恋情と癲癇

四方縋 吟

-速報-

昨夜逮捕された容疑者の青年 (17)への取り調べがはじまりました。

―容疑者の青年―

「今から僕は今までのことをすべて話す。笑わないで聞いてほしい」












《虚勢》

―9月15日―

あの日のことはよく憶えている。よく晴れた日だった。僕は彼女の後をつけて屋上へ上がった。もうすぐ授業がはじまるというのに階段を上り終えると彼女がいた。そして飛び降りるのを躊躇っていた彼女に僕はこう言った。

「自殺したらみんなが自分のことを見てくれるとか誉れ高い死にすることができるとか思っているのか?」

僕は嘲笑を浮かべた。確かに死んでも何も変わらないのは事実だ。間違ったことは何も言っていないと自分に言い聞かせた。彼女はその声に振り向き、驚くとともに怒りながら無言で殴りかかってきた。僕はその拳を避け素早く反撃すると同時に、

「本当に死にたいなら俺に構わず飛び降りるはずだけどな」

と言った。もう一度嘲笑した。先程よりうまくできたつもりだった。本当は怖くて仕方ないのに。

だが覚悟を決め、ゆっくり立ち上がる彼女に

「この街から逃げ出さないか」

と半分ぐらい真面目な顔で言った。彼女はしばらくあっけにとられていたがやがて頷いた。彼女は泣いていないし手は震えていなかった。僕は震えながら微笑した。彼女は僕よりよっぽど強かった。

彼女の名は祐稀といった。本人曰く、本来祐希のはずだが類稀な子になるようにとつけられた名前らしい。

「いい迷惑だよ」

と本人は言っていた。僕はいい名前だと思ったのだが。

祐稀は思いの外よく喋った。

「それでそのとき私は初めてカラオケ行ったんだ」

「へー、俺は行ったことない」

「またいつか行きたいなー」

祐稀はよく友達のこと、勉強のこと、好きなことなどを話した。その話はどれも僕にとって面白かった。いや、話が面白いというよりは話している時間が大好きだった。それらの話の中で先の脱出計画の話もした。やがて話がまとまり、実行の日も決まった。そのとき僕は楽しくて、16年しか生きていないのに無邪気な子どもの頃に戻ったような気分になっていた。あの頃は楽しかったのか。・・・今はどうなんだろうと。楽しくなればなるほど哀しくなるのは何故なんだろう。

実行の日まで、僕と祐稀は学校でも帰り道でもずっと一緒にいた。学校では付き合っていると噂されたが、正直そんなのはどうでもよかった。実際僕は祐稀が好きだったが、そのように噂されるのはあまり気持ちの良いものではなかったのだ。僕と違って祐稀は頬を赤くして

「ううん・・・違うよ・・・」

と答えていたのが可愛らしく、そしてその反応は僕にとってその噂よりもとても気になった。事実僕たちの関係を言葉にするのは難しかったが。そんな日々を過ごしている間に、風が少しずつ冷たくなり、実行の日が来た。

―9月30日―

僕は夜中にTシャツとズボンとパーカーに着替えて大きなリュックを持って家をでた。リュックにありったけのお菓子やおもちゃやゲームなどを無理やり詰め込んで。その後祐稀と合流し、夜行バスに乗り込んだ。その中で僕たちはお菓子を食べ、カードゲームをして、他愛のない話をした。

「なんだか修学旅行みたいだね」

と祐稀は笑った。

「そうだね」

やがて眠たくなった祐稀は寝た。首元のマフラーはしっかりと結ばれている。彼女は祈るように、優しい表情で眠っていた。僕は彼女のマフラーを少し緩め、その幸せそうな表情を見て小さく「おやすみ」

と言って目を閉じた。しかししばらく眠れなかった。そしてもう一度その顔が見たくなり、目を開けた。この行動を僕はこの夜何度も繰り返してしまった。寒さもあり、僕は少し震えていた。

バスがトンネルを抜けると、そこは違う街だった。もうすでに朝日は昇っていた。自分たちの街を抜ける瞬間を見ていなかったことを後悔したが、祐稀はもう起きていた。

「おはよう!」

「おはよう・・・」

祐稀は嬉しそうに笑い、無邪気に窓に張り付くように外を眺めていた。乗客は寝ている人が多いので、僕は祐稀に静かに

「楽しそうだね」

と言った。

「そりゃそうだよ」

祐稀は頷き、食事をとりはじめた。とても美味しそうに食べるなと感じた。出会ったときには想像できないほどの笑顔だった。その顔を見て、僕は勇気を出して祐稀に聞いてみた。

「僕たちが脱出を決めた日、なんで祐稀はあの場所にいたんだ?」

祐稀は頬に米粒を付けたままこちらに振り向き、しばらく沈黙が続いた。

「・・・」

僕は祐稀の表情をうかがいながら回答を待った。祐稀が口を開いた。

「あの日言われた通りだよ。私が死ぬことで何か変わると期待してた」

「それは具体的に言うと?」

「うーん・・・具体的に理由があるって訳ではないんだけど・・・病んでたのかな?」

「ふーん・・・そうか・・・」

祐稀に少し誤魔化されたような気もしたが、これ以上問わないようにした。

すると祐稀は何かに気づいたような表情をして僕に言った。

「なんで君はあのときあの場所にいたの?」

またしばらく沈黙が続いた。

「あの日たまたま屋上で昼食を食べる予定だった」

ではなぜあのような提案を僕がしたのだろうかと、祐稀は納得いかなかっただろう。しかもそのときは弁当も何も持っていなかった。バレバレの嘘だった。でも祐稀は

「あのときのパンチは痛かったよ」

と笑っただけだった。本当は理由を聞きたかっただろうに。僕はそれをいい事に苦笑し、祐稀がまた窓の外を眺めだすとこっそりランドセンを飲んだ。僕の全身が震えていた。しばらくして僕はまた眠った。今思うとランドセンの副作用だったのだろう。



「本当の僕があの場所にいた理由は僕は死のうとしたことがあったからだ。祐稀と出会ったときの1ヶ月前、あの場所で。でも、そのときは死ぬ勇気すら出なかった。それであの場所が普段入る人がいないことを知っていたし、祐稀がいじめられていたこと、そして何度かあの場所に来て何度か空を見上げていたことも知っていた。僕はその場所に来る度に下を見下ろしていたのに。僕は祐稀に確かめたかったのだ。僕たちがなぜ嘘をついてしまったのか。今ならなんとなく分かる。このときはまだ覚悟が足りなかった。すべてお互い話すべきであったのに。でも、その覚悟のなさから死ねなかったという事実も生まれているのだ。今は僕のあのときの判断が正しかったと思っている。でも祐稀、僕は未だに分からないことがある。なぜあのときですら祐稀は泣いていなかった?どうしたらそんなに強くいられるんだ?」

青年はそう手元の紙に書いた。

少女と青年は厚い灰色の壁で隔てられている。

「まだ騙していた、いや騙しているなんて馬鹿らしいよな」

鉛筆を机に置き、気だるそうに容疑者の青年は話を続けた。



《スウィートルーム》

やがて僕たちはバスを降りて街を歩きだした。スマホを見る。情報が伝わるのは速いもので、僕たちがいなくなったことはすでにネットでニュースになっていた。

「なんか駆け落ちみたいだね」

祐稀は悪戯みたいに笑った。僕は微笑で返した。僕たちの街は田舎ではないが、都会でもない。その街は僕たちにとっては東京のようだった。

「何しようか」

「とりあえず買い物したいな」

「じゃああの建物に行くか」

「うん」

帽子を深く被り、パーカーを着て街を歩きだした。まだ朝方であったが開いている店は多く、僕ははじめて高校生らしい外出のようなことをしたと感じた。大したことはしなかったのだが、久しぶりに楽しかった。

ありきたりな幸せを再確認した体験だった。いつからこんな時間が失われていたのだろう。

買い物後、僕たちはできるだけ僕らの街から離れようと東への移動を続けた。

「疲れた〜」

「そろそろ宿かホテル探すか」

スマホで地図を開いたが、まわりにあまり宿やホテルがない。あっても宿泊代が高い。どうしようかと考えていると、祐稀が

「ここどう?」

と勧めてきた。宿泊代は安いし、そこから近い場所にあった。しかし気になったのは、そこがラブホテルだということだ。そんなことを考えているのが分かったのか、祐稀が悪戯のように笑って

「ダメだった?」

と言ってきた。

「・・・」

そうなるとなんだか悔しくなってそのホテルに決めた。僕がこうなることを祐稀に見透かされていたのかもしれない。結果から言うと、僕は祐稀を抱いた。当然二人とも同意していたし避妊はしていたが。

僕は祐稀にキスして、おやすみと言って目を閉じたが、この日もやはり眠れなかった。僕にとってはじめての経験があまりにも多すぎた。思い返して鼓動が速くなってきてはじめて夜の分の錠剤を飲むのを忘れていたことに気がつき、蛇口の水で薬を服用した。なぜか薬に少し甘い味がついていたように感じた。何だかその薬が媚薬のようにも思えてきていた。



「―10月2日―よく分からない夢を見て朝とても早く起き、決して甘くない錠剤を飲むと、一度外にでて昨日に撮った写真をプリントした。そして買ったスケッチブックにその写真を貼っていった」そう言うと青年は警察に許可を得て、例のスケッチブックを封筒の中に入れた。封筒の裏には、笑顔の2人の写真とともに

「祐稀へ ありがとう」

と手書きで書いてあった。青年は大きく伸びをして、また続きを話しだした。



《夢》

しばらくすると眠たそうな眼をこすりながら祐稀が起きてきた。寝顔も寝起きも可愛かった。

「おはよう」

「おはよう・・・今は何時?」

「9時30分だよ」

「あー寝すぎた・・・起こしてくれてよかったのに・・・」

「別に気にしなくていいよ。別に自分もさっき起きたところだし」

僕は外に出かける時間があるくらい早くから起きていたのに、「さっき」起きたと言ってしまった。でもまだ僕は(着替え直して)パジャマだったし祐稀は疑わなかった。祐稀に近づこうと僕はゆっくりベッドに腰を下ろした。すると祐稀が僕の背中に抱きついた。僕はまだ恥ずかしかったが、祐稀がこうして僕に抱きつくことはこの後も何度かあった。そのままの体勢で祐稀が喋りはじめた。

「今日、どうする?」

「これ以上東に行く必要もないしこの辺りの街を観光する?」

「いいね。昨日ここに着いたときにはもう夜だったし」

祐稀は目を輝かせていた。そうして僕たちは朝食をとり、服を着替えて外に出た。未だに祐稀は僕が飲んでいる錠剤の存在について知らなかった。未だに僕は隠していた。僕も祐稀も、それぞれのことを一から十まで聞こうとはしなかった。それでよかった。

外は少し寒く、乾燥していた。どうやらこの街の近くには沢山の歴史的遺産があるらしい。この街は観光で栄えていた。でもその割に朝方なのもあって街にはシャッターが閉まっている店も多かったので、僕たちはゆっくり店を探して歩いていた。

「寒いね」

「そうだね」

携帯が鳴った。親からは必ず何かメッセージが来るだろうと思い親からの電話やメールの通知は切っていた。

「なんだろう」

それは僕の(中学生時代の)数少ない友人からだった。僕に

「ニュースになってるが大丈夫か、深いことは聞かないが」

と言ってきた。

「僕は大丈夫だ。こちらは心配しなくていい」

「そんなこと言っても警察から逃げる気か?」

僕は祐稀を遠くで待っているように言った。

「逃げ切れないことくらいわかってる。いずれ金も尽きるだろう。でもその上で逃げ出したいと思ったんだ。どんな状況になろうと最後の最後まで食らいつくつもりだ。僕の夢みたいなものだ。お前に悪影響は与えるつもりはない。悪いが分かったら邪魔はしないでくれ」

「うん・・・わかったよ」

「じゃあな、またいつかどこかで会おう、バイバイ」

「うん・・・」

祐稀に聞いて欲しくないし逆探知的なことで居場所がバレる可能性があったので、申し訳ないと感じつつも早めに電話を切った。僕は夢を見ていたのだ。淡い色の白昼夢だ。悪夢かいい夢かどうかは今となっても分からない。



 「あのときはごめん。自分の事情ですぐに電話を切ってしまった。そしてありがとう。あのとき何を言うでもなく心配してくれたのが嬉しかった。ここから出たらまた前みたいに遊びたいな。また面会にでも来てくれたら嬉しい。また他愛もない話をしよう」と先程とは別の紙に青年は書いた。これも警察に許可を得て、謎のストラップをこれまた別の封筒にいれた。そして大きな欠伸をした。取り調べがはじまりどれほどの時間が経っただろう。夕日が沈もうとしている。ゆっくりと青年はまた話し始めた。

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