現実:12
やっと見つけました、なんて口振りをするということは、わざわざ俺たちを探していたのだろうか。
他人と仲良しこよしをするタイプではないのは明らかなので、俺は少し意外に思う。
「なにチンタラしてるんですか。早くしてください。それとも私の
「……いきなり現れたと思ったら言いたい放題だな。俺はちゃんと地に足つけたい性格だから遠慮しておく」
突如現れたインクの後を追って、俺たちは地下階を出て大広間に戻っていた。
少しの間離れていたからといってインクの自分勝手な性格は変わっておらず、一方的に外に出る方法を見つけたと言い張る彼女に着いていきながら思わず溜め息が出た。
「というか外に出れる場所を見つけたっていうのはなんなんだ?」
「だから今連れていってるじゃないですか。動きはノロマな癖にせっかちだなんて、不便で不快な人格ですね」
「実は外に出れる場所を見つけたってのは口実で、ただ俺に悪口を言いたくなって探してたんじゃないだろうな?」
「自惚れないでください。そんなチンケな理由でトオルに会いにきたりしません。だいたい、順番が逆です。トオルの顔を見ると、つい悪態をつきたくなるんです」
どんな顔をしてるんだ俺は。
他人に悪態をつかせたくなる異能力なら要らないぞ。
「お楽しみのところ悪いんだけど、僕も会話に混ぜてもらってもいいかな?」
「だめです。まだまだ楽しみ足りないので」
「いいぞ、オゾン。今すぐ混ざってくれ」
「ふふっ。やっぱり面白いから混ざるのもう少し後にするね」
「なんでだよ!」
俺が思わず大きな声で抗議すると、インクもオゾンもけらけらと心底楽しそうに笑った。
良い意味でも悪い意味でも、連続殺人鬼と同じ屋根の下にいるとは思えないほど緊張感のない奴らだ。
やはり俺のような不安定な異能ではなく、念動力や予知能力のような明確に才能といえる力を持っていると自分に自信を持てるようになるのだろうか。
「……だいたい、俺たちを呼ぶのはいいが、トーチにも声をかけた方がいいんじゃないか?」
「あの女にも一応声はかけましたよ。トオル達に会う直前くらいに」
「興味ないって?」
「いえ、無視されました。ムカつきます。あの女が犯人なんじゃないですか? すぐ人燃やすし」
「すぐ人を壁に叩きつける奴がよく言えたな」
「なにか言いました?」
「ちょっ、ちょっと待ってくれ! 浮かすな浮かすな!」
ジェットコースターに乗っているわけでもないのに、突然ふわりと足元の感覚がなくなったと思えば、インクが明らかに異能力を俺に向けていた。
インクの異能もこれはこれで、かなり使い勝手がいいというか、もし彼女が犯人だったら俺に勝ち目はないだろう。
「でもトーチが無視っていうのは、僕的には結構意外な感じがするなー。なんかそういう好き嫌いみたいなのなさそうというか、わりとフラットな性格の持ち主に思えたんだけどね」
「たしかにな。というかトーチはずっと何をしてるんだ?」
「さあ? 知りませんし、興味ありません」
「ちなみにインクはトーチ以外の誰かにはあったか?」
「あとは、そうですね……直接会ったわけではないんですが、白い髪の女を外で見かけました」
「スノウだな。でも外で? それはどういう状況だ?」
「行けばわかります。次急かしたら外にトオルを投げます」
「……べつに急かしてるわけじゃないんだがな」
トーチはいまだに単独行動を続けたまま。
ついさっきインクは会ったと言っていることだし、生きていることは間違いないらしい。
そしてやはりスノウはいまだにこの館のどこかにいるみたいだ。
オゾンやプレイの言っていた通り、転移能力が制限されているのか。
それともわけあって外部とこの館を何度も往来しているのだろうか。
「僕とトオルとプレイが館を動き回っている間、インクも同じように探索してたんだよね?」
「そうですがなにか?」
「いや、それでも新たに見かけたのはスノウだけなのかと思ってね。最後の一人、フウカとかいう名前らしい少年はどこにいるのかな。この館は狭いわけじゃないけど、構造もシンプルで極端に広いわけでもない。僕らもインクも館をとりあえず一周してるのに、まだ姿を見つけられないなんてことあるのかな?」
吹き抜けの二階部に続く階段を登りながら、オゾンが僅かに声のトーンを変えて口にした一つの疑念。
紫のフウカ。
たしかに彼の姿がいまだに見えないのは気になる点だ。
『狩るならはぐれもの狙うのが一番確実だからね』
さっきのオゾンの言葉が一瞬脳裏にちらつく。
すでにゲームは始まっている。
俺はふと考えてみる。
もし、
彼女がその気になれば、人を殺すことはおろか、遺体ごと燃やし尽くして証拠を残さないことだって可能なのではないか。
このまま日が落ちてもなおフウカが姿を見せなかったら、すでに第一の犠牲者になってしまっている可能性も考えなければならないように思えた。
「とりあえず、つきました。ここです」
「ああ、そういえば、ここは後回しにしてたね」
吹き抜けの廊下部にある四つの角には、それぞれ扉がある。
扉の内二つは、六つの塔をつなぐ空中回廊につながっているのだが、残りの二つの扉の内側がどうなっているのかをまだ俺たちは確認していなかった。
「ああ、なるほどね。どうして僕ら、というかトオルをわざわざ呼びにきたのか、わかったよ」
三つ目の扉の前に立つと、これまでもそうだったように一切の躊躇なくドアノブを捻る。
——それはどこか、懐かしい匂いがした。
優しい風が頬を撫で、真っ青な空が視界いっぱいに広がる。
「嘘だろ? こんなに簡単に外に出れるなんて……」
扉の向こう側にはそれほど広くはないが、オープンテラスのようなひらけた空間になっていた。
時刻は真昼間は越えたのだろうか。
透明なガラス越しに一度見た時に比べて陽光の強さは増しているようで、空調とは違う温もりを日差しから感じる。
「ですよね。こんなに簡単に外に出れるなんて、おかしいと思いますよね」
「……え?」
それは、どこか覚えのある反転だった。
翼もないのに、気づけば俺は宙に浮いていて、なぜか足元に青空が広がっている。
やられた。
俺に空中浮遊の異能を与えている張本人であるインクではなく、俺はこの光景を誰よりも先に見ていたはずのオゾンを睨みつける。
「そんな顔で僕を見ないでよ。大丈夫、プレイが全部治してくれるよ」
「おい、それどういう意味——」
急激な力に引っ張られ、俺はどこまでも広がっているように見える森の方に向かって飛んでいく。
一秒、二秒、三秒、四秒、五秒、六秒。
前触れもなく始まった、生まれて初めての飛行体験は そう長くは続かない。
「ちっ、やっぱりだめですか」
ゴツ、と鈍い音が鼓膜の中で弾けたと思えば、次に感じたのは鋭い痛み。
どうやら見えない透明の壁に思い切りぶつかったらしい俺は、衝撃で口の中を軽く切ったことを自覚する。
じんわりと広がる、鉄の味。
新鮮な外の空気を吸い込む前に、俺は生ぬるい血を飲み込んだ。
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