていなかったし。)
「ネットワークに異常でも起こったのかな?まあすぐに復帰するさ。」
(一会社の不手際で電話がつながらなくなるのは偶にある……………けど、先生たち全員がそんなことになるという事は、不具合を起こしているのは一つの会社だけではない可能性が高い。一体何が……………?)
「あ、先生来たじゃん。席に戻れ戻れ。」
教室に入ってきた先生を見た和太留は、令に席に戻るよう促し、自分も席に座る。
先生はバタバタしていたのか頬が紅潮し汗をかいている。息も荒く、生徒たちは何かあったのかと心配になる。
「はい、えー、ちょっと非常事態が起こりました。先生たちも総出でその原因を調査していますが、まだ原因が解明できていないため、解明できるまで学校は臨時休校になりました。」
『うぇーーーーーーーーーーい!!!』
担任の先生のその言葉に、教室内の生徒たちが湧きたつ。他の教室でも大きな声が響いてきており、勿論和太留の頭にも歓喜の言葉が飛び込んできていた。
(よし!時間に余裕が出来た!この時間で課題を終わらせてやる!)
(じゃあ美亜とデートにでも行くかぁ。帰ってもやることないしな。)
(委員会の仕事どうしよう……………日にちが経つ毎にたまっていくから出来るだけ休みたくないのにな。)
(あれっ⁉スマホのモバイル通信が使えない⁉迎え呼べないよこれじゃ!十キロ先の家まで歩いて帰れってか⁉)
和太留は頭に飛び込んできた声の中にスマホが使えないという趣旨の声があったので、まさかと思い、自身のスマホを取り出し電源を付ける。
(まじ?俺のも繋がってない。圏外だ。)
和太留のスマホもモバイル通信がつながっておらず、画面の右上には圏外と表示されていた。和太留はまさかと思い、読心できる範囲を拡張し、集約電波塔の近くの人間の声を聞き取ろうとする。
(これで全部か?)
(確認した限り、ここで最後だよ。他の場所も制圧済みだろうね。)
(よし、じゃあ、行動を起こすか────人間の絶滅を果たすぞ。)
(えっ、これ、人間の心の声じゃない、よね?)
和太留は読み取った心の声が人間のものではないと確信する。人間の心の声は表面上で話すとき以上に心が籠っており、どんなに無口な人でも心の中ではパリピと言っていい程声のテンションが高くなる。
しかも、今読み取った声は会話していたように聞こえた。普通の人間は、心の声で会話することはできない。出来るとすれば、声以外でコミュニケーションをとっている動物くらいだろう。
「一体、何が────────」
瞬間、街のどこからか巨大な爆発音が響いた。
爆発の衝撃が学校にも届いたことでガラスにヒビが入る。窓際近くに座っている生徒たちはそれを危険だと判断し、教室の入口へと避難する。
「きゃあああ!」
「え、なに?なになになになに?」
「ガラス割れる!危ない!退避!」
「なんだ⁉戦争か⁉爆撃か!?!?」
爆発の衝撃が収まる。学校から見える街は一部で火災が起きている。しかも、そこは電力会社がある位置だった。
生徒たちが口々に「テロだ!」と叫ぶ中、担任が皆を落ち着かせようと、心の中で大混乱しながらも声を上げる。
「落ちつけ!慌てるな!放送で何か言われるまで安全な位置で待機!」
(テロ?ガチテロ?こっわ!てかみんな黙れ!)
(何が起こってるんだ?さっきの電波塔の近くにいた声は────)
まだ混乱冷めやらぬ時、和太留の頭に一切聞き覚えの無い男の声が語り掛けてくる。
『聞こえるか!?安念 和太留よ!』
「わっ!」
和太留はその声に驚き、大きな声を上げてしまう。いつもであれば周りから変な目で見られていたであろうが、現在は誰もが混乱しているため、和太留の大声を気にする者はいなかった様だ。
『聞こえているか!?応答しろ!』
『なになに誰ですか!次から次へと!』
『混乱しているのは分かる!だが、今はそれに構っている暇はない!今から私が言う事をよく聞いてくれ!』
『え、ちょ、なにがなんだか、ってかマジで誰!?』
『そんな暇はないと言っている!いいか?よく聞いておけ!』
その声は慌てるように和太留に話しかけている。和太留は念話で話しかけられたのは初めてのため、更に混乱するが、その声の言う事をしっかり聞くことにする。
『わ、分かった。とりあえず聞く。』
『よし、流石だ。』
その声は慌てている自分を落ち着かせているのか、五秒ほど声が途切れる。そして、五秒後に和太留へと再び語り掛け始めた。
『今、様々な動物が突然の超進化を遂げ、人類を滅亡せんと行動している。』
『……………は?』
『混乱するのは分かるがよく聞いててくれ。その動物たちは多種多様な異能が扱えるようになっている。今の人類の言葉でいう、魔法のような物だ。』
『え?ちょ……………え?』
『何故そうなったか理由は省く。だが、動物たちに力を与えたのは君たちよりも高次元の存在。謂わば神だ。』
和太留はその話に混乱せざるを得なかった。色々とツッコみどころが多いが、どれもファンタジー要素があまりにも強い。和太留はその言葉を信じることはできなかったが、理解はできた。
(という事は、まさか────)
『その通り、私が君たち人間の神だ。超進化を遂げた動物たちに人間たちが対抗できるよう、私からも力を与える。』
『で、でも、それを俺に言ってどうしろと?』
和太留は話の大半を理解したが、このことを自分に話した理由を理解できなかった。もっと話しかけるべき人は居たはずだ。総理大臣、天皇、別の国の大統領など国民の頭である人達に話しかけるべきなのではないかと考えた。
『それも今は話すことはできない。だが、これだけは言っておく────────君が、人間たちをまとめ上げるんだ。』
『はぁ!?』
和太留はその言葉に瞬時に拒絶の意を示す。地球上に存在する人間の数はおよそ八十億人。その人達全員をまとめ上げるなど、和太留には到底不可能に思えた。
しかし、神はそれを許さない。
『君でなくちゃならないんだ!私が君に与えた精神感応能力、それに適応し、限界まで性能を引き出せる才を秘めたのは、世界中でも君だけだ!』
『あなた、だったんですか。この能力を、くれたのは。』
和太留はそのことに感謝する。この能力は様々な不便を和太留に強いてきたが、それ以上に和太留を幸せにしてくれた。誰にも話していないこの能力であるが、それは心を読まれているという意識を、友人や知人に与えたくない故の配慮であり、和太留ができる優しさの一つだった。
『いいか?もう人間たちに能力は与えてある。既に使いこなしている人間もある国にいる。でも、まずはそれは気にするな。この学校にいる人間をまとめ上げる事だけを考えるんだ!』
『で、でも、まとめ上げるって、言ったって……………』
和太留は神のその期待に応えたいと思ったが、自分ではどう考えても無理な気がした。人とコミュニケーションをとるのは得意だ。この能力のお陰で、和太留は今まで出会ってきた人全員と仲良くなれた。
しかし、まとめ上げるとなると話は別だ。和太留はリーダーシップが高いわけではない。これは自身の能力ではどうする事も出来ず、そういう才能がある訳でもなかった。
『確かに、難しいかもしれない。君についてこない人間も現れるかもしれない。』
『だ、だから────』
『でも、やるしかないんだ。人類を滅亡から救うために。』
和太留は覚悟を未だ決めることはできない。更なる爆発が起こって混乱している教室で、和太留は一人悩んでいる。
『だめだ、もうこうして話すことはできないかもしれない。』
『え、なんで!?待って!』
『すまない、最後まで傍にいてやりたかったが、もう無理みたいだ。』
『まだ聞きたいことが!』
『ああ、沢山あるだろう。それらに答えることはできないが、最後に一つだけ────』
今にも消えかかりそうなその声を、和太留は引き留めようとする。しかし、声はどんどん小さくなっていく。そんな中で、神は一言だけ言葉を残していった。
『────────後は、任せた。』
それを最後に、神の声は消失した。
その後、全校生徒が体育館に移動することになった。この高校の全校生徒は約六百人のため、体育館に集まるとなるとかなり壮観な光景になる。
生徒たちはまだ混乱による興奮が収まっていないのか、あちこちから話し声が聞こえる。それと同時に和太留の頭には皆の心の声も飛び込んでくるため、うるさいどころでは無かった。
「静かに!静かにしてください!」
教頭がマイクで皆に黙るよう声をかけるが、生徒たちはそれを殆ど聞いていない。一部それを聞いていた生徒が静かくなったが、それでもまだうるさいままだ。
(こんな非常事態だ。もう、生徒たちを守るためには何が何でも皆をまとめ上げなければ!)
和太留の頭に飛び込んできた教頭の声は覚悟を決めていた。そして次の瞬間、生徒が一斉に黙る。
「黙れぇぇ!!!お喋りをやめろぉぉぉ!!!!」
教頭は大声でマイクに向かってそう叫び、全校生徒を驚かせる。その拍子に生徒たちは静かになり、教頭も元の静かな声で喋りだす。
「今、街では非常に大変な事が起こっています。あちこちで爆発が起き、電波塔も破壊され、どことも連絡が取れなくなっています。」
スマホは既に使い物にならなくなっている。それどころかどういう訳か電子機器も殆どが使えない状態になっており、マイクも使えなくなるのは時間の問題だろう。
「取り敢えず、全校生徒の皆さんはこの体育館で待機していてください。決して、外に出ようなどとは考えないで下さい。」
教頭も頭の中では混乱している。和太留はそんな中でも生徒たちをまとめ上げようとする教頭に、少し尊敬の念を抱く。
(そうだ。今、世界がどうなってるかを理解しているのは俺だけなんだ。)
「先生方は私についてきてください。少し会議をします。」
教頭はそう言って先生を全員集め、今後どうするかを相談し始めた。その中には和太留のクラスの担任の先生もおり、全校の先生が集まっているのが分かる。
教頭の話が終わった事を理解したのか、生徒たちは段々と騒々しくなり始めた。話の内容は先程叫んだ教頭に対しての悪口が大半であり、まだ現状を理解できている生徒は少ない様に思えた。
「あ、いたいた!和太留!」
現状を理解していない生徒たちに怒りを覚えている和太留のもとに、令と亜津視が近付いてくる。二人は和太留が見つかって安心したという風なことを考えており、和太留からしたらそれはとても嬉しく思えた。
「マジで何が起こってるんだろうな。電波が繋がらなかったのも、こういうことが起こる前触れだったのか?」
「そうだろうね。どこの組織が仕掛けてきたテロなのかは分からないけど、すぐに鎮圧されると良いね。」
(無理だ。野生動物たちが今朝いなかったのは、恐らく徒党を組むため。そして奴らは魔法も使えるらしいし、日本の警察や自衛隊では鎮圧することはできないだろうな。)
現状、日本には絶望しかない。神が人間にも特殊能力を与えたと言っていたが、それを伝えたところで皆が信じる訳がないし、そもそも使い方も分からないだろう。
(一応、念話の範囲は学校全体を余裕でカバーできてる。しかし、念話したところで皆に何を言えば良いのか……………)
和太留は、神に言われた通り学校の人達をまとめ上げようとしていた。しかし、全校生徒と先生たちに念話で話すのは凄まじい勇気がいる。和太留は、その一歩を踏み出せないでいた。
「和太留?大丈夫かい?顔色が悪いよ?」
(無理もないよ。こんな状況に陥ってるんだから。僕がしっかりしないと。)
「少し休んだら良いんじゃねぇか?他のクラスの生徒も寝始めてる奴いるし。」
(きっと誰かが助けてくれる。大丈夫だ。頑張れ俺!)
和太留二人の言葉と、心の声に励まされた気持ちになった。他にも、生徒たちや先生から不安を伴った心の声が聞こえてくる。
(嫌だ………帰りたい……………)
(俺は先生だ。こんな時に生徒をまとめ上げるべきなんだ!)
(クッソ、テロとか起こしてんじゃねぇよ。ムカつくなぁ。)
(これからの生活、どうなるんだろう。何もなくなっちゃうのかな。)
(────────誰か、助けて………!)
「────────ッ!」
まだ現状を楽観視している生徒が何名かいるが、生徒の大半は現状への不安で押しつぶされそうになっているのが、心の声から読み取れた。
(みんな、不安なんだ。何も分からなくて、明日がどうなるかも分かってない。)
女子のすすり泣く声が聞こえる。携帯電話も使えないことで、家族との連絡も取れていない。皆、家族が心配で不安なのだ。
(俺が、俺が動かなきゃ………でも!)
自分に出来るだろうか。心を読めるのに、妹を救えなかった自分が。特殊能力をもってしても無能な自分に、人間をまとめ上げることなどできるのだろうか。
「できない………できないよ。」
「お、おいどうした?和太留?」
「本当に休んだ方が良いよ。先生たちが何とかしてくれる。」
和太留は崩れ落ちる。自分は無力だ。何も成すことが出来ない。その勇気を出す事すらできない。和太留は自分にそう罵倒を飛ばす。次の瞬間、妹の言葉がフラッシュバックする。
『ありがと、お兄ちゃん………お兄ちゃんは、ちゃんと夢を叶えてね────────私の分も、生きてね?』
「……………そうだ。こんな所で折れてたまるか!」
「お、急に元気になった。」
「よく分からないけど、良かった良かった!」
「二人とも、有難うな。お陰で決心がついた。」
「「決心?」」
「ああ。よし、念話の範囲を学校を覆う範囲まで拡大して────────」
「きゃあああ!!」
「なんだ!?」
和太留が念話の届く範囲を学校全体まで拡大した次の瞬間、体育館の扉方向から悲鳴が聞こえる。そこには、生徒たちの前にたたずむ巨大な鶏がいた。
「コケェーーーーーーーーッ!」
(人間、殺す!)
その鶏は全長が三メートルほどあり、とても普通の鶏とはいえない。心の声も人間への殺意で溢れており、このままでは武器を持たな自分たちは殺されてしまうだろう。
「コッケェーーーーー!」
(まずはこいつから!)
その鶏が目の前にいた女子生徒へ攻撃を仕掛けようとした瞬間、どこからか火の玉が飛来し、鶏へとダメージを与える。
(まさか!もう使いこなした人が!?)
火の玉が飛来してきた方向を見ると、そこには掌を広げた亜津視がいた。天才肌な彼は、どうやら本能的に能力の使い方を把握したみたいだ。心の中では、何故出せたのかと混乱しているようであったが。
「な、なんかでたね?」
「いやどうしたお前!?なんだそれ!どう使った!?」
「いや、なんかノリで”火よ穿て!”って叫んだら出た。」
「マジか!?」
(人間たちも魔法を使えるのか。使い方も単純だ。ならこれを!)
和太留は範囲を拡張した念話を使い、全校生徒と先生たちへ向けて思念を飛ばす。
『皆さん!今から言う事をよく聞いてください!』
「な、なんだ!?いきなり声が!」
「うわ何この感覚気持ち悪!」
「この声……………和太留かい?」
「お前……………お前もそんな能力が!?」
皆和太留の声に混乱し、話を聞く雰囲気ではない。しかし、ここできょうせいてきに話を聞かせる方法を和太留は知っている。
『煩い聞けっ!聞かないと無数のゴキブリが体を這い回る動画を送るぞ!』
「ひぃっ!?聞きます聞きます!」
「うえっ……………想像しただけで……………おえっ。」
「和太留、君、中々えぐいね。」
「うわぁ……………」
和太留のその言葉を聞き、体育館にいた全員が和太留の声に集中する。それを確認した和太留は、あの鶏の事と、魔法の大まかな使い方を伝える。
『皆さん!あの鶏は僕たち人間を殺そうとしています!なので、まずはあの鶏を殺さなければなりません!』
「えっ、マジ!?」
「なんで?」
「殺すって言ったって、どうすれば……………」
『皆さんも先程の火の玉を見たと思います!あれを、皆さんにも撃ってもらいたいんです!使う方法は掌を鶏に向けて、”火よ穿て”と叫ぶだけです!さあ、早く!』
和太留のその声に、ほとんどの生徒が拒絶の意志を見せる。
「誰がやるか!はずいわ!」
「厨二病はごめんだ!」
「それを言えば、さっきの彼みたいなのが、本当に?」
和太留は拒絶した生徒たちに、自身が昔見た例の動画を送る。そして次の瞬間、体育館で立っていた生徒の九割強が崩れ落ちる。
「や、やりやがった……………おえぇぇっ。」
「うっぷ、まだ流れて………うっ、気分悪い。」
「分かった、やります!やりますから止めて!何故か目を閉じても見えるし、音も鮮明に聞こえるんです!」
『よし、じゃあ早く立ってください!時間がありません!』
生徒たちは立ち上がり、鶏へと目を向ける。鶏は既に先程のダメージから回復しており、こちらに突進してきそうだった。しかし、先程の火の玉がを警戒しているのか、こちらにすぐ迫ってくる様子は無い。
『狙いは大雑把でいいです!取り敢えず仲間に当たらないよう気を付けてください!ではいっせーのでで行きます!』
全校生徒がその声に反応し、全員が掌を構える。その掌の方向は全てが鶏へと向いており、鶏もそれを察知したようだ。和太留は避けさせまいと、すぐに合図を出す。
『いっせーので!』
『”火よ穿て”!!!!』
体育館内にいた全ての人間が声を上げ、体育館がその声で少し震える。全員の掌から火の玉が発射され、鶏へと一直線に進んでいく。
「コ、コケ、コケェェェェーーーーーーーーー!」
鶏は火の玉を幾つか避けたが、流石に六百を超える火の玉を躱しきることはできず、全身を火の玉が焼き尽くす。
鶏から巨大な火が上がり、全身を灰へと変えていく。
後に残ったのは、人の身長程の量のある灰の山だった。
その後、生徒や先生たちは安心と歓喜に包まれた。なんとか窮地は脱したのだと、自分たちは生きているのだと。
「やるじゃねーか!お前のお陰だぜ!和太留!」
「君がいなければ、あの鶏を倒すことはできなかっただろうね。」
「そんなことないよ。火の玉を出す方法を発見したのは亜津視だし。俺は指示を飛ばしただけだ。」
和太留のそんな言葉に、二人は褒めたたえるように言葉を返す。
「指示を飛ばす人間がいなければ、組織なんて簡単に崩壊する。さっきだって、君がいなければ火の玉の発動方法を皆に伝えることはできなかった。」
「そうだぜ!ゴキブリのあれは引いたけどな!」
「お前ら……………」
三人がそう喜んでいると、顔面蒼白の生徒たちが和太留へと近寄ってきてすぐさま取り囲んだ。和太留はその状況に混乱しているが、令と亜津視の二人は「あ、終わった………」というような顔を向けている。
「な、なん────────」
「お前がさっきの声の主だな?」
「いや、そうだけど、なんで羽交い絞めしてんの?」
「さっきの火の玉に関しては感謝してる。だけど────」
「────ゴキブリは、無いよなぁ?」
「えっ、ちょ、まっ!」
体育館には、和太留の叫び声が喧騒に紛れて響いていた。
【短編】サイキック・コマンダー 科威 架位 @meetyer
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