ユニコーンに乗れない聖女様(笑)のお話。

青本計画

ユニコーンに乗れない女の子。

 精霊の加護を受けし勇者一行が、世界を昏き闇で覆っていた邪悪なる竜を討伐してから三ヶ月の時が経った。

 世界は徐々にかつての姿を思い出し、人々には活気と笑顔が戻り始めている。

 そして今、激闘の末に重傷を負った一行の回復を待って、国を挙げての凱旋パレードが開催される運びとなった。


 若き竜殺し ジークフリート

 救国の聖女 フェルタリア

 隼の聖騎士 フローレンス

 雲の魔術師  ノエル


 かくして四人の英雄の偉業と帰還を大いに祝して、開催地たる王国のみならず、彼らに縁ある者たちが、国・民族・人種・種族を問わず大勢集まってパレードを盛り上げようと準備会に参加、また事情があって来れぬ者は心を込めて祝福の品を贈った。


 さてここで、隣国の王。獣を愛し、獣と暮らす、獣国の王が贈った代物が問題となった。


 一角獣ユニコーン

 二角獣バイコーン


 伝説の幻獣こそパレードの乗騎として相応しいと勇者一行に善意100%で贈られたこの二頭。

 パレードではジークフリードは相棒である小さな竜、ノエルは魔術で創った雲に乗るので必然的に残った二人が乗ることになるのだが、ユニコーンにはかなりの厄介で困ったちゃんな性質があるのは有名だろう。


 オブラートに一枚も包まず、ど真ん中に160km/hのストレートを投げる様に奴を評価すれば、俗な言い方ではあるがこの一言に尽きる。


 処女厨であると。


 奴の方は清らかな乙女がどうとか御託を並べてはいるが結局はそういうことである。

 奴は処女しかその背に乗せんのである。

 奴に乗るということは「私は処女です」と公言するに等しく、乗らずとも「私は処女じゃないです」という意味になるのだ。

 つまりは生きるセクハラ行為。角を折って足を縛って崖から海に落としたい。


 まあここで? 二十八歳で大人っぽい色気のある女性ランキング一位(王国調べ)のフローレンスがユニコーンに乗れなかったとしても誰が責めよう? 誰が失望しよう?

 それどころか群衆は沸くかもしれない。

 むしろ乗れたら引く。うん。


 だが十六歳。無垢で汚れを知らぬ清純派聖女で売り出し中のフェルタリア王女がユニコーンに乗れなかったとしたら?

 彼女は云わば王国の希望の光であり偶像、アイドルである。

 アイドルにとって貞操の問題は非常に重要、実際どうかはともかくとして純潔であるという設定は何としてでも守らねばならぬものである。

 ユニコーンに乗れないなんて事実が公になればこれはもう暴動必至。王族としての面子は丸潰れ。今来ている縁談は全て破棄されることだろう。

 捨て猫を拾う不良のパターンとは逆で、好感度の高いものがちょっとイメージに反する行為をするだけで世間というのは驚くほど簡単に手のひらを返すもの。

 どれほど陰で叩かれるか想像に難くない。


 ここでもし、そのフェルタリアの相手がジークフリードだったとしたら。数々の苦難を共に超えて芽生えた淡い慕情の果てだったとしたら。

 勇者と王女の身分を超えた恋物語としてロマンチックを愛するパイセン諸氏からの擁護が出てくるかもしれない。



 でも特にそういう訳ではないんだなそれが。



 目を見て五秒でフォーリンラブからのワンナイトフィーバーです。

 それを週一でやってました。



 でもさ、でもですよ?

 だってそりゃあ生まれてずっと籠の中にいた鳥が自由を得て大空に飛び立ったとしたら、それはもう楽しくてしょうがないじゃあないですか。

 常時スーパーハイテンションからの毎日がお客様感謝デー、本日もいらっしゃいませー。

 みたいになるのも致し方無いことではないだろうか。

 え、ならない? 本当に? なんで?(曇りなき眼)


 話を戻してとにかくフェルタリア王女がユニコーンに乗れないことがバレたら不味い。


 でも、じゃあバイコーンに乗れば? という話にもならんのですよ。

 だってあいつは、


 処女が嫌いだから……。


 乗れた時点で非処女とバレる。

 なんだその厄介な性癖は。NTR願望でもあるのか気色悪い。お前ら幻獣じゃないよ厄介な性癖持ったただの暴れ馬だよ。生コンクリートでも呑ましてやりたい。

 本当嫌い。


 もうやだ、もっとこうペガサスとか麒麟とかが良かった。


 もうちょっと獣王さんにはプライバシーに配慮した贈り物をしてほしいよね、ワンチャン奴の所業を国際裁判所にセクハラで訴えることも視野に入れなければならない。たぶん死刑になると思います。


 ああ、どうしよう。

 殺すか……?

 殺すか。

 よしそうしよう。

 とりあえず飼葉に毒でも。


「何をやっているのですか、聖女様」

「ぴえっ!?」


 なんてことを考えていたら突然、後ろから声が掛かった。


「ふ、フローレンス! なぜここに!?」

「パレードのことで相談があるからとこの時間に約束したではないですか……ノックしても全然反応もないですし……」

「あはは……そうでしたね……」


 完全に忘れていた。だって今忙しいだもん。

 何を隠そう私がフェルタリアだからね!

 え、知ってた? なんで? きっしょ。


「そ、それにしてもフローレンスから相談なんて珍しいですね、何かあったんですか?」


 さてさて気を取り直していかなければならない。

 私の秘密を知っているのは全国各地の一夜の恋人たちを除けば、一度夜這ったことのある勇者だけ、あとの面々は私の熟練の猫かぶりスキルによって私のことを本物の清らかな聖女だと思っている。

 今更その嘘の仮面を見破られるわけにはいかない。


「それが……その……」

「? どうしたのですか?」

「パレードの乗騎のことですが……」

「えっ」


 一瞬で喉が詰まる。

 深刻そうなフローレンスの表情。

 え、なに? バレた? 嘘でしょ?

 嘘だと言ってよフローレンス。


「私はバイコーンに乗れないのです!」

「…………はい?」


 衝撃の新事実。

 バイコーンに乗れない。つまり処女。

 つまりフローレンスは二十八歳独身彼氏いない暦=年齢の処女。

 色気のある大人の女性ランキング一位のフローレンスさんは純潔の白百合。

 くwそwわwろwたw


「え、なにフローレンス処女なの? ウケるんですけどー!」

「え?」

「あ」


 つい、口に、出ちゃったよ。

 そんで、その後はもう酷かった。




 ===




「そりゃあ、あなたは明日にでもサタデーナイトフィーバーからの適当な男とワンナイトラブでもすれば解決でしょうけど……」

「そ、そんなことしませんよ!」

「私はもうどうしようもないの! 失った過去は取り戻せないの! 若さゆえの過ちは認めざるを得ないの! 左回りの時計なんて私は持ってないのよ!」

「かっこよく言ってもただのビッチじゃないですか!」

「はぁー!? 言うに事欠いて聖女に対してビッチなんて言って良いことと悪いことがあるでしょうがこの売れ残り!」

「はぁ!? 私は売れ残ってなんかいませんー! 未来の旦那様から予約されてるだけなんですー! あなた様なんて聖女どころか性女じゃないですか!」

「どこがよ!? 地位・名誉・名声・実績・血統・容姿・能力・声! どこをとっても聖女じゃない!」

「人格! 人格大事!」

「性が絡まなければ百点満点花丸優等生よ! ちょっと猫かぶってるだけでしょ!」

「とんだ化け猫ですけどね!」

「あんただって恋愛経験豊富な大人の女のフリしてるけど二十八歳独身メルヘンチック処女じゃない! ずいぶんでかい猫ちゃんですこと!」

「白馬の王子を夢見ることの何が悪いのですか! 全世界の女の子の夢ですよ!?」

「年を数えて鏡を見ろ! さてはツッコミ待ちねあんた!」

「心は少女!」

「体はアラサー!」

「…………………」

「愛に餓えた厄介なアラサー女に白馬の王子様なんて向こうからノコノコとやってくる訳ないじゃん! 飛んで火にいる夏の虫よそんなの! 目を覚まして! 現実から目を背けるな!」

「わ、私だって好きな人ぐらい……ただちょっと勇気が出なくて……」

「ぷっ……十六歳少年勇者様ガチ恋勢は言う事が違いますねー?(笑) どうせあんたは保護者ポジよ諦めなさい」

「なっ……なんで知って……?」

「バレてないとでも思ったかこの激重女! 一年以上一緒に旅したのよ、あんたがバレてないと思ってることはだいたいバレてるのよ! ちょっと痛いからみんな目を逸らしてるだけ!」

「なっ、なんてことだぁ……なんてことだぁ……」

「あとごめーん♪ 私、旅の途中で勇者様襲っちゃった♡ キャハ☆」

「う、うわーん!! うわーーーーん!!!」

「ちょ、物投げないでよ! いたっ! 痛い! や、やめなさいよ筋力おばけ! こちとら後衛職なのよ! いた、痛い、本当に痛い! やめっ、痛い! やっ、やめろぉおおおおお!」




 ===




 なんてことがあった。

 言い争った後にやがて冷静になった私たちは、まずは目先の問題を解決することが重要であるという結論に至った。

 つまりは、ユニコーン(バイコーン)乗れない問題である。

 このままでは、私がバイコーンに、フローレンスがユニコーンに乗るという一周回ってギャグみたいな展開になってしまう。


「バイコーンの角を一本折って白く塗ればいいんじゃない? ユニコーンはその逆」


 名案と思ったが、それはすぐさまフローレンスに却下される。


「駄目です、パレードには獣王も参加するんですからバレるに決まってます」

「むぅ……」


 ちなみにお互いあのセクハラ駄馬の安否など心底どうでもいいという気持ちは一致している。


「じゃあやっぱりあの駄馬には体調不良になってもらうしか……」

「あれでも国家の友好の証ですよ? 邪竜討伐で盟をを結んだとはいえ、獣国との関係性は古来より微妙なのですからあまり亀裂を生むようなことは避けるべきかと」

「めんどくさ!」


 本当にめんどくさい。

 私が聖女であり、王女である以上は政治とは切っても切れない関係なのは理解しているが、それはそれとしてめんどくさい。

 なにがめんどくさいって、最高にめんどくさいよね。

 ああ、めんどくさい。


「そりゃあ清純派聖女様が実は性女様でしたーって誰も思わないでしょうけど、もしかしたら旅の途中で口にできないような悍ましい事件があった可能性もあるわけじゃない? なかったけど。もっと想像力を働かせてほしいわよねー」


 幸い、そういうこととはとんと無縁な無双街道まっしぐらな旅路だったわけだが、そういう出来事の例はいくらでもあるもの。

 女性に対するデリカシーってものが足りないのだ、私が言うのもなんだが。


「はぁ……フローレンスはいいわよね……」

「なにがです?」

「だって夜の街でカモンベイビーするだけで事足りるでしょ?」

「だからしないって言ってるじゃないですか!」

「最悪初めての相手が棒になるだけだし?」

「……いい加減潰しますよ?」

「ジョーク! ジョークだから! ごめんて!」


 敵に向ける本物の殺気を感じて平身低頭で謝る。

 筋力Aを怒らせたら怖いのはさっきで身に染みた。だって私は耐久E。


「でも実際にフローレンスなら相手なんて選び放題でしょ? 顔も良い、スタイルも良い、仕事もできて、人望もある。むしろなんで相手がいないの?」


 フローレンスは女の私から見ても優良物件だ。この年でおぼこなのも別に滅茶苦茶意外なだけでそれほど減点にはなるまい。ぶっちゃけ私みたいなのよりはマシ。


「それは……その……」


 頬を赤らめ、唇を尖らせ、両手の人差し指を合わせてもじもじするな。

 合わないから。年齢もそうだけど顔の造形と体格・服装からして違和感がある。


「はぁー、そんなに勇者様が好きならさっさと告白でも何でもすりゃいいじゃない。憲兵にしょっ引かれても知らんけど」

「だって……」

「だってもへったくれもないの! 動け尻重女!」


 恋愛なんて行動あるのみ。

 年齢差が法律に引っかかるわけでもない。この国では十八歳未満の風俗業への従事は認められていないのでまー職務質問ぐらいは受けるかもね。


「だってジークくんは聖女様が好きじゃないですか! こんな性女なのに!」


 しばしの静寂。そして──


「…………………はぁ!?」



 どこからそのような世迷い言が出てきたんだこの素っ頓狂は。

 いや、確かに夜這ったよ? 襲ったよ? でも断られたんだなこれが。


「さっき襲ったって言ったじゃないですか!」

「断られたけどね」

「いっつも聖女様のことチラチラ見てますし!」

「そりゃ思春期だもん、告白された子が気になってもしょうがないでしょ。私の服露出多いし」

「好きな人がいるって言ってましたし!」

「まあ私じゃねーべや」

「あるぇ?」

「うじうじと動かない理由ばっか考えてんじゃないわよ!」

「…………………」


 はてさて実を言うとフローレンスにはかなりの勝算がある。勇者は故郷に幼馴染を残してる訳でもなければ、旅の途中で可愛い女の子とそういう雰囲気になったこともない。

 身近な女性というと私かフローレンスになるわけで、私が駄目となると年頃の彼なら、(実際の中身はともかく)綺麗な大人のお姉さんに惚れてしまってもおかしくない。


「でも冷静に考えて手の届く距離にいる十六歳の少年にガチ恋してるアラサー女子ってどうです?」

「めんどくさ! はよ行け!」


 書店に行けばいくらでもあるよそんな恋愛小説。

 しかしそう言ってもフローレンスは動こうとしない。根本的に臆病なのだ、戦場では真っ先に飛び出してみんなの盾となるくせに、心が傷つくことを殊更に恐れる。

 年を考えれば立場が逆なのが普通だろうにと、ちょっと笑ってしまう。


 あれ。


 ──少し待とう。

 もし、ここでフローレンスが勇者様に告白して、万が一にも結ばれたとする。

 すると思春期真っ盛りの少年と愛に餓えたメルヘン女のカップルが完成するわけで、早晩ファイト一発からのハッスルハッスルな展開になるのは自明の理。

 そんなことになってしまったらフローレンスはなんの憂いもなくバイコーンに乗ってパレードに臨むことになり、私は大衆の面前で一人ユニコーンから落馬する姿を晒すことになる。


 ふむ。


「話を戻しましょう、ユニコーンとバイコーンをどうするかです」


 にっこりと笑う。


「え? あ、はい……」


 抜け駆けはだめ。

 我ら生まれたときは違えど死す時は同じ!


「やっぱりね──」

「あのー……」

 

 ふと、横から声がかけられた。


「ゆ、勇者様?」

「ど、どうしてここに?」


 そこには気まずそうな顔で勇者ことジークフリードが立っていた。


「パレードのことでフローレンスさんに相談があると言っていたのに、お部屋を伺っても留守で……そしたらメイドの方から聖女様のところにいらっしゃると聞いて……」


 しどろもどろに勇者様が言う。

 相手が約束すっぽかしても、善意で相談を受けてもらう側にとってはどうにも責められないもの。


「あ……あはは、すまない、忘れていた」


 しまった、と描いてある顔でフローレンスが言う。

 私も忘れてたけどフローレンスもフローレンスで用事を忘れていたようだ。


「ノックはしたんですけど……声はすれども返事が無くて……」


 申し訳なさそうにしてたのはそれが原因だったらしい。


「お気になさらず。こちらも気づかずに申し訳ありません」


 聞こえてた? 聞こえてないよね? フローレンス憤死ものだよ。

 一応この部屋は馬鹿みたいな大声でもない限り音が漏れないようにはなっているんだけど。


「すみませんフェルタリア様、お話はまた後日……」

「いえ、フローレンスさん。僕の話はすぐに済むので大丈夫です」


 そう言って勇者は突然フローレンスの手を取った。

 私の目の前で。


「え、ジークくん、なにを……?」

「ぱ、パレードの時……ぼ、僕と一緒に、僕の竜にの、乗ってくれませんか?」

「えぇ!?」


 はー、なるほどね?

 顔を真っ赤にして声を震わせる少年と、困惑しながら予見されるこの後の展開に期待を膨らませ照れるお姉さん。

 この先の展開、理解した。


「返事は後で構いません、そ、それでは!」

「ジークくん!」


 さすがにこの場でその先を言うのは憚られたのか。単にこの期に及んでビビったのかはわからないが、勇者はそれだけを言うと部屋を出て駆け出して行った。


「追えば?」


 私はめんどくさくなってそれだけ言った。

 けっ。




 ===




 私は一人でユニコーンのいる厩舎へと向かう。

 そこには、出会った当時と変わらず汚いものでも見るような瞳のユニコーンがいて、さっさと出ていけと言わんばかりに嘶いた。


「そうね、最初からこうすればよかったんだ……」


 どうして駄馬一頭ごときに私が左右されなければいけない。

 私は世界を救った勇者一行。光の聖女だ。


「選択権があるのはお前じゃない」


 私は、鞭を片手にユニコーンへと近づく。

 そして──


「どっちが上か、わからせてやりましょう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ユニコーンに乗れない聖女様(笑)のお話。 青本計画 @Aohonkeikaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ