第28話

【渡り鳥はかく語りき】


 八重城が電話で席を外している間、あたしはひとりの女の子と再会を果たしていた。


 ケーキ屋のお会計を済ませて、同じフロアにある休憩スペースに移動した。


「久しぶり、ひばりちゃん」


 彼女は、みなもと唄多うたた


 頭ひとつ違う小柄な身長に、あどけなさの残る声。小動物のような愛くるしさを秘めているけど、あたしとは三つしか離れていない立派な社会人である。


「唄多は変わらないわね。ちっちゃい感じとか」

「ひどいよぉ」

「うふふ。仕事は慣れた?」

「うん、働きはじめて二年だから。さすがにね」


 唄多は高校を卒業してすぐには働き口を見つけることはできなかった。二年ほどのフリーター生活を経て、地元企業の内定をもらった。


「今日はお休み?」

「ゆーきゅーだよ。先輩が計画的に使いなさいって」

「休むのも大事よ」

「最近は新しい仕事も任せてもらえるようになって、それがうれしいんだ。あとねあとね、ワタシにも後輩ができたんだ。その子の指導もするようになって――」


 唄多の口ぶりから、忙しくも充実している日々を過ごしているのが伝わってきた。


 思わず顔がほころぶ。唄多も昔は色々あったから、こうして頑張っている姿を見ると自分のことのようにうれしくなる。


「ひばりちゃんはお買い物?」

「知り合いと食事に来ててさ。……そういえばあいつ遅いわね。唄多は?」

「ワタシはコピックを買いに来たの」


 唄多は昔から絵を描くのが好きだった。大人になってからデジタルイラストにも手を出すようになったけど、今でもアナログ手法を愛してやまない。


 突然の再会に懐かしさが込み上げる。こうして顔を合わせるのはいつ以来かな。

 少なくともアニメ声優を辞めてからは一度も会っていなかった。


「あんまり連絡できなくてごめん」

「ううん。ひばりちゃん忙しいから。それに……」


 唄多は言葉をまらせて、「なんでもない」と言った。


 アニメ声優を辞めることになった一連の経緯は、唄多には話していない。けれど大体の事情は知っている……唄多はそんな表情の曇らせ方をした。


 久しぶりの再会に水を差すと思ったのだろう、唄多はわざとらしく話題を変えた。


「ひばりちゃん、髪切ったんだね」

「……うん」

「髪の長いひばりちゃんも可愛かったけど、ショートも素敵だよ」

「もう、おだててもなにも出ないんだから」


 唄多といると心が安らぐ。そして自然体でいられる。


 積もる話はたくさんあった。しかし、厄災が現れた。


「ああああああああああああああああああ!」


 空間にひびを入れるような声が響いた。周りの人も何事かと声の方向に一斉に目を向ける。


 八重城だった。


 二つ結びされた栗色の髪を左右に揺らし、腕をゴリラのように大きく振り、ドシンドシンと足音を立ててこちらに向かってくる。

 顔はまるで般若はんにゃのようだ。


 あたしたちのところまでたどり着いた八重城は、ビシッと指をさした。その指先はあたしの隣に立っている唄多に向けられている。


「誰よその女!」


 上陸した台風を太平洋の彼方へ吹き飛ばしてしまいそうな声量で、八重城は怒鳴った。


 厄災女の襲来に唄多が縮こまってしまった。


「ちょっと、唄多が怯えてるでしょ!」

「唄多というのかい貴様! よくも私のとっきーをたぶらかしてくれたね、ぐふっ!?」


 あっ……、いけね。ふつうに殴ってしまった。


 これは小動物を庇護ひごする正当防衛だ。あたしは悪くない。


 八重城はみぞおちを押さえてうずくまり、唄多はあたしの背後に避難した。


「とっきー……、私とその子、どっちが大事なの……?」

「そりゃあ唄多でしょ」

「無情すぎる!」

「ひばりちゃん、こわいよぉ」


 唄多が子羊のような弱々しい声を出してあたしにすがった。


「ひばりちゃんだと!? 小娘! 今ひばりちゃんと言ったのかい!? しかもそんなにとっきーにくっついて! 生意気な小娘は鍋で煮て喰っちまおうかね、あいたっ!?」


 しまった、追い打ちしてしまった。


「うえええん! 私は本名で呼んだこともないし、下の名前で呼ばれたこともないのにぃぃぃ」


 八重城がみっともなく泣き出してしまった。親子連れの保護者が「見ちゃいけません」と子どもに言い聞かせながら通り過ぎていくのが痛々しかった。


 数分後。


 八重城がようやく落ち着いたところで(まだ不機嫌だけど)会話の席を設ける。


「あ、あのあの……っ!」


 口火を切ったのは意外にも唄多だった。


 両手の指先をつんつん合わせながら、あたしと八重城を等分に見て質問した。


「ひばりちゃんと八重城さんは、デート中なんですか?」

「そうよ!」「違うから」


 八重城は肯定し、あたしは否定した。


「ひゅう!? 意見の相違があるみたいなんですけど……?」


 たしかに今日はデートという名目だったけど、唄多が想像しているようなデートではない。


「それじゃあ……おふたりはお付き合いされてるんですか?」

「してないわよ」「将来を誓い合った仲よ!」


 あたしは事実を述べ、八重城は虚偽を述べた。


「ひゅう!? やっぱり意見の相違があるみたいですぅ」

「気にしないで。こいつ頭の病気なの」

「ひゅう……お気の毒です」

「憐みの目!?」


 八重城の頭上に『ガーン!』という大きな文字が降りかかるのを幻覚で視た。


 今度は八重城があたしの服を引っ張り、嫉妬を隠さない表情で質問する。


「とっきー、私にもちゃんと紹介してよ。この子は誰なの?」

「初っ端から話の腰を折った奴がよく言うわよ。この子は源唄多」

「で、どういう関係なの」


 尋問する刑事のように八重城が眉を寄せる。


「唄多とは――」


 ふつうに旧知の仲と言えばよかったのに、あたしは返答に迷ってしまった。


 代わりに答えたのは唄多だった。


「ワタシとひばりちゃんはね、家族なの」

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