現実:17



 トーチの後を追って室内に戻ると、意外にもそこにはすでにインクとプレイの姿が見えた。

 インクは不機嫌そうに壁に寄りかかっていて、俺と視線が一瞬合致するがすぐに逸らす。

 プレイの方は部屋の中央にあるソファに礼儀正しく腰掛けていて、感情を悟らせない静かな瞳でこちらの方を見つめていた。


「それで? その殺人鬼を私の念動力サイコキネシスで撲殺するか、あなたの発火能力パイロキネシスで焼死させるか、決まりました?」


 俺とトーチが階段を降りて広間まで来ると、インクは冷めた口調を見せる。

 その態度はどう見ても俺に対して、これまで以上に敵意を感じさせるもので、どうやらすでにこの館で最初の犠牲者が出てしまったことは周知のものらしかった。


「……二人も、知ってるのか?」


「ああ、説明してなかったな。お前とオゾンを見つけたのは私じゃない。あの二人が先だ」


「そうだったのか?」


「インクとプレイが気絶をしたお前の前で、言い争いをしているところに私が来て、その後二人が去ったところで、お前が目を覚ましたという時系列だ」


 想像とは違い、トーチが俺とオゾンの第一発見者というわけではなかったようだ。

 気になるのは、言い争いという点。

 インクとプレイは俺の視点からすれば、どちらかといえば友好的な関係性を気築いていたはず。

 

「トオルさんが無傷で戻ってきたということは、トーチさんはあたしの意見に賛成ということですね」


「ああ、そうだ。多数決という奴だな。少なくとも、現時点でトオルは殺さない」


「はあ!? 二人とも正気なの!? なんでこんな怪しい奴を庇うわけ!?」


 プレイは一瞬だけ俺に目配せをすると、すぐにトーチの方に顔を向け直す。

 するとインクが苛立たしげに声を荒げ、忌々しそうに俺のことを睨みつけた。

 俺はその短いやり取りで、インクとプレイの言い争いとやらの内容に見当がついた。


「……なるほどな。言い争いってのは、そういうことか」


「私がお前の下にたどり着いた時、インクとプレイはお前を殺すかどうかで揉めていた。見てわかる通り、インクはお前が気絶している内に殺すべきという主張で、プレイはまだ殺すべきではないという主張だった」


「それでトーチは?」


「私は情報が足りないと思った。だから少し状況を整理してから決断すると言ったんだ」


「思ったより、俺はぎりぎりの状況だったんだな」


「もちろん、お前が不利な状況には変わりない。私もこの中で一番怪しいのはお前だと思っている」


「まあ、俺でもそう思うよ」


 細かい経緯は想像の域を出ないが、俺の知らない間に生殺与奪について話し合いが行われていたようだ。

 しかし、俺を殺すべきと主張していたらしいインクを責める気にはなれない。

 二人組で別れた理由の一つに、片方が殺されれば犯人が特定できるからといったものがある。

 むしろ俺のことを庇ったというプレイの方が特殊な意見なのだろう。

 

「納得できない。どうして二人はトオルを信じてるの? ありえないでしょ。一人目の犠牲者と二人きりだった自称無能力者なんて。犯人じゃなくても殺すべきでしょ」


「先ほども言いましたが、それはあまりにも危険です。基本的にこのゲームは殺人鬼にとって不利だと思います。その中で殺人鬼が最も得をする展開が、インクさんに予想できないわけではないですよね?」


「そ、それは……」


「仲間割れ、だな。何も全員自分の手で殺す必要はない。勝手に身内同士で間引いてくれるならば、それに越したことはない。その点に関しては私もプレイと同意見だ。疑心暗鬼。この館で殺人鬼が生き残るために、最も避けるべき展開は自分対その他で徒党を組まれることだろう。異能力者六人をまとめて相手にするのは、ほとんど自殺行為だ」


 疑心暗鬼。

 プレイの言い分を聞いて、俺はここで初めてなぜ自分が生かされたのか理解した気がした。

 そうか。

 この状況こそがすでに、犯人の目的の一つなのか。

 今まさに、プレイとトーチ、そしてインクで分断が起きつつある。

 もしここまで計算尽くなのだとしたら、犯人は殺人技術が高いだけではなく、集団心理などの造詣にも長けた知能犯だということになる。


 疑念、衝突、分断。


 先手を取られた。

 オゾンが殺されたことは、単純に心強い味方が一人減ったというだけでなく、それ以上のダメージを受けた気がしてならなかった。


「それにトオルが犯人だとしたら、あまりにリスクを背負い過ぎている。お前たちが先にこいつを見つけたのなら、わかるだろ?」


「あたしもそう思います。インクさんの疑念もわかりますが、それでもあまりにトオルさんは無防備すぎた。この館にはトーチさんはもちろん、いまだにあたし達に対して非協力的なスノウさんとフウカさんという存在がいるのに、あの態度は危険すぎると思いませんか?」


 俺が背負ったリスク。

 もっともそれは別に俺の意思で背負ったわけではないが、なんとなく言いたいことはわかった。


「それは、トオルさんは、“すでに死んでる可能性もあった”ということです」


 プレイが静かに、言葉を紡ぐ。

 思えば、俺が今もまだ生きているこの状況は限りなく可能性の低い一つのパターンにしか思えない。


「まず、あたしはトオルさんを殺すことに否定的ですが、この思考をトオルさんが事前に予測することは困難だと思います。あの状況下で、あたしがインクさんと対立してまで生かす方向に意見すると自信を持てるとは思えない。加えて、トーチさんに関しても、極端で過激な性格をしているのは周知です。どちらかといえば、他人の意見なんて関係なしに人を燃やしてしまいそうな方です」


「そんな誰でも燃やすわけじゃないぞ」


「あたしのことは燃やしましたよね?」


「あー、それは、たしかにそうだな」


 珍しく口籠るトーチ。

 それを気にせずプレイは続ける。


「加えて、あたし達が最初にトオルさんを見つけるとも限らない。先にフウカさんやスノウさんが現れた際に、どんな対応を取られるか予測は困難。はっきり言って、あの状況下で無防備に気絶するメリットがトオルさんにはないんです」


「……だいたい、なんてトオルは気絶してたんですか?」


「オゾンの死を間近で見てショックを受けたという説明だった」


「なおさら不自然です。そんな理由で気絶するくらいなら、最初から目を覚ました状態で何らかの言い訳を用意しておく方が生き残る可能性が高い」


 饒舌に話すプレイは気づけば、この場の主導権を握っていた。

 普段は物静かで控えめな印象の彼女が、トーチやインクという我の強い二人を論説で押し込んでいるのは、中々に不思議な気がした。


「トオルさんの方から、何か弁明はありますか?」


「え? あ、俺から? いや、その、月並みなことしか言えないんだが、俺はオゾンを殺してない。信じてくれとは言わないが、俺を犯人だと思って他の奴に気を向けないのは危険だと思うぞ」


 突然プレイから話を振られた俺は、あからさまに動揺しながらも言葉を返す。

 俺は犯人じゃない。

 だが、その事を証明する術は、何も持ち合わせていない。


「……わかった、わかった。わかりましたよ。どうしてもトオルを殺したくないんですね。そこまで言うなら、プレイとトーチの言い分に乗ります。でも、一つ条件がある」


「どんな条件ですか?」


「安心して。べつにプレイやトーチに対しての条件じゃない。ただ、私はどうしてもこれ以上トオルと一緒の空間には耐えられないってだけだから」


 インクが大きな溜息をつくと、諦めたような表情で棚から背中を離す。

 俺に向けた黒い瞳には、やはり強い疑念が渦巻いたまま。

 そして彼女は皮肉げに笑うと、たった一つの条件を告げる。



「トオルを私の異能で塔の外に隔離させてください。どうせ“ただの無能力者”なんでしょ? 一緒にいたところで何の役にもたたない。それなら外にいた方が、本人も安心なんじゃないですか? 塔の外の庭には、誰も近づけない。それこそ、念動能力者サイコキネシス以外には、殺されないでしょ?」



 

 

 

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