現実:10
ある程度予想はしていたが、こちらの地下も俺が目覚めた場所と大きな代わりはないようだった。
遠近感の狂うような真っ白な廊下。
部屋は二つあり、曲がり角の先は行き止まりになっている。
「どうやら間取りはどこも一緒みたいだね。僕が目覚めた部屋と全く同じだ。プレイはどう? 何か違うところはある?」
「いえ。あたしも同じだと思います。特に変わったところは見当たりません」
「……俺も一緒だ」
三人で近くの部屋に入ってみるが、俺が期待していたものはどこにもない。
黒のボストンバッグ。
それはこの部屋にはない。
ということはやはり、拳銃と謎のメッセージを渡されているのは少なくとも全員ではないということだ。
厄介なことになった、と俺は思う。
ただでさえ、俺は二重人格というこの場において、信用を失いやすい特徴を持っているというのに、それに付け加えて他の皆は持っていない拳銃も所持している。
「それでトオルはどうなの? 確かめたいこととやらは、確かめられた?」
「いや、まだだ。次の部屋にいこう」
内心の焦りを隠すように、足早に俺はもう一つの部屋に向かう。
無機質で、色のない廊下。
窓も何もないため、時間の感覚がなくなりそうになる。
この建物はいったい何のために造られたのだろう。
「こっちも同じみたいだね。変化なし」
「変化がなさすぎて、違和感を覚えるくらいですね」
もう一つの部屋にも来てみたが、相変わらず何も目立つ点はない。
壁と床をおもむろに触ってみるが、他の場所と同じで埃ひとつない。
生気のない、死んだような部屋だ。
これまでここが使用されていたとは到底思えない。
ぞっとするくらい、綺麗なところだ。
「ぞっとするくらい、綺麗な部屋か。言われてみれば、たしかにね」
「……おい、オゾン。お前、まさか実は
「まさか。今のは十秒後のトオルが行った台詞だよ。ごめんごめん。癖で時々会話を飛ばしちゃうんだ」
心の中で言っただけの言葉に返事をされて、俺は心臓が飛び出そうな思いだった。
もし、俺の心の中が読まれていたら、これから先なにをされるかわかったもんじゃない。
でも、待てよ。
俺はここで改めて思う。
俺は他の皆に小さな秘密を抱えているが、果たして、それは本当に俺だけか?
もし、オゾンが本当は予知能力者ではなく、
それか、予知能力と読心能力の両方を持っている可能性だってある。
プレイだって同じだ。
治癒能力以外にも、何か別の異能を隠し持っていても不思議ではない。
なんだかんだで、俺は相手の言葉を素直に信じすぎているかもしれない。
異能なんてもの、そもそもが現実離れした代物なんだ。
俺の常識で計るのは危険すぎる。
「綺麗な部屋、ですか。これまであまり気にしてませんでしたが、言われてみれば綺麗すぎる気もしますね」
「ああ、なるほどね。それは面白い意見だ」
またオゾンは未来を視ながら喋っているのか、若干ずれた返事をする。
俺と同じように、少し屈んで白くて小さな指で床をなぞるプレイ。
彼女は思案げな表情で自らの指先を見つめている。
「この場所は手入れが行き届いています。行き届きすぎているくらいに。よっぽど神経質に清掃を繰り返さなければ、これほど綺麗にはならないでしょう」
「この建物の存在自体が、謎ってわけだね」
プレイの言葉に、オゾンは笑みを深める。
異能力者を閉じ込める、新築同然の清潔さを保つ六つの塔。
土地だけでもそれなりの広さがあるにも関わらず、管理も丁寧に行われている。
俺たちが相手をしているのは、俺たちで愉快な遊戯を楽しんでいるのは、想像以上に大きな存在なのか?
「ここがどこで、どうやってここに、どうしてこんなことを、なんのために、だれが、というか今なんじ? 困っちゃうね。5W1Hの内、たったの一つもわからないなんてさ」
オゾンの言う通りだ。
あまりにも、わからないことが多すぎる。
ここまで不明点が多すぎるのは、もはや異常なんて言葉では言い表せない。
何かが、おかしい。
俺はここに来て、もっと根本的な何かを見落としている気がしてならなかった。
たしかに疑問はつきないが、一番疑問に思うべきことを、俺はまだ疑問に思えていないのではないか。
そんな妙な胸騒ぎが、ずっとくすぶっている。
「ここはもういいのかい? トオル?」
「……ああ、十分だ」
また部屋を出ようとする俺に、オゾンが声をかける。
振り返ることはせず、そのまま今度は廊下の突き当たりへ向かう。
曲がり角を一度曲がると、そこにはやはりアルファベットが刻まれている。
“RED”
赤だ。
ということは、この塔はトーチが目覚めた場所ということなのだろう。
壁の中央に堂々と描かれた朱色の単語を眺めながら、俺はここでも小さな違和感を覚える。
何かが、違う。
さっきまで部屋を見て回っていた時とは、違う。
明確に、俺が目覚めた地下室とは違う点がある気がする。
「なにか、気にならないかって?」
「……ああ、ちょうど十秒後にそう聞こうと思ってた」
俺の隣に並んで立つオゾンは、冷たい瞳で壁を見つめている。
その端正な横顔からは、何も読み取れない。
「文字が違うこと以外には、特になにも僕は変わった点はないと思うけど」
「……プレイもか?」
「はい。あたしも特別な変化は感じません」
どうやらこのREDに引っかかりを感じているのは俺だけみたいだ。
真っ白な壁の真ん中に、バランスよく書かれた赤を意味する英単語。
だめだ。
わからない。
俺がいったい何に違和感を持っているのか、判断がつかない。
「……ん? トオル、今ありえない未来が視えたよ」
「ありえない未来?」
考え込む俺を、オゾンの冷ややかな声が呼び戻す。
どこか勝ち誇ったような表情をするオゾンは、俺に廊下の反対側を覗くよう促す。
「ついでにプレイも、見ておくといい」
「そんなに面白いものですか?」
「僕とトオルにとっては、面白いよ。プレイにとっても、話だけは聞かせたから、面白いかもしれない」
「なんだよ、もったいぶりやがって」
「予知能力者の唯一の楽しみなんだ。大目に見てくれ」
パチパチ、と静電気が走った気がした。
俺は行き止まりの壁から視線を外して、再び曲がり角の方に向かう。
目に入るのは、音のない、モノクロの廊下。
しかし、その視線の先には、オゾンの言う通りありえないものが映る。
「なんで、彼女が?」
「ああ、あれが噂の」
「ね? 言っただろ、トオル」
それはもう、既視感ではない。
たしかに俺は一度、彼女に出会っている。
だが、もう二度と会えないと思っていた。
「……スノウ?」
廊下のちょうど反対側で、一人で立つ雪のように白い髪の少女。
彼女はこの館の中で、唯一自由を許されているはずだった。
俺たちに別れを告げたはずの
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