1-3 ふたりの旅立ち

 テオが去り、ひとりになったホーンは、ふと窓辺に歩み寄り、窓枠に手をかけて外を見遣った。相変わらずただ静かに、時折揺れて広がり続ける草、また草。その中を三年前に、ただひとり発って行ったヴァンのうしろ姿をホーンは思い描いた。そして多分明日、同じくあの草の中を歩くテオと自分の姿。

 “ヴァンの馬鹿野郎。”

 思うとまた猛然と腹がたってきた。

 三年前。テオの兄ヴァンは置き手紙ひとつだけ残して密かに独りこの城を出て行った。手紙もヴァンらしくごくごく短い素っ気無いもので、武者修行に出る、じきに帰る、けして後は追わないようにとだけ書いたものだった。テオはすぐに後を追うと言ったがホーンはそれを押しとどめた。彼らしくもなく“奴の好きにさせてやれ”とまで言ってどうやらテオをなだめたが、ヴァンの勝手ぶりに一番腹をたてていたのはその実その時もホーンだった。

 帰ってこない。

 やっぱり奴は帰ってこない。

 こんなことになるんじゃないかと思ってたぜ、あの阿呆。

 ふと髪を流した風がどこかひんやりと冷たくて、ホーンははっと我に帰った。こうなった以上やることの多少もある。考え事にふけるのは後回しにしたほうがいいだろう。

 ホーンはわきの机の引き出しから、紙と筆を取り出した。めずらしく小さなため息をつく。

 難しい旅になりそうだった。


 「ホーン。」

 「何だ。」

 「気のせいかさっきからいろんな人に見られてるような気がするんだけど。」

 「気のせいだろ。」

 「そうかなあ。」

 気のせいでなさそうなことはホーンもうすうす気付いていた。どうやらテオの容姿は、好もしい意味で目立つものらしく、若い娘の熱い視線を中心に、人目を惹き付け続けているようだ。とはいえそんなことをわざわざテオに言う気にもならない。しかし当のホーンの、王子様然とした見てくれがこれまた娘たちの目を引いている事実には、彼自身はやっぱり気付いていなかった。

 一方、テオの考えは違う方向にむいていた。

 「やっぱり可笑しいんじゃないかなあ。これ大きいんだよ、合ってないんだきっと。何より重いし。」

 「文句の多い奴だな。ヴァンが今のおまえより年下の頃着てたやつだぞ。ちゃんと、着られるの選んで来たじゃないか。俺にはおかしか見えないね。」

 「兄さんとじゃはなから体型が違うんだよ。だいたいどうして兄さんの服着なくちゃいけないんだ全く。」

 「今頃そんなこと言うなよ。おまえがうんと言ったんだろ。」

 「言ったけど・・やっぱり今一つ納得できない。」

 「一貫性のない奴は信用されんぞ。とにかくそれは条件だ。いやなら帰る。おまえが戻らなくても俺は帰るからな。」

 ホーンは最後通牒とばかりにそう言い切った。テオはそれでも、なんで条件なんか出されなくちゃいけないんだとかやっぱりこれは不合理だとか代替条件はないのかとかぶつぶつ言っていたが、そのうち腹をくくったのか口数も減ってきた。いざという時には重いから鎧を脱いでもいいかと言うので、いざという時に鎧が要るんだろうが、とホーンは応えた。じゃあこれから毎晩体鍛えなきゃ、とテオはつぶやいた。

 「これ着て剣を振るうのは一大事だよ。」

 「強くなれていいな。」

 「全くさ。」

 

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