現実:11
「どうして、君がまだここにいるんだ?」
俺は廊下の奥にすらりと立つスノウに対して反射的に声をかけるが、よく考えたらこの距離では届かないか。
そう思ってスノウの方に近づこうと一歩足を踏み出すが、その瞬間、彼女は踵を返して階段に続く方の道へ曲がってしまう。
「お、おい! 待ってくれ!」
「わお。トオルってそんなに大きな声出せたんだね。恋、じゃん」
鬱陶しいことを宣っているオゾンを無視して、俺は小走りでスノウを追う。
特別何か彼女に尋ねたいことがあるわけでもなんでもない。
だがなんとなく、惹かれるものがあった。
もちろん一目惚れなどそういった浮ついた感情の揺らめきじゃない。
ただ、目を離してはいけないような直感が働いていたのだ。
その理由を確かめたかった。
「……なんとなくわかってたが、あいつも協調性ゼロかよ」
最端から最端。
十数秒前までスノウが立っていたところにやっと辿り着いたが、案の定彼女の姿はどこにも見えない。
階段を上がっていってしまったのか、それともお得意の
手段はわからないが、意志は明確に理解できた。
つまりは、俺と話すつもりは、まるでないってことだ。
「あれ、いない。へえ。珍しいね。トオルでも振られることあるんだ」
いまだにくだらないことを言い続けているオゾンが、遅れて俺に追いつく。
そのさらにまた少し後ろにはプレイがいて、いつもと同じ眠たげな瞳でこちらを見つめていた。
「もう追わなくていいの?」
「……これ以上は無意味だろ。べつにスノウのことを捕まえたいわけじゃない。向こうに話すつもりがないなら、それまでだ。向こうの気が変わるのを待つさ」
「たしかにね。転移能力者と鬼ごっこしても、勝ち目はないか」
もし仮にこの館から逃げ出すことができないのだとしても、最低でも俺の視界から忽然と姿を消すことが可能なのはすでに確認済み。
残念ながら主導権を握っているのは向こうの方。
「さっきの方がスノウさんですか。たしかに独特の存在感、というより不思議と目が惹かれる方ですね」
「同感。なんか、スノウってオーラがあるよね。こう説明しにくいんだけど、他とは違うっていうか。わかりやすく言うと、トオルに似てるよ」
「俺と似てる? 未来の見過ぎで視力が落ちたんじゃないか?」
「おっと! 今のそれ、予知能力者差別でしょ!」
オゾンがまた突飛なことを言い出す。
俺とスノウが似ている。
いったいどこをどう見たらそんな感想になるのだろう。
他の奴らもそれぞれ一癖も二癖もあるが、一番の変わり者はオゾンかもしれない。
「ただ、何をしに来たのでしょう」
「ああ、そうだよな。もうこの館に用事はないはずなのに、何が目的なんだろうな」
「あ、いえ、今のはそういった意味ではなく。もちろん、転移能力で無事にここから自由に出れるという前提であれば、それも疑問なんですが」
「ん? プレイは何が気になってるんだ?」
「もっと単純に、どうしてここに来たのか疑問に思ったんです」
「……たしかにね。今のスノウの行動は、理由がないね」
プレイは理知的な瞳の翠を、一層深くさせる。
俺は彼女の思考に僅かに遅れをとる。
いまだに、プレイが何を訴えているのか理解しきれていなかった。
「すまん。もう少し説明してくれるか?」
「はい。トオルさん。まず、今のスノウさんの一連の動きを思い返してください」
スノウの一連の動き。
思い出すのはそう難しくない。
ついさっきの出来事だし、なによりほとんど思い出すほど多くの行動をスノウは見せていないからだ。
「この地下階に降りて、オゾンの未来視に見つかって、俺と目があって、どっかいった」
「僕の未来視に見つかって、って言い方なんかちょっと悪意ない?」
「そうです。それだけなんです。おかしいと思いませんか?」
「まあ、おかしいといえば、おかしいか?」
「はい。おかしいです。どうして、ここに来たのか、わからないと思いませんか?」
「……ああ、そういう意味か。ここっていうのは、この館自体のことじゃなくて、
「そういうことです」
そこまでプレイから説明を聞いて、俺はやっと納得した。
たしかに、変だ。
スノウは、何らかの目的を持ってこの地下に姿を現した。
しかし、今の一連の動きの中では、ほとんど彼女はこの階を見回れていないのだ。
二つある部屋には入っていないし、この俺が違和感を覚えた曲がり角のメッセージだって読めていない。
言われてみれば、何をしに来たのかわからない。
「もっとも、考えられる可能性はいくつかあるよ。まず一つ目は、個人的にこれが一番可能性高いと思うんだけど、本来は何かしら用事がここにあったんだけど、トオルの顔を見た瞬間萎えて仕切り直しすることにしたってパターン」
「おい」
「そしてもう一つは、僕らがいると、目的を達せないパターン」
「目的、ですか。オゾンさんはその目的に見当はついてるんですか?」
「もちろん。プレイだってそうでしょ? ……決まってる。スノウこそが殺人鬼で、獲物を探してたパターンだよ」
オゾンはそこまで言葉を紡ぐと、ニヤリと口角を歪める。
もしあの能力に殺意を乗せられるのだとしたら、かなり危険な相手だ。
「狩るならはぐれものを狙うのが一番確実だからね。僕らが集団行動しているのを見て、諦めたって可能性さ」
「……なるほどな。一理ある。よくもまあ、今のほんの僅かな行動からそこまで推理を組み立てられるもんだ。探偵役はオゾンに譲るよ」
「譲るなら、プレイにね。真っ先に疑問を抱いたのは、彼女だよ」
「あたしは仮説を立てるところまではしてませんから」
「またまた。僕は十秒後のプレイが言った台詞をなぞっただけさ」
「そうでしたか。十秒後のあたしはずいぶんとお喋りになったようでなによりです」
あははっ! と何が琴線に触ったのか、オゾンはプレイの返しに楽しそうに笑う。
だが二人の推理は筋が通っている。
この地下階に何か目的があってやってきたのならば、どうして何もせずに来た道を引き返したのか。
極端に内向的で、俺たちとコミュニケーションを取るのが嫌だったとしても、べつに無視すればいいだけのはずだ。
それとも、俺たちの顔を見るだけで目的を達成したとでもいうのか。
いや、それか俺たちの中に、スノウが関わりたくない特定の誰かがいたか
そういえば、オゾンは唯一俺がスノウに会う前に、一度会っていると言っていたことを思い出す。
そしてそれが、なぜかスノウ側に否定されていたことも。
さっきも予知能力を使って、スノウを真っ先に捉えたのも、オゾンだ。
この二人の間に、何かがあるのか?
「なんだいトオル? さっきからじろじろ僕のことを見て。告白でもするつもりかい?」
「……べつに見てないだろ」
「十秒後から見つめられてたよ」
どこまで本気か冗談か、オゾンは俺の心を見透かすように微笑んでいる。
結局わかったのは、一つ。
スノウも、いまだにこの館に囚われているということだけだ。
「……あ、ほんとに? それはたしかにいい知らせだね。ちょうど息苦しさを感じ始めたところだったんだよ」
すると急に俺から視線を外すと、オゾンは階段の最上部の方へ顔を向ける。
俺とプレイはお互い目を合わせて、オゾンの言葉の意味を考えていたが、二人とも同じ結論に達したらしく、彼に対して返事をしなかった。
理由は明白。
俺たちはもうオゾンのこの癖に慣れ始めてきたからだ。
きっと彼は、また十秒先に言葉を返している。
「……やっと見つけました。こんなところにいたんですか。手間かけさせないでください」
一陣の風が吹き下ろし、もう一人の“黒”が無駄に偉そうな態度で俺たちを見下ろす。
ありがたいことに、今回は俺の顔を見てすぐに、念動力で壁に叩きつけて宙吊りにすることはなさそうだった。
「新規臭いあなた達に吉報です。外に出れる場所を見つけました。ちょっと外の空気を吸いにでもいきませんか?」
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