下
《玩具王国の盛衰》
祐稀は言った通り遠くで待っていた。
「ごめん。ちょっと友達と会話してた」
「ううん。気にしてないから早く行こう」
「うん」
やはり祐稀は優しい。それが何か申し訳ない気持ちになった。僕はすぐにトイレに行ってこっそり水筒を取り出し2つ目のランドセンを飲んだ。僕たちは前の街と同じように買い物をして、そのときに誰に渡すのか渡せるのかもわからないお土産を買った。僕はそのとき立ち寄った小さなお店でよく分からないご当地キャラのストラップを買った。
その後はあまり移動しなかったので、元のホテルに戻ってきた。2人とも疲れていたので、早めに夕食をとって風呂に入り寝た。またしても眠れない僕は、これからのことを考えていた。あと何日耐えられるだろうかと考えると多くとも1週間だろうと思った。もっと早く警察に見つかる可能性もあるが。朝、サイレンの音で目が覚めた。
―10月3日―
外を見る。パトカーだった。僕たちを発見しにきたとみて間違いなかった。僕たちにどうするかと考える暇はなかった。ひとまず僕はコートを着てリュックを背負い、作戦を祐稀に伝えた。祐稀はひどく怯えていた。僕は耳栓を祐稀に手渡し、彼女とともに外へ出ていった。警察官は2人いた。
「ちょっと君たち、話を聞かせて貰おうか」
「ええ、いいですよ」
と僕は言うと同時にコートに隠していたピストルを2人の警察官の間の耳元に向けて撃った。そしてその隙に祐稀の手を取り急いで走った。
「銃なんてどこで手に入れたの?」
今のを見てもっと怯えたように祐稀は聞いた。
「あれは本物の銃じゃない。運動会のときに使うやつだ。そんなことより急いで」
と言い、僕はもっと強く祐稀の手を引っ張った。そして追いついてきた警察官にコーラを思いっきり振ってキャップを警察官に向けて開けた。コーラが警察官に噴射された。
「やった!見様見真似でやったらできた!」
と笑顔で僕は言った。僕は昔マンガでコーラを思いっきりぶん投げているのを見たことがあったのだ。祐稀はそんな僕の様子を見て苦笑したが。我に返った僕は少し恥ずかしくなったが何とか逃げ切れた。警察官をまいたとはいえ確実にピンチな状態であるというのに、僕は逃げ出せたことが嬉しく、しばらく笑っていた。祐稀は安心したような、呆れたような表情で
「結局あのピストルどこから入手したの?」
と聞いてきた。
「体育倉庫に入っていたのを盗み出した。まあ罪を犯したことに変わりはないけど。窃盗、暴行あたりだろうか。あとコーラのペットボトルをポイ捨てしたことになる。殺人よりはよっぽどマシだけどね」
と僕も落ち着いて答えた。それを聞いた祐稀が突然、
「君って本当は無邪気だよね」
と言った。
「無邪気」と唐突に言われて戸惑った僕は
「あっ・・・ありがとう・・・?」
とだけ言った。なんだかまた恥ずかしくなってしまった。
「とりあえず…朝食にするか」
といい、祐稀はその慌てた様子を見てニヤッと笑い、
「うん、そうしよう」
と言い、僕の頬にキスをした。祐稀には敵わないなと思うことが何度もあった。今思えばただいつもはスカしたように、ニヒリストを気取ったように生きていただけで、本当は確かに祐稀の言う「無邪気」なのかもしれない。わざわざ銃もナイフでもない殺傷能力の無い武器で抵抗していたのは、僕が持つ僅かな優しさだったのだが、それが子どもらしく見えたのかも知れないが。
―10月4日―
僕たちは一般的に見て無駄だが楽しい時間を過ごしていた。
「やったー私の勝ち!」
「うわ〜祐稀パズル強いな」
ゲームをしてお菓子を食べながら喋っていた。やっぱり修学旅行みたいだな(ゲームは禁止だが)と納得する日々だった一方そんな日々も長くは続かないと感じていた。ホテルは別のところに変えていたがすぐに見つかるだろうと分かっている。その上もう少しで僕のお金は尽きる。祐稀も大した量のお金は持っておらず警察が来なくても数日でゲームオーバーだと感じていた。だから僕たちは今度は正面から戦うと決意していた。
そんなことを考えていると祐稀は何か思いついたように言った。
「そうだ!Toutubeにゲーム実況でもあげようよ」
「・・・え?」
いきなり何を言い出すのかと思いながら聞いたが祐稀は思ったより本気らしい。(そういえば僕も昔は何か投稿したような・・・)という曖昧な記憶が蘇り、やってみたくなった。こうしてよく仕組みも分からず機材もなく顔出し無しの配信が始まった。
―数分後―
どうやって調べたのだろう。僕たちがニュースにの人であることが分かっているようだった。コメントに色々書かれたが面倒なので無視してただ僕たちがゲームをしたり他愛もない話を喋りながら菓子を食べていたり歌ってみた的なことをしたりした後、ちょっと改まって(でもお菓子を食べながら)僕は言った。
「何犯罪者がイキってるんだと思うかも知れませんが、私にとって今がやっと得られた安寧なんですよ。別に何も今までの生活がどうだったとかありません。大抵の人間は事件を起こす人間を悪や異常な人間とします。いじめられていたとか不登校だったとかつまらない理由をつけて自らと切り離します。でも私はそういったことじゃないんですよ・・・なんというか、夢をみたいというか、妄言を言いたいというか・・ほら、今って夢をみることの方が夢を諦めることより難しいと思うんですよ。この動画みたいに、適当なことをして、適当な自分語りをして、妄言と詭弁と屁理屈を残す。そんな日々でした。今もそうかも知れません。しかし今こそが僕の思う安寧です。僕は本当にくだらない人間です。でも昔は死にたいなんて平気で言えましたが今は言えません。とにかく皆さん聞いてくれてありがとうございました」
祐稀が驚いたようにこちらをみる。その表情で我に返った。祐稀にはこのような話をしていなかった。特に
「昔は死にたいなんて平気で言えましたが」
という部分は、かえってそれほど酷い仕打ちがあったように思わせたかもしれない。と感じて素早く配信を終了した。トイレでランドセンを飲みながら、我ながら何故わざわざネット配信であんなことを言ったのだろうとすこし後悔した。どうせ何を言っても聞きやしないのに。やはり僕は強者になりたかったのか。そう思うと少し吐き気を感じた。
―10月5日―
(たしか昨日祐稀にベッドで襲われてから寝たような・・・)
などと朝起きて記憶を辿っていると、配信のことを思い出した。思ったより多くの人が配信を見ていたようで、単位が万をいっていることに驚いた。まああんなことを言っても結局ネット上にほとんど僕の意図を汲み取っているコメントはなかった。
祐稀もやがて起きてきた。2人とも起きてくるのが遅く、朝食をとって適当に過ごしているとすぐに昼になった。
「~~~♪」
「祐稀鼻歌上手いな」
「全く褒められてる気がしない・・・」
「というか可愛い」
「!?・・・あ、あー声がね」
「いや、声も歌ってる姿も」
「え、あ、ああ・・・」
祐稀の反応が可愛くてもっと聴きたくなったのと暇だったのでカラオケに行った。ただひたすらに楽しかった。2人で笑い合いながら店を出ると、すでに日が落ちていた。手を繋ぎながら僕らは街を歩き、ゆっくりとホテルへと戻った。
―10月6日―
またしてもサイレンの音で目が覚めた。前より人数が多かった。なので僕は思いつきで籠城戦を試みた。昔三国志などの歴史漫画でよく見た事がある。「無邪気」な僕はそれを試したくなった。そもそも僕は凶器は持っていないのだが、人質は祐稀ということにした。それで時間を稼いでいる間に武器を整えた。僕はランドリーパイプ、祐稀は輪ゴム鉄砲とタバスコを入れた水鉄砲 (どちらも僕が持ってきた)を武器とした。1時間後、僕たちはドアを開けて突撃した。ひたすらに武器を振り回したが僕たちの目的は決して警察を殺すことではなく、1秒でも長く抵抗することだった。その計画はうまく進もうとしていた。僕たちは今度はまたドアを閉めて今度は自分たち自身を人質にした。そのときはうまくできて、足止めは長く続いた。
僕を見た祐稀は不意に、
「ものすごく汗かいてるけど大丈夫?」
と言った。
「ああ、心配ない」
と僕は答えた。
僕のその声も、その体も、すべてが震えていた。
「気づいたときには病室にいた。夜に寝た記憶もなかった。そのときに看護師に言われてはじめて気がついた」
息を吸い込んで青年は言った。
「僕は倒れていて、祐稀が自ら警察に助けを求めたそうだ。僕は周りの状況が見えてなかった」
そう言うと、青年は立ち上がった。
「僕のことはすべて話しました。祐稀はどこにいるんでしょう?」
急に敬語を使った。と思ったが俺は答えた。
「彼女は別の部屋にいるよ」
言い終える前に青年は言った。
「会わせてください」
どうやらその答え自体は知っていて確認したかったらしい。
「いや、それはできるか分からない・・・俺にそれを許す権利はない・・・」
「では、これはどなたにお願いすれば?」
青年の声が大きくなった。彼は願いが叶わないことも考慮して手元の紙や封筒を用意していたようだ。それを俺に手渡し、深く頭を下げた。
《灰の翡翠》
今、僕の隣には祐稀がいる。学校は辞めた。ネット上には相変わらず僕たちに対する誹謗中傷が飛び交っている。僕たちはそれぞれがあの日屋上にいた理由を知らない。本音をすべて言える訳でもない。
それなのにどうしてこんなにも穏やかで幸せな気持ちなのだろう。そんなことを考えていると、寝落ちした祐稀の頭が僕の肩に当たった。とても幸せそうに眠っている。少しずつ涼しくなってきて気持ちがいいのだろう。1年前のバスの中での祐稀と今の祐稀が重なる。
「人間なんてそんなに変わんないよな」
と小さく呟いた。
ㅤ僕は祐稀に嘘をついた言い訳を色々と考えた。
結局分かっていたのだ。どこにも桃源郷なんてのは存在しないと。僕も祐稀も。それでも僕は自分の夢におまえを巻き込んだ。
夢を見させてあげたい。それが僕の夢だろうか。絶望を見させないようにしたい。それがたとえバレバレの嘘だったとしても。なぜか母性にも似た感情が僕を支配した。その感情はただ僕と祐稀の境遇を併せただけの同情だろうか。それとも恋情だろうか。ただ愛していたくて愛されていたかった。
相変わらず僕はつまらない人間だ。これからもそのようになってしまうかもしれない。でもきっと祐稀とならまた笑える思い出になると思う。
パトカーのサイレンが鳴り響く中で君は倒れていた。苦肉の策だった。私は君が運ばれる様子を静かに見守った。その後事情聴取が始まり、私は迷ったが、そのときに君の顔が浮かび、
「取り調べでは俺が喋る。基本は何も言わなくていい」
と言われていたことを思い出した。だから私は
「回復次第彼の口から説明がされるでしょう。私は何も話しません」
と言った。その数日後に、君から手紙と封筒が届いた。急いで手紙と封筒を開いた。中に入っていたスケッチブックをめくるたび、私たちの写真が出てきた。2人とも全力の笑顔だった。最後のページの写真では私は微笑だったが、君は満面の笑みだった。
元々街を抜け出した理由はなんだったっけ?もうそれに関しては憶えていない。今考えれば私はただこれ以上周りを嫌いたくも嫌われたくもなく、これ以上黒い歴史を作りたくなくて、自分が他人を嫌いなフリをしていただけなのかも知れない。「弱者」になることを自ら望んで、ただただこの街や人を嫌っていたんだろう。
今思えば君はどんな憂鬱さえも笑って飲み込んでいた。私が絶望することを阻止するように。でも、もう大丈夫。ありがとう。
君と私は対等に愛し合える。そして私は君に恋し続けている。
《微睡み》
病んだままでも構わない。このまま歩いていく。2人で。強く生きる必要もない。手加減して生きる必要もない。でも2人で喧嘩し合えるくらい対等に、お互いを助け合えるぐらい優しく。
恋情と癲癇 四方縋 吟 @Negitokun
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