誰よその女!

【渡り鳥はかく語りき】


 八重城が電話で席を外しているあいだ、あたしは一人の女の子と再会を果たしていた。スイーツショップでのお会計を済ませて、同じフロアにある休憩スペースに移動した。


「久しぶりだね、ひばりちゃん」


 あどけなさの残る声で挨拶する彼女の名は、みなもと唄多うたた


 唄多は小さいころからの友達、いわば幼馴染だ。頭ひとつ違う小柄な身長に、くりんとした瞳。小動物のような愛くるしさを秘めているけど、あたしとは三つしか離れていない立派な社会人である。


「唄多は変わらないわね。ちっちゃい感じとか」

「え~ひどいよ~」

「うふふ。仕事は慣れた?」

「うん、働き始めて二年だからね。さすがにね」


 唄多は高校を卒業してもすぐには働き口を見つけることはできなかった。二年ほどのフリーター生活を経て、地元企業の内定をもらった。


「今日はお休み?」

「ゆーきゅーだよ。先輩が計画的に使いなさいって」

「休むのも大事よ」

「最近は新しい仕事も任せてもらえるようになって、それがうれしいんだ。あとねあとね、ワタシにも後輩ちゃんができたんだ。その子の指導もするようになって――」


 彼女の口ぶりから、忙しくも充実している日々を過ごしているのが伝わってきた。


 思わず顔がほころぶ。唄多も昔は色々あったから、いまこうして頑張っている姿を見ると自分のことのように嬉しくなる。


「ひばりちゃんは今日ひとり?」

「知り合いと食事に来ててさ。……そういえばあいつ遅いわね。唄多は?」

「ワタシはコピックを買いに来たの」


 唄多は昔から絵を描くのが好きだった。大人になってからデジタルイラストにも手を出すようになったらしいが、いまもアナログ手法を愛してやまない。


 突然の再会に懐かしさが込み上げる。こうして直接顔を合わせるのは何年ぶりだろう。少なくともアニメ声優を辞めてからは一度も会っていなかった。


「あんまり連絡できなくてごめん」

「ううん。ひばりちゃん忙しいから。それに……」


 唄多は言葉をまらせた。


 アニメ声優を辞めることになった一連の経緯は彼女には話していない。けれど、つまびらかまではいかずとも、大体の事情は知っている……唄多はそんな表情の曇らせ方をした。


 久しぶりの再会に水を差すと思ったのだろう、唄多はわざとらしく話題を変えた。


「ひばりちゃん、髪切ったんだね」

「ああ、うん」

「髪の長いひばりちゃんも可愛かったけど、ショートのひばりちゃんも素敵だよ」

「もう、おだててもなにも出ないんだから」


 唄多といると心が安らぐ。童話のキャラみたいなおっとりした性格も、ぽろぽろ崩れるパン粉のような柔らかい口調も、すべてが昔のままで。こうして話していると一瞬だけ昔に戻れた気がした。


 積もる話はたくさんあった。しかし、厄災が現れた。


「ああああああああああああああああああ!!!」


 空間にひびを入れるような声が響いた。周りのいた人も何事かと声の方向に目を向ける。八重城だった。


 栗色の二つ結びされた髪を左右に揺らし、腕をゴリラのように大きく振り、ドシンドシンと足音を立てて、こちらに向かってくる。顔はまるで般若はんにゃのようだ。


 あたしたちのところまでたどり着いた八重城は、ビシッと指をさした。その指先はあたしの隣に立っている唄多に向けられた。


「誰よその女!」


 上陸した台風を太平洋の彼方へ吹き飛ばしてしまいそうな声量で、八重城は怒鳴った。そんな厄災女の襲来に唄多が縮こまってしまった。


「ちょっと、唄多が怯えてるでしょ!」

「唄多というのかい貴様! よくも私のとっきーをたぶらかしてくれたね、ぐふっ?!」


 あっ……、いけね。ふつうに殴ってしまった。


 八重城はみぞおちを押さえてうずくまり、唄多は怯えながらあたしの背後に避難した。暴力は良くない。でも、これは小動物を庇護ひごする正当防衛だ。あたしは悪くない。


「とっきー……、私とその、どっちが大事なの……?」


 意識が途切れる寸前の主人公が最後の力を振り絞って手を伸ばすときのような声で、八重城は訊ねた。


「そりゃ……唄多でしょ」

「無情すぎる!」

「ひばりちゃん……、こわいよぉ」


 唄多が子羊のような弱々しい声を出してあたしにすがった。


「ひばりちゃんだと!? 小娘! いまひばりちゃんと言ったのかい!? しかもそんなにとっきーにくっついて! 生意気な小娘は鍋で煮て喰っちまおうかね、あいたっ?!」


 しまった、追い打ち攻撃してしまった。


「びえええん、私は本名で呼んだこともないし、下の名前で呼ばれたこともないのにぃぃぃ! うわ~~~ん!!!」


 たぶん、あたしが他の女子と一緒にいたから嫉妬してるだけだと思うけど、八重城はみっともなく泣き出してしまった。親子連れの保護者が「見ちゃいけません」と子どもに言い聞かせながら通り過ぎていくのが痛々しかった。


 数分後。


 八重城がようやく落ち着いたところで(まだ不機嫌そうだけど)会話の席を設ける。


「あ、あのあの……っ!」


 口火を切ったのは意外にも唄多だった。唄多は恥ずかしがり屋な性格で、初対面の人だと人見知りを発動してしまう。だから勇気を振り絞って会話に参加する姿が新鮮だった。こんな情緒不安定で傍若無人ぼうじゃくぶじんな女なら、なおさら恐いはずなのに。


 指の運動をするように両手の指の腹を合わせて、くるくる回しながら、あたしと八重城を交互に見て質問した。


「ひばりちゃんと八重城さんは、デート中なんですか?」

「そうよ!」「ちがうから」


 八重城は肯定し、あたしは否定した。


「ひゅう!? 意見の相違があるみたいなんですけど……?」


 たしかに今日はデートというていだったけど、唄多が想像しているような”デート”ではない。


「それじゃあ……おふたりはお付き合いされてるんですか??」

「してないわよ」「将来を誓い合った仲よ!」


 あたしは事実を述べ、八重城は虚偽を述べた。


「ひゅう?! やっぱり意見の相違があるみたいですぅ」

「気にしないで。こいつ頭の病気なの」

「ひゅう……お気の毒です」

憐憫れんびんな目をされた!?」


 八重城はショックを受けた様子だった。


 今度は八重城が、あたしの服をくいくいと引っ張り、頬をぷくっとふくらせて質問する。


「とっきー、私にもちゃんと紹介してよ。この娘は誰なの?」

「初っ端から話の腰を折った奴がよく言うわよ。この娘はみなもと唄多うたた

「で、どういう関係なの」


 尋問する刑事のように八重城が眉間にしわを寄せる。


「唄多とは――」


 ふつうに幼馴染と言えばよかったのに返答に迷ってしまったあたしは、ちらりと唄多の横顔をうかがう。彼女もこちらを見て一瞬だけ小首を傾げたが、すぐにあたしの意図を理解してくれたようで、明るい声を発した。


「ワタシとひばりちゃんはね、

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