家族なの

「ワタシとひばりちゃんはね、家族なの」

「え」「は?」


 予想だにしなかった唄多の答えに、あたしと八重城は同じようなリアクションをした。当然、騒ぎ立てるのは八重城である。


「どどど、どういうこと、とっきー?!?! か、家族って……、とっきー兄妹いないって言ってたよね!? あれは嘘だったの!? リスナーに吐いた嘘だったの!?」

「落ち着きなさい、バカ女! 唄多も誤解を招く言い方しちゃダメでしょ。昔からよく遊んでいて、、そう言いたかったのよね、ね?」


 とっきーが目配せをするのを私は見逃さなかった。


「ひゅう! そ、そうなんです! ひばりちゃんはお姉ちゃんみたいな存在って言いたかったんです」

「絶対なにか隠してるじゃん! そうじゃなかったとしても、とっきーと幼馴染なんて羨ましすぎる!」


 停車を忘れた暴走列車の八重城は嫉妬に狂う。


「ほ、ほら八重城! あたしのジュースあげる。推しと間接キスできるわよ」

「よっしゃあああああ!!!」

「ひゅう!? とんでもないごまかし方です!」


 八重城はだらしない顔を浮かべながらあげた缶ジュースをでたり、一塁を牽制するピッチャーのような視線を時折こちらに向けたりしている。忙しない女だ。


「で、どろぼう猫が私のとっきーになんのご用かしら?」

「ひゅう! ちがうんです! ひばりちゃんと会ったのは偶然で。ワタシはお絵かきの道具を買いに来ただけなんです」


 証拠として購入した画材を見せようとしたのだろう。手が滑って、買い物袋から色とりどりのコピックがばらばらとこぼれ落ちる。


「わ、わ、きゃあああ!」


 床に落としたコピックを拾おうとして前屈みになったが、背負っていたリュックのチャックを閉め忘れていたようで、カバンの中身までもが溢れ出る始末。相変わらずのドジっ子だ。仕方なくあたしと八重城も協力して拾ってあげる。


「あれ? これ」


 すると、八重城の視線がある物に定まった。それは一冊のスケッチブックで、落ちた拍子に見開かれていた。八重城が拾おうとしたのを見て、唄多はいつものおっとりした性格からは想像もできない俊敏な動作で、八重城よりも先にそれを回収した。


「待って! そのイラストよく見せて」

「ひゅう! これはダメです!」


 迫る八重城に、唄多はちんまりした体でスケッチブックを守り、必死に抵抗する。


「いいからっ! ……やっぱり」


 力ずくで奪い取ってパラパラとめくり、八重城は改めて唄多の顔を見た。


「あなた、うたた寝先生ね?」

「ひゅう!?!? ち、ちがいます」

「ううん、間違いないわ。だってこの落書きイラスト、この前SNSでアップしてたやつだよね?」

「……もしかして、フォロワーさんですか??」

「え、なになに、どういうこと?」


 要領を得ないあたしに興奮さめやらぬ様子で説明してくるのは八重城姫梨だ。


「うたた寝先生はSNSで有名な絵師さんなの。可愛い女の子のイラストを投稿してくれるから、私もフォローしてるんだ。まさかその正体が、とっきーの知り合いだったなんて」

「あ、あのあの……、ワタシのことは、どうぞご内密に、お願いします……」

「安心して、言いふらしたりしないから。むしろ尊いイラストをいつもありがとうございます」


 八重城が唄多を拝んだ。


「唄多ってそんなにすごい人だったんだ」


 あたしは半信半疑の感心を示した。


「そ、そんなことないよ……。ただお仕事の合間にお絵描きしてるだけで……」

「なに言ってるんですか! その趣味で描かれたイラストがどれだけのフォロワーの荒んだ心を救っていることか」


 数分前まで鬼の形相で敵意をむき出しにしていたのに、尊敬している絵師だと判明した瞬間に「先生」呼ばわりし、敬語口調になる八重城。物凄い手のひら返しだ。というか、推しのあたしにも敬語使えよ。


「あたしが知らないあいだに有名人になっていたんだね、唄多。あたしもSNSやってたらフォローしてあげられるんだけど」

「ひゅう?! ひばりちゃんはダメです!」

「どうして?」

「は、はずかしいから……」

「昔はよく自由帳とかチラシの裏に描いた絵、見せてくれたじゃない」

「そういう問題じゃなくて……」


 その時、八重城はなにかを思い出したような口調で唄多に質問した。


「そういえば、うたた寝先生のイラストによく登場する女の子、とっきーに似てますよね?」

「ひゅう?!?!」

「そうなの?」


 あたしが訊ねると彼女は「はわわ」と狼狽うろたえはじめた。


「先生のイラスト、すごく私好みだから応援してるってのもあるけど、先生のオリキャラ……なんだかとっきーに似てるな〜ってずっと思っていたの」

「唄多。もしかしてそれ、あたしがモデルだったり?」


 観念した様子で唄多はスケッチブックから何枚かの作品を見せてくれた。描かれているのは全て黒髪ロングの同じキャラクターだ。どうやらこれが唄多のオリジナルキャラらしい。


 たしかに、昔のあたしに雰囲気が似ているような気もする。ヘアスタイルはいまと違えど、目や口などのパーツはあたしの特徴をよく捉えているように感じた。


 問い詰める必要はもうなかった。いまにも爆発しそうなくらい顔を赤らめて黙り込む唄多。その表情がすべてを物語っていたのだから。


「か、勝手にモデルにしちゃって、ごめんなさい! ひばりちゃん可愛いから、つい……。可愛いお洋服着せて、いろんなシチュを考えて、次はもっと上手く描きたいなって思うようになって。そしたら、いつの間にか“うちの子”になっていたの」

「あたしは別に気にしないけど――」

「うたた寝先生ッ!」

「ひゃい!?」


 八重城が唄多の小さな手をがっしりと握った。


「とっきーの尊いイラストを、いつもありがとうございます。寂しい夜は、先生の絵で自分を慰め――コホンッ、孤独を紛らわせていますので」


 あたしの冷ややかな目を無視して、八重城は続ける。


「これからも、とっきーのイラストをよろしく頼みましたよ。なんならもっと過激なシチュでも大丈夫です! あわよくば私もモデルにしてもらって、創作の中でとっきーとあんなことやこんなことをさせていただければと、ぐふふふ」

「か、考えておきます」

「考えなくていい」


 あたしはツッコミを入れた。


 なにはともあれ、謎の和解を見せた唄多と八重城だった。

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