子作りしちゃったよ!

「じゃあまとめると、【ふつおた】は継続。新しくラジオ名に即した【テーマメール】をはじめる……こんな感じ?」


 八重城が筆を置いたのは話し合いをはじめて一時間ほど経った頃だった。


 他の意見も改めて検討し、最終的に当初の案で落ち着いた。


「あたしは異論なし。けど、ちょっと面白みに欠けるかな?」

「そんなことないよ。テーマメールってネタを考えるだけでも楽しいし。【ふつおた】はハードルが高いけど、【テーマメール】だったら気軽に送ってみようかなってリスナーもいるから、お便りの数も増えると思うよ」

「なるほど。人によって書きやすいコーナーが違うのね」


 こういうところは流石リスナー目線の意見だ。


「となると考えるべきは肝心の番組名とテーマメールの内容ね。名前とか決めるの苦手なのよね」


 候補を精査するのと並行してラジオ名も少しだけ考えてみたけど、なかなかしっくりくる名前が思い浮かばなかった。これから付き合っていくものだから安易なものにはしたくないし、こだわりすぎても視聴者の印象が微妙になるし。


「あ~わかるよ、とっきー。私もゲームキャラの名前とか決めるのすっごい苦手。私が悩んでいる間に周りの子みんなクリアしちゃうしさぁ」

「そこはさっさと冒険に出なさいよ」


 考えるべきことはまだまだあるけど、今後の方向性は決まった。それだけでも大きな収穫だし、胸の内が軽くなった。


 あたしひとりじゃ思考が堂々巡りしていたのに、八重城が一緒だと次々に発想が生まれてくる。小説家を志しているだけの気質は備わっているのかもしれない。八重城の協力が、あたしの視界をぱっと広げてくれた。


「ていうか、あんたさ」

「ん? なぁに、とっきー」

「詳しすぎる」

「え゛」


 眉をひそめたら八重城の表情がわずかに引きつった。


「あたし一筋なんて言っておきながら、実は他の子のラジオも聴いてるんじゃないの?」

「ききき、聴いてないよ?!」

「本当かぁ? にしては、やけに声優ラジオに詳しいじゃないの」

「そ、それは……っ」


 マンガみたいな脂汗を流しはじめて、目を合わせようとしない。隠すの下手くそか。


「怒らないから白状しなさい。他の声優のラジオも聴いてるんでしょ?」

「も、ももっ、申し訳ございませんでしたっ!!!」


 テーブルにおでこをぶつけて平謝り。


「とっきー以外の声優さんラジオも聴いちゃってますぅううう」

「ふーん。あんた、さっきあたしのこと浮気呼ばわりしたくせに、自分だって他の声優にうつつ抜かしてるじゃない」

「ご、誤解なの! とっきーのおかげでアニメに興味を持って……。それで、他の声優さんのラジオも聴いてみたいなって思って……。魔が差しただけなの……」


 八重城の声がどんどんしぼんでいく。これはこれで面白い。


「でも、もうとっきー以外のラジオは聴かないから!」

「信用できないなぁ」

「どうしたら信じてくれるの……?」


 きつね色の瞳を八重城が潤ませる。


 彼女はアニメやゲームの番組を中心に配信するラジオステーションを利用しているらしい。それは、第一線で活躍する声優がパーソナリティを務め、ディレクターに構成作家、音響スタッフなどを揃えたプロの巣窟。あたしのママごとラジオとはレベルが違う。


 八重城が的確なアドバイスを出せたのはプロのコンテンツを日頃から味わっていたからだった。


「配信サイトのアカウントを削除しなさい。あと誓約書も書くこと。金輪際あたし以外のラジオは聴きませんってね」

「ひぃ~ん! なんで怪しい教徒団体への入団手続きみたいになってるの~?! でも、そんなメンヘラとっきーもしゅきぃ」

「……っぷ」

「ふぇ??」


 ついに笑いが堪えきれなくなってしまった。


「あっははははは!」

「あーーーっ! からかったなぁあああ、もう!」

「毎回してやられてるからね。お返しよ」

「むぅ!」


 頬を膨らませて抗議の眼差しを向けてくる。そんな表情がどこか子どもっぽくて、不覚にもちょっとだけ可愛いなと思ってしまったのは、あたしだけの秘密だ。


「誰のラジオ聴こうがあんたの勝手なんだから。あたしが口出ししたり強制したりする資格なんてないのよ」

「ううん。鶴の一声ならぬ、とっきーの一声で目が覚めたよ。もうよそ見はしない。全身全霊をかけてとっきーのラジオだけを応援していくから!」

「だ、だから、そういうこっ恥ずかしいことを大声で言うな、……バカ」


 からかっていたのはこちらのはずだったのに、立場が逆転してしまったあたしは視線をそらして横髪を弄る。


 彼女の真っ直ぐな人柄にはいつも調子を狂わされてしまう。


 時に本音を隠し、時に自己欺瞞さえ厭わないのが社会の常なら、彼女のような生き方は大人の世界では苦にしかならないかもしれない。


 でも――。


 あたしも彼女みたいに裏表の無い性格をしていられたら、違った人生になっていたのだろうか。


「あーーーーーっ!!!」

「今度はなに!」

「とんでもないことに気づいちゃったんだけど。こうして一緒に企画の打ち合わせをするのってさ、とっきーとの初めての共同作業だよね?」

「まあ、うん」


 共同作業というワードに少しばかりの引っかかりがあるけれども。


「共同作業を終えたということは、もう私たちは結婚してるも同然! なら、このラジオはふたりの愛の結晶……つまりは子ども! なんてこった! いろんな段階をすっ飛ばして、とっきーと子作りしちゃったよ! えへ、えへへへ」


 頭の病院に連れて行ったほうがいいのかもしれない。基本的人権なんてものがなければ、意思を問わずにどこかの実験施設に送りつけてやるのに。


「あなた達、話し合いはもっと静かにしてよね。ここが憩いの場だって忘れてるでしょ」

「すみません」「ごめんなさい」


 やって来たのはかすみさん。注意したあとはいつもの優しい表情に戻った。


「お悩みは解決したようね。うちの姫様はお役に立ったかしら、とっきーちゃん?」

「はい。すごく助かりました」

「ほ、ほんとう? 私、とっきーの役に立てたのかな? 他のラジオの受け売りでも」

「あたしひとりじゃ延々と泥沼だったからね。ありがとう、八重城」

「はあああん!」


 たぶん、あたしの『ありがとう』を企画の相談に乗ってくれた意味で彼女は受け取ったのだろう。でも、それだけじゃない。


 八重城がいたから、もう一度夢を目指そうと思えた。それを言葉にするにはまだまだ照れくさいけど。


「やるじゃない、姫」

「もともと私は優秀なんだもん」と、得意げに八重城は鼻を鳴らした。


「お役に立ったなら、とっきーちゃんもお礼しなきゃね?」

「お礼、ですか」

「お、おおお、お礼!?!? だ、だめだよ、とっきー! 体でのお礼なんて、まだ私達には早すぎるよ?! いや、でも、すでに子作りもしちゃったし……」

「勝手な妄想で既成事実を捏造するな、変態女」


 そんなやり取りを見て、かすみさんが口に手を当てて笑い、エプロンから小さな紙を取り出した。


「これ、よかったらふたりで行ってきたら?」

「スイーツショップのクーポン券ですか?」


 池袋にあるショッピングモールのテナント。今度、新装開店するらしい。


「いいの、かすみさん!? とっきーと一緒に行っていいの!?」

「自分で行くつもりならあげてないわよ」

「でも、これじゃかすみさんの奢りみたいなもので、あたしのお礼にならなくないですか?」

「姫はとっきーちゃんと遊びに行けるだけで嬉しそうだけど?」


 八重城に視線を移すと、散歩に連れて行ってもらえる前のワンちゃんのように興奮していた。とても断りにくい空気だ。まあ、断る理由も無いといえば無いんだけど。


「じゃあ、せっかくだし……、一緒に行く?」

「…………」

「八重城?」

「よっしゃあああああ!! とっきーとデートォオオオオオ!!!」


 宝くじでも当選したように、八重城はもらったクーポンを天高く掲げた。

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