第16話
【渡り鳥はかく語りき】
バイトから帰って明け方に就寝。お昼前に起きて、マフィンをトースト。
収録していたラジオの音声データを編集していく。
編集というと難しく聞こえるかもしれないけど、今はソフトも充実しているので素人のあたしでも簡単にできる。
ノイズを除去して、字幕を追加。一回三十分ほどのラジオ番組なので、ダラダラ編集しても二時間あれば完結する。
一年近く続けていれば意外と慣れるものだ。
編集が終わりYuriTubeに予約投稿したら完了。
腕を上げて大きく伸びをする。起床してまだ数時間なのに、まるで一日の仕事を終えたかのような気分になる。
でも――。
どこか不完全燃焼な気持ちになってしまう。最近はずっとこんな調子。
原因は自分でもわかっている。これからの方向性に迷いが生じたからだ。
風町渡季のラジオは雑談メインの番組である。チャンネルを立ち上げて以来、ずっと同じスタンスでやってきた。
リスナーにとっては変化のないコンテンツに映っているかもしれない。
どんなエンタメも変化がなければ飽きられてしまう。あたしのような底辺YuriTuberであればなおさら。
娯楽の世界でそれは死活問題だ。
*
午後。散歩でもすれば良いアイディアが浮かぶかもしれないと思い、あてもなく町を歩いていた。
今日は平日なので、人の波も緩やかだ。気温もちょうどよく、日差しが届いて歩きやすい。
「う~ん……」
今まで通りのラジオスタイルを継続するべきか。マンネリから脱却するべきか。
あたしは今、コンテンツ作りの難しさを実感していた。
窓ガラスに自分の姿が映る。眉間に
「そういえばここって……」
見覚えのあるお店。八重城に連れてこられた喫茶店だ。
お店の名前はLysというらしい。本日のおすすめメニューが書かれたブラックボードが店先に置かれている。
コーヒーでも飲めば打開策が見つかるかもしれない。淡い期待を秘めて店内に入る。
「いらっしゃいませ……あら?」
入店したあたしを女性店員が出迎えてくれた。
「あなたはたしか、姫のお友達の……」
「あ」
以前に来たとき、八重城と親しげに話していた店員さんだ。
すらっとした背丈に、こなれたお団子ヘア。白のシャツと深緑のエプロン姿。
「風町渡季です」
「とっきーちゃん。いいお名前ねえ。さ、どうぞ。カウンター席でいいかしら?」
店内には数人のお客さんがいて、読書したりご飯を食べたり、みんな思い思いの時間を過ごしている。
「店主の
「オーナーさんなんですか」
「あら、見えない?」
「いえ、すごいなーと思って」
三十代前半くらいだろうか。その若さで店を経営しているなんて尊敬する。
「注文はどうする、とっきーちゃん?」
オリジナルブレンドと、本日のおすすめランチであるサーモンとチーズのクラブサンドを注文。
かすみさんはクラブサンドのオーダーを厨房スタッフに伝えると、目の前でコーヒーを焙煎しはじめた。
「そういえば、姫がこの前とっきーちゃんのこと探してたわよ」
きっと、あの大雨の日だろう。
「ものすごい形相で来るから心配したわよ」
「そんなに慌ててたんですか?」
「絶望と焦燥の顔をしていたわ。あれは家族全員を鬼に殺された人間の顔ね」
「それはそれで怖いです」
でも、そっか。あいつ、あたしのことをそんなに心配してくれてたんだ……。
コーヒーの芳しい香りが漂った。いただきますと断ってカップに口をつける。
「おいしい」
「苦味とか酸味とか大丈夫?」
「すごく飲みやすくておいしいです」
「よかった。味の好みがあったら言ってね。次から調整してあげるから」
先日も飲んだけど、やっぱりおいしい。細かいテイストの調整もできるらしい。
若オーナーの腕は本物のようだ。
「あの、幡杜さん」
「かすみちゃんでいいわよ」
距離の詰め方が早い人だ。
「かすみさんは、八重城さんとは古くからの付き合いなんですか?」
「いいえ。姫が
「今はお客さんじゃないみたいな言い方ですね」
「実際、お悩み相談所扱いされてるからね。というか愚痴処理場?」
かすみさんは聞き上手な雰囲気を放っている。八重城の世間話に付き合わされているかすみさんの姿が目に浮かぶ。
「八重城さんって東京の生まれじゃなかったんですね」
「ええそうよ。地方から来た子でね、今はひとり暮らし中よ」
大学に通うために上京して、そのまま就職……みたいな感じだろうか。
「とっきーちゃんこそ、姫とは仲良しさんなの?」
「いいえ、最近知り合ったばかりです」
かすみさんはふうんと言って、含みのある反応をした。なんだろう……?
「それよりも、なにか悩みがあるんじゃない、とっきーちゃん?」
「え」
「さっき難しい顔してうちの窓を眺めてたでしょ。うふふ、美人な顔が台無しよ?」
見られていたらしい。
「おねーさんでよければ話聞くよ?」
「べつにそんなんじゃ」
「言ったでしょ、お悩み相談所も兼ねてるって。あの子なんて聞いてもない愚痴ばっかり置いていくんだから。おねーさんが進んで悩みを聞いてあげるなんて滅多にないわよ?」
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