第23話

「こんな感じかな、とっきー?」

「うん、異論なし。あとは実際にやってみてリスナーの反応を窺いましょう」


 打ち合わせをはじめて一時間。形がまとまった。


「でもさ、気ままに送れる【ふつおた】と違って、【メールテーマ】って難易度高くないかしら?」


 あたしは疑問を口にした。


「そうだね。でも、全員がそうじゃないと思う。ふつおたに送る機会がなかったけど、メールテーマのネタを考えるのは楽しいっていう人も絶対にいる」

「自分の書きやすいコーナーに送ってねってことね」


 もちろん複数コーナーへの投稿も受け付けているので、送れる人はじゃんじゃん送ってほしい。


「とっきーの新しいラジオ楽しみだな~」


 八重城は頭の後ろで両手を組み、満面の笑みを咲かせた。


「さっきから思ってたんだけど」

「なぁに、とっきー」

「詳しすぎる」

「え?」


 目を細めたら、八重城の表情が引きつった。


「あたし一筋なんて言っておきながら、ほかの声優ラジオも聴いてるんじゃないの?」

「ききき、聴いてないよ!」

「本当かぁ? にしてはやけにこの話題に明るいじゃないの」

「そ、それは……っ」


 マンガみたいな脂汗を流して、目が泳ぐ八重城。隠すの下手くそか。


「白状しなさい。ほかの番組も視聴してるんでしょう?」

「も、ももっ、申し訳ございませんでしたっ!」


 八重城がテーブルにおでこをぶつけて平謝り。


他人ひとのこと浮気呼ばわりしておいて、自分だってほかの声優にうつつ抜かしてるじゃない」

「ご、誤解なの! とっきーのおかげでアニメに興味を持って、ほかの声優さんのラジオも聴いてみたいなって思って……。魔が差しただけなの……」


 どうやらアニメやゲームの番組を配信するラジオステーションに登録しているらしい。


 第一線で活躍する声優がパーソナリティを務め、ディレクターに構成作家、音響スタッフなどを揃えたプロの巣窟。あたしのママごとラジオとはレベルが違う。


 八重城が的確なアドバイスを出せたのは、プロのコンテンツを日頃から味わっていたからだった。


「とっきー以外のラジオはもう聴かないから」

「信用できないなぁ」

「どうしたら信じてくれるの……?」


 八重城の声がしぼんでいく。


「配信サイトのアカウントを削除しなさい。そして改めて誓うこと。今後、あたし以外のラジオは聴きませんって」

「ひぃ~ん! なんで怪しい組織の入団手続きみたいになってるの~!?」

「ほら、消すの? 消さないの?」

「え~ん、とっきーの鬼畜ぅ。バイバイ、私のアカウント……」

「……っぷ」

「ふぇ?」


 ついに笑いが堪えきれなくなってしまった。


「あっははははは!」

「あーーーっ! からかったなあ、もう!」

「いつものお返しよ」

「むぅ!」


 頬をふくらませて抗議の眼差しを向けてくる八重城。


 そんな表情がどこか子どもっぽくて、不覚にもちょっと可愛いなと思ってしまったのは、あたしだけの秘密だ。


「誰のラジオ聴こうがあんたの勝手よ」


 自分でそう言っておいて、心の中におりが溜まるのを見過ごせなかった。


 どうして? ……わからない。


 八重城があたしを見捨てて、ほかの声優に心変わりするところを想像したから?


 それじゃまるで、あたしが嫉妬してるみたいじゃないか。


 そんなわけない。


 そんなわけ……ない。


「あーーーーーっ!」

「今度はなに!」


 とんでもないことに気づいちゃった、と八重城が騒ぎはじめた。


「今日の打ち合わせって、とっきーとの初めての共同作業だよね?」

「まあ、うん」

「共同作業を終えたということは、もう私たちは結婚してるも同然! なら、このラジオはふたりの愛の結晶……つまりは子ども! なんてこった! いろんな段階をすっ飛ばして、とっきーと子作りしちゃったよ! えへ、えへへへ」


 頭の病院に連れていったほうがいいのかもしれない。


「あなたたち、話し合いはもっと静かにしてよね。ここが憩いの場だって忘れてるでしょ」

「すみません」「ごめんなさい」


 お冷のおかわりを運んできたかすみさんに注意される。でも、すぐにいつもの優しい表情に戻った。


「お悩みは解決したようね。うちの姫様はお役に立ったかしら、とっきーちゃん?」

「はい。すごく助かりました」

「ほ、ほんとう? 私、とっきーの役に立てたのかな」

「やるじゃない、姫」

「もともと私は優秀なんだもん」


 八重城は得意げに鼻を鳴らした。


「お役に立ったなら、とっきーちゃんもお礼しなきゃね?」

「お礼、ですか?」

「お、おおお、お礼!? だ、だめだよ、とっきー! 体でのお礼なんて、まだ私たちには早すぎるよ! いや、でも、すでに子作りしちゃったし……」

「妄想で既成事実を捏造するな、変態女」


 かすみさんが口に手を当てて笑い、エプロンから小さな紙を取り出した。


「これ、よかったらふたりで行ってきたら」

「ケーキ屋さんのクーポン券ですか?」


 池袋にあるショッピングモールのテナント。今度、新装開店するらしい。


「いいの、かすみさん!? とっきーと一緒に行っていいの!?」

「自分で行くつもりならあげてないわよ」


 あたしもクーポン券を受け取る。


「でも、これじゃかすみさんの奢りみたいなもので、あたしのお礼にならなくないですか?」

「姫はとっきーちゃんと遊びに行けるだけでうれしそうだけど?」


 八重城に視線を移すと、散歩前のワンちゃんのように興奮していた。


「じゃあ……一緒に行く?」

「…………」

「八重城?」

「よっしゃあああああ! とっきーとデートォオオオオオ!」


 宝くじでも当選したように、八重城はクーポンを天高く掲げた。

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