現実:9


 第一印象というものはとても大事だ。

 もし初めましてのご挨拶で、人を燃やしてる女と燃やされている少女がいたら、誰だって燃やされている側の肩を持つはずだ。

 正直に言わせてもらえば、この奇妙な館で出会った中で、最も個人的に心を許せる相手は今のところ目の間で眠そうにするプレイだった。


「……どうしたんですか? あたしをじろじろ見て。殺人ならお断りです」


「い、いや、悪い。本当に傷ひとつないんだなと思って」


「さっきも言いましたが、治せるので」


 プレイが首を傾げると、さらさらの緑髪が揺れる。

 どことなく小動物を思わせ、庇護欲をくすぐられる。

 もっとも、彼女は治癒能力者ヒーラーなので、どちらかといえば庇護する側なのだが。


「やあやあ、僕の方も挨拶させてもらってもいいかな? 僕はオゾン。どこにでもいる何の変哲もない予知能力者フォアサイトだよ」


「……どうも。プレイです」


 さすが未来視ができるだけあって、きりの良いところで上手にオゾンが会話に混ざってくる。

 こういう使い方もできるのか。

 便利だな。ディベートとか強そう。


「安心していいよ、もしトオルが君のことを殺そうとしたら、その前に僕が彼を止めるよ」


「ありがとうございます」


「でも視えていても止められない可能性はゼロじゃない。安心してもいいけど、注意はしていてね」


「はい。ご忠告感謝します」


 視えていても、止められない。

 さらりとオゾンは何の気なしに口しているが、実際その可能性は大いにある。

 普通の殺人鬼だったら、さすがにある程度相手の動きが読めていれば止められる気もするが、今回はだいぶ特殊だ。

 

 異能。


 たとえば、わかりやすいのが発火能力者パイロキネシスのトーチ。

 彼女の能力がどれほどの威力、持続性があるのかはわからないが、もしこの館中を燃やし尽くすほどの火力があるのなら、それはもはや天災と一緒だ。

 わかっていても、止められない。

 本気でトーチが俺を殺そうとすれば、なす術はない。

 トーチがこの館に潜んでいる殺人鬼ではないことを祈るばかりだ。 


「せっかく仲良くなったことだし、情報共有でもしておこうか。僕らは今からチームだ。同盟を組もう。残念ながら、今のところここにいる三人以外はチームワークという概念がないみたいだからね」


 オゾンはぱんっ、と一度手を叩くと僕とプレイへ視線を交互に注ぐ。

 たしかにチームを組むのは悪い発想ではないと思う。

 もし、ここに殺人鬼が現れても、一対三。

 どう考えても俺が一人で立ち向かうよりは生き残る可能性が高い。


「まずプレイに、僕とトオルが見てきた情報を伝える。だから、プレイにも僕らに知っていることを教えて欲しい。どんな些細なことでもいいよ」


「……わかりました」


 プレイはオゾンの同盟提案をあっさりと承諾する。

 控え目そうな外見とは違って、案外思い切りがよく決断力があるのか、それとも何も考えていないのか、変化に乏しい読みにくい表情からは読み取れない。


「まずはこの館に七人の人間がいることは確からしい。僕ら三人に加えて、トーチとインク、そしてスノウとフウカだ」


「最後の二人は、あたしはまだ会っていませんね」


「まあ実は僕らも、フウカの方はまだ会ってない。いるらしいという噂をスノウから聞いただけだから」


「ちなみにスノウは転移能力者テレポーターで、もうこの館から出て行ったのを俺らは見た」


「本当ですか? それは、すごいですね」


「まあ、僕は信じてないけどね。アキラがそう簡単に抜け駆けを許すはずがない。もしそんな簡単に逃げれるなら、最初からここに連れてこないと思わないかい?」


「……そう、ですね。あたしも、そのスノウさんという方がここを出れているとは、あまり思いません。あるいは、出れたとしても、何かしらの罠があるのではないかと」


「やっぱりそう思う? ほらね、トオル。君だけだよ、アキラを甘く見てるのは。もしかして一番の自信家は君なんじゃない?」


「べつに甘く見てるわけじゃない。ただ、アキラが何を考えているのか、よくわからないってだけだ。そこまで俺たちをこの館に閉じ込める強い理由が、あるのか?」


「……さあ? どうだろうね」


 また少し未来を視てから言葉を考えたのか、オゾンは僅かな間を置いた後に言葉を紡いだ。

 どうやら、プレイもオゾンと同意見らしい。

 スノウの転移能力は、すでにアキラに知られていて、対策もしてある。

 つまりその前提は、俺たちの特異性全てが事前に完全に掌握されているということだ。


 


 べつに俺はこの二人も含めて、みんなに嘘を吐いているわけではない。

 異能力。

 そんなものは、俺にはない。

 だが、俺がここに連れてこられた理由に心当たりが一切ないかというと、そういうわけでもない。

 普通と異なる点は、俺にもたった一つだけある。

 しかし、今この場でそれを口にすることは、致命的に思えてしかたなかった。


「……そういえば、プレイも部屋の地下で目が覚めたんだよな?」


「はい。そうです」


「そこに階段へ続く道とは、反対側の道がなかったか?」


「ありましたね。行き止まりでしたけど」


「その突き当たりの壁には、何か書いてあったか? たとえば、“グリーン”、とか」


「よくわかりましたね。正確に言えば、“GREEN”とアルファベットで書いてありました」


「やっぱり、そうなんだな」


「わお、すごいね。よくわかったね、トオル。もしかして君、けっこう切れ者?」


「笑わせるな。この程度の推測、誰だってできるだろ」


「いやいや、僕には共通点がさっぱりだよ。どうやって推理したの?」


「言ってろ。それに結局意味はわからないしな」


 こんなもの、推理にもならない。

 俺が目覚めた地下では、黒を意味するアルファベット。

 オゾンの場合は、青。

 そしてプレイは緑。

 もはやわかりやすすぎて、ミスリードに思える。

 オゾンは髪も瞳も青色で、プレイは緑色だ。

 そのまま、外見的特徴をわかりやすく捉えている。

 

 でも、だからなんなんだ?


 考察癖のある俺は頭を悩ませる。

 一人に一つの色。

 正直他の奴らだって、想像はつく。

 インクは俺と同じBLACK、トーチはRED、スノウはWHITE、そしてたしかフウカの髪の色は紫だと聞いたからおそらくVIOLET、とかそんな感じだろ。

 塔は六つで、それぞれ外見のイメージカラーに応じた文字が地下に刻まれている。

 

「……でも待てよ? なんだか、バランスが悪いな」


「たしかにね。数が、合わない」


 俺の独り言に対して、また未来の言葉に対して返事をしたのか、オゾンが口元に手を当てて目を細める。

 ここには七人いるのに、塔の数は六。

 皆それぞれ、固有の色を持っているのに、一色だけ被っている。


 俺とインク。


 黒だけ、二人いる。

 

「……はっ。驚いたな。皮肉が効いている。なるほど。オゾンやプレイの言ってる通りだ。アキラは、全てを把握してる」


「すいません、どういう意味ですか? オゾンさんは未来を見ているのでいいかもしれませんが、あたしは少し話についていけてません」


「心配しなくていいよ、プレイ。十秒後の僕もまだ、トオルが言っている言葉の意味を正確には把握できてない」


 嫌な汗が出てくるのがわかる。

 これはきっと、ただの悪趣味な冗談ジョークだ。

 からかわれているだけ。

 ピンポイントで俺を狙い撃ちした、嫌がらせだ。

 全て手のひらの上だと、教えるためのおふざけにしかすぎない。


「……一つ、確かめたいことができた。すまないが、一緒に地下室に行ってもらってもいいか?」


「なんだか不完全燃焼だけど、べつにいいよ。ちなみに、どこの?」


 かなり強引に話題を変えたのが不服なのか、オゾンはジトッとした目でこちらを見てくるが、それは意図的に無視する。

 気になるのは、俺がどこでまで特別扱いされているのか、だ。


 ボストンバッグと、その中にあった拳銃と手紙。


 あれは、色のダブっている俺だけなのか。

 それとも、他の皆も同じなのか。

 もし同じなら、あの黒いバッグが部屋に置き去りにしてあるはず。

 アキラにとって、俺が何かしらの役割を与えられているのかどうか、それは早めに知っておく必要がある。


「どこでもいいから、とりあえずこの塔にしよう」


「なんだか結局よくわかりませんでした。トオルさんって、想像より怪しい人ですね」


「でしょ? けっこう犯人っぽさあるよね?」


「オゾンさんには負けますけど、同感です」


「僕ってそんなに胡散臭いかな? ただの予知能力者なのに」


「一番人を騙すのに向いてそうな能力だからな」


「やっぱり初対面でいきなり予知能力者って言うの、やめた方がいいかな? なんかウケ悪い気がしてきた」


 第一印象というのは、とても大事だ。

 インクやトーチは、見るからに気が強く好戦的、理由があれば他者を害することに躊躇いを持たない。

 オゾンは分かりやすく賢く、他者の内面、思考を見通す力と、実際にその才能に見合った異能を持ち合わせている。

 プレイは静謐で余裕のある雰囲気があるが、どこかミステリアスでオゾン以上に何を考えているかわからない。

 ほとんど絡めていないスノウとフウカを除けば、この中に凡庸でいたって特徴のない俺を混ぜれば、迷わず俺を疑う者は少ないだろう。

 でも、俺は違う。


 犯人は俺自身トオル


 その可能性が、決して低くないことを、知っている。

 この館の中で、一番俺を疑っているのは、きっと俺自身だ。



「黒だけ、二人いる」



 俺の独り言に、オゾンもインクも何も言葉は返さない。

 いつか、この小さな秘密を隠しきれない時が来た時、この二人は俺になんて言うだろう。

 いや、俺にというよりは、俺の顔をした、もう一人にか。



 俺は、“二重人格者トゥーフェイス”。



 たしかにひとによっては、俺を異能力者と呼ぶかもしれない。

 それは誰にも言えない、俺の小さな秘密。

 俺の中に眠る、もう一人の俺がアキラの言う連続殺人鬼ではないことを祈りながら、そして地下へと続く灰色の扉に手をかけた。

 

 

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