非現実:3
カチ、カチ、カチ、カチ、カチ、カチ。
すぐ傍で規則正しい等間隔の音が聞こえた。
オゾンが死んだ。
知らない間に閉じていた瞳を開ける前に、俺は最後に見た景色を思い出す。
あれは本当に現実だったのだろうか。
オゾンが視る未来は、彼の行動で変化させられると言っていた。
つまりは、オゾンは自分が転落死する未来を見たのにも関わらず、その未来を変えなかったということだ。
いったい、どうして?
意図的に瞳を閉じて闇にこもったまま、俺は暗い思考を繰り返していると、そこで俺は不思議なことに気づく。
俺の記憶では、オゾンの転落死を確認したあと、俺はショックで一瞬意識が遠のいたはずだ。
だが、今俺は、椅子に座っている。
それは違和感でしかなかった。
どうして俺は、座っている?
あの館の中にある椅子は、中庭の中央にあるもの一つ。
そしてあの場所には、俺は自分一人の力では行くことができない。
なら、俺は今、どこに?
「まずは貴方の名前を教えてくれるかしら?」
聞き覚えのある、声だった。
俺はここでやっと、瞳を開く。
そこは見たことのない無機質な部屋だった。
四方を灰色のコンクリートに囲まれ、外の世界を映す窓の一つもない。
目の前には面白みもない机が一つ置かれていて、その向こう側には何の感情も見せない女が一人座っている。
「……あなたは、誰だ?」
「私はアキラ。一応自己紹介は一度しているつもりだけれど、覚えはない?」
「アキラ、だと?」
俺は思い出す。
この、声だ。
謎の館に俺たちを幽閉した張本人。
反射的に身体を動かそうとして、俺はそこで気づく。
両腕と両足。
その四肢全てが固く拘束されていて、俺は完全に椅子の上から身動きが取れない状態になっていた。
「いったい何が、どうなってる? ここはどこだ? どうして俺は、ここに?」
「まず、貴方の名前を教えてくれる?」
アキラは最初と同じ問いを繰り返す。
意図は手段は不明だが、どうやら俺は再びこの女に囚われているらしい。
「……俺の名前はトオルだ」
「そう。気分はどう、トオル?」
「気分だと? いいように見えるか?」
「わからない。だから訊いているの」
どこまでも落ち着き払った様子で、アキラは真っ直ぐと俺を見つめている。
カチ、カチ、カチ。
机の真ん中ではメトロノームが、俺を急かすように振れ続けていて、不快な気分になった。
「しいて言うなら、最悪だ」
「そう。それは悪くないわね、トオル」
なんというか、会話になっている感じがしない。
ここはあの館の中のどこかの一室なのだろうか。
オゾンが死んだ後、いったい俺の身に何が起きたんだ。
「それじゃあ、トオル。あと何人残っているのか教えてくれる?」
「は? 何の話だ?」
「決まっているでしょう。誰か死んだでしょ?」
当然のことのように、世間話に似た気やすさで、アキラは死を語る。
俺は直感的に理解した。
この女は、死を何とも思っていない。
罪悪感も、高揚感も、後悔も、嬉々も、何も感じていない。
ただ、学生の実験レポートを読むような感覚で、俺に死を問いかけている。
「……ふざけるなよ。お前、人の命をなんだと思ってるんだ?」
「へぇ? これは意外な反応ね。貴方にとって、今回の死は受け入れ難いものだったの?」
「オゾンはいい奴だった。あいつの死を、そんな軽々しく扱うのは俺が許さない」
「オゾン? そんな名前の子は……ああ、もしかして、彼のことかしら。たしかに、名残がある。その発言から考えると、あとトオルを入れて六人ということね」
オゾンの名前を聞いて、なぜか一瞬アキラは不思議そうな表情を浮かべたが、すぐに納得したように小さく頷いた。
そして彼女はおもむろに、机の下から鈍色に輝く凶器を取り出す。
拳銃だ。
俺がボストンバッグから受け取ったものと、全く同じ物をアキラは特別な説明もなく手に握る。
あまりに自然な動作で、俺は驚きの声をあげるのも忘れて、その銃口が自分に向けられるのをぼんやりと見送った。
「これはまだ、最後じゃないわ、トオル」
アキラは迷わず引き金を引く。
ぱぁん、と乾いた銃声が響く。
俺はその瞬間、再び視界がブラックアウトし、俺は色を失う。
これはまだ、最後じゃない。
彼女の冷たい言葉だけが、脳の表面にうっすらと膜のようにかかったまま、そのまま意識がブツリと途切れて消えた。
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