第22話

「よろしくお願いします」

「そんな将棋の対局みたいに畏まらなくていいから。リスナーとして奇譚のない意見をちょうだい」

「はあい!」


 八重城の無駄に元気のいい返事を合図に、企画会議が始まった。


 改めてYuriTubeを確認すると、新しいコメントがいくつか追加されていた。あたしが読み上げて、八重城が原稿用紙にメモしていく。


 前から思っていたけど、原稿用紙をもうちょっと本来の用途で使ってあげてほしい。


「……だいたいこんな感じだね。この中でやってみたいものはある、とっきー?」

「そうね……」


 気が進まないものや、現実的に難しいものを伝えると、八重城が三角印を付ける。


「歌とかいいんじゃない? 歌枠で配信してるYuriTuberさんも多いし」


 八重城が提案した。


「ちょっと恥ずかしいかなぁ。レパートリーも少ないし」

「とっきーアイドル声優でしょ! アイドルがそんなのでどうするの!」

「あんたが聴きたいだけでしょ」

「絶対に需要あると思うんだけどなぁ」


 八重城が唇を尖らせながら三角印を付ける。


 彼女が言うように、カラオケやcoverソング動画は下手なコンテンツより再生数を稼げる。


 が、それは人気配信者に限られた話。あたしのような無名がやっても焼け石に水だろう。


「食レポやってほしいっていう意見もあるよ、とっきー」

「う~ん、あんまり得意じゃないのよね」

「特番で食レポやったときも『おいしー!』の連発で、ボキャブラリー少なかったもんね」


 八重城が意地の悪い笑みを浮かべる。


「昔の話はいいから! それに、あたしのラジオは映像が無いから食レポの魅力が伝わらないでしょ」

「それもそうだね。じゃあこれもボツってことで」


 すべての候補にバツ印や三角印が付けられた。


 なんとも言えない空気が支配する。


「あの、風町さん」

「なんですか、八重城さん」

「いったい何ならできるんですか」


 リスナーがその場の思いつきで書いたのか、じっくり考えて送ってくれたのかは文字の上からでは判別できない。


 本当は、どんな要望であっても出来る限り受け入れたい。


 せっかくもらった案なのに、あれも嫌だこれも嫌だと突っぱねるのはわがままだろうか。


 このコメントの中に八重城のお便りも交ざっているのだろうか。だとしたら、彼女の要望も真っ向から拒絶したことになる。


 そう思うと余計に申し訳なさが募る。


「とっきーのゆったりしたラジオの性格を考えると、クイズとか大喜利とかで大盛り上がり! ……っていうのは、ちょっと違うと思うんだよね」


 八重城の意見はあたしの気持ちを的確に代弁していた。


 あたしも自分のラジオに居心地の良さを感じている。いくら変革を望むからといって、大切にしている軸まで見失いたくない。


 お便りをくれたリスナーには申し訳ないけど、エンタメ要素が強すぎるものは対象外とさせてもらった。


 趣旨から一旦外れて、八重城がふとこんな質問をしてくる。


「前から思ってたんだけど、とっきーのラジオって番組名はないの?」

「そういえば無かったわね」


 毎回『はろはろとっきーっ!』というオタクに媚びた挨拶から始まり、すぐにフリートークへと移っていた。


「番組名があったほうが愛着がわくし、知名度も上がると思うよ」


 八重城の指摘はもっともだ。


 ラジオ名はいわば番組の顔。なのにチャンネルを開設して動画投稿を始めて、それで形になったものだと思い込んでいた。


「番組名、か。いざ考えると難しいわね」


 パーソナリティの名前をもじって名付けるのが定番ではあるけど。


「渡季と姫梨のラブラブRadioは?」

「却下」

「ちっ!」


 乙女には決して推奨されない舌打ちをかました八重城は続けざまに閃く。


「ラジオ名が決まれば、メールテーマが募集できるね」

「メールテーマか……たしかに声優ラジオっぽいわね」


 ラジオのコーナーには通例、パーソナリティへの感想や質問を送る普通のお便り――通称【ふつおた】と、お題に沿ったネタを提供してもらう【メールテーマ】がある。


 とくに声優ラジオには看板となるメールテーマがあり、お題はその番組名にちなんだものが多い。


 たとえば、番組名が『はじめての〇〇ラジオ』だったら『リスナーのみなさんが最近はじめて挑戦したことはなんですか?』というお題が募集できる。


「メールテーマならエンタメ要素も取れ入れつつ、【ふつおた】と一緒に募集できる。番組のテイストも大きく崩れない。いい案ね」

「やったぁ! とっきーに褒めてもらえた」


 浮かれる八重城とは対照的に、あたしは手放しで喜べない。声優ラジオの本質を見失っていたからだ。


 声優ラジオの基本は、お便りを介したファンとのキャッチボール。トリッキーな企画をやるより、まずは王道に忠実であるべし。


 現状を変えなければいけないと気負うあまり、根本的な部分を見落としていた。


 活動を始めて一周年という節目が見えてきたのに、なんとも間抜けすぎる。


「とっきー、ほかにやってみたいものはある?」

「いきなり盛り込みすぎると、あたしもリスナーも混乱すると思うから、しばらくは【ふつおた】と【タイトルコーナー】の二本立てでいいと思う」

「わかった!」


 万年筆を握る手が勢いづく。紙に書きなぐりながら思考を洗い出し、八重城は矢継ぎ早に提案する。


「コーナーも増えるし、これからはジングルを挿れたほうがいいかも」


 ジングルとはコーナーの切り替わりに流れる短い音楽のこと。


「いいね。本格的にラジオっぽくなる」


 その後もわき出る温泉のごとく、アイディアを出し続ける八重城に、あたしは舌を巻くしかなかった。


 こちらが意見を出せば、それ以上のものが返ってくる。


 頭を捻っていたあたしとは違って、八重城は楽しみながらアイディアを出している様子だった。


 なるほど。文豪志望は伊達じゃないらしい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る