現実:6



「なるほどな。お前の言葉に、どうやら嘘はないらしい」


 どこかイルミネーションのような美しさを兼ね備えた炎が、ゆっくりと煌めきを潜め始め、気づけば僅かな残燻を残して消え去った。

 傲慢な口ぶりで、自らの足元に転がる小柄な少女に声をかけた。

 服の半分ほどは燃え焦げて、剥き出しになってしまっている半身を凍えるように自分の腕で抱き隠している。

 

「とりあえず、ボコりますか?」


「だからいきなり戦闘態勢に入るのやめてくれ」


 そして相変わらずインクは血の気が多く、今にもあの赤髪の女性に襲いかかりそうな気配を醸し出している。

 オゾンは面白そうに微笑を携えるだけで、途端に無口になってしまった。

 仕方ない。

 他に適任はいない。

 俺は諦めて、オゾンやインクを置いて、絨毯が燃え尽き冷たい石床が剥き出しになった一階に降りて行った。


「……それで、お前たちは何者?」


「挨拶もなし、か。俺はトオル。見ての通り、無害な一般人だ」


「お前は燃やしたら、死ぬ?」


「そりゃ死ぬだろ。燃やして死なない一般人なんていないだろ」


「ここに一人、いた」


「あー、まあ、それは、たしかに見てたけども」


「お前は違う?」


「そうだな。違うな。だから間違っても燃やさないでくれよ」


「ああ、いい。私は、嘘が嫌いだ。お前が嘘を吐かない限り、燃やすことはない」


 感情を悟らせない冷たい目。

 燃えるような朱色の瞳をした女は、先程の衝撃的な光景のわりに、話せばわかる相手だった。

 どっかの念動力者とは違って、まともに対話もせず速攻で襲いかかってくることはないらしい。


「それで、そっちの子は……?」


「ん? ああ、こいつか。こいつは、傷を治せると私に言ったから、それが嘘ではないか試したんだ」


「な、なるほど」


 全然なるほどじゃないが、一応なるほどと言っておく。

 完全に怯え切った表情で小さく固まったままの少女は、伏目がちに俺と嘘が嫌いな女を交互に見ている。


「や、やあ、俺はトオル。君は?」


 軽く炙られてしまったせいで、かなり無防備な格好になってしまっている少女を直視しても良いものか迷いながら、俺はなるべく恐怖心を抱かせないような声色で話しかける。


「……プレイ」


「え?」


「……あたしの名前は、プレイ、です」


 耳を澄ませばやっと聞こえる程度の声量。

 炎などなくとも、そよ風があれば掻き消されてしまいそうなか細い声で、その薄緑色の髪をした少女は自らの名を名乗った。


「トオルにプレイ、か。まだ私の名を教えていなかった。私はトーチ。覚えるといい」


「ん? ああ、よろしく、トーチ、プレイ」


 そこに急に発火能力者の女——トーチが会話に混ざってくる。

 こいつもこいつで、よくわからないやつだ。

 他人に関心がないのか、あるのか、いまいち判断がつかない。

 それにインクとオゾンも含めてそうなのだが、やけに名前が特徴的な者が多い。

 俺の名前は漢字で書けばトオルだが、俺以外の奴らはどう考えても当て字以外で漢字をあてられない気がしてならない。

 実に奇妙な感覚だ。


「それで、向こうで私たちを見下ろしている二人は、トオルの友人か?」


「いや、友人というには、まだ付き合いが浅いな。たぶん、君らと同じような境遇だよ。気づけばこの館にいて、どうやってここまで連れ去られたかの記憶がない」


「たしかに、同じだな。あいつら、燃やせば死ぬか?」


「たぶん、死ぬと思うが、俺とは違って、そう簡単には燃やせないと思うぞ」


「というと?」


「あっちの黒髪の女の子は念動力者で、隣の青い髪の奴は予知能力者だからな」


「異能、か。意図は不明だが、やはりそれが私がここにいる理由か」


 これで、五人。

 俺を除けば、異能力者が四人。

 さらに、自称無能力者が、ここにはあともう一人いるらしい。

 把握できてる限りで、六人の人間がこの謎の館に集められている。


 いったい、何のために?


 疑問は深まるばかりで、何も解決はしない。

 そして俺には、隠していることがいくつかある。

 まずは、ポケットの奥に隠しこんだ、拳銃。

 果たして、あのメッセージやこの武器は、俺以外の皆にも渡されているものなのだろうか。

 そしてもう一つの秘密、それもまた、ここにいる者たちと共有するには、まだ危険な気がしてならなかった。




 ——ズズッ、ザー、ザー。



 その時、不意に、耳障りなノイズが、どこからともなく聞こえてくる。


 ズッ、ズッ、ズッ、ザーザー。

 ズズッ、ズズッ、ザザッ、ザザッ、ザーザー。


 音の出どころは、わからない。

 奇妙で、不快な雑音だった。

 わずかに、目眩がする。

 隣を見てみれば、トーチも不愉快そうに眉を潜めている。


 ズズズッ、ズズズッ、ズズズッ、ザー、ザー、ザザザー。

 ズズズッ、ズズズッ、ズズズッ、ザー、ザー、ザザザー。

 ズズズッ、ズズズッ、ズズズッ、ザー、ザー、ザザザー。

 

 雑音は止まらない。

 むしろ音は多く、大きくなるばかりで、止まる気配はない。

 足元を見てみれば、プレイが頭を抱えて、怯えた表情で震えていた。

 

 ズッ、ズッ、ズッ、ザザッ、ザザザッ、ザザッ、ズー、ズー、ズー。

 ズッ、ズッ、ズッ、ザザッ、ザザザッ、ザザッ、ズー、ズー、ズー。ズッ、ズッ、ズッ、ザザッ、ザザザッ、ザザッ、ズー、ズー、ズー。ズッ、ズッ、ズッ、ザザッ、ザザザッ、ザザッ、ズー、ズー、ズー。ズッ、ズッ、ズッ、ザザッ、ザザザッ、ザザッ、ズー、ズー、ズー。ズッ、ズッ、ズッ、ザザッ、ザザザッ、ザザッ、ズー、ズー、ズー。


 ノイズはもはや耳を擘くほどで、不快を超えて嫌悪感を感じさせた。

 鼓膜が何度も打ち叩かれ、僅かに吐き気さえ催し始める。

 くらくらと、頭痛がする頭を見仰がせてみれば、インクが胸のあたりを抑えて苦しそうにし、オゾンは口元を抑えて目を閉じていた。


 ザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザザ。


 頭が、脳が、ノイズで埋め尽くされ、何も考えられなくなる。

 異質な何かが、頭に入り込んで、ハッキングされているような感覚。

 脳味噌がぐちゃぐちゃに掻き混ぜられ、五感全てが外部に溶けでて自分のものではなくなっていくような錯覚の中、俺はえづきだす。

 もし、今の気分を尋ねられたら、俺は間違いなく、こう返す。

 最悪、だと。



 ——ズー、ズー、ズー、ズー、ズー、ズー。


 それは、まるで心電図の音のようだった。

 始まりと同じように、不意にノイズは弱まり、薄まって消える。

 知らない間に膝をついていた俺は、やっと正しい呼吸の仕方を思い出し、息を吸う。

 そして、雑音の代わりに、意味のある音が、館中に鳴り響く。




『これで、やっと全員、目覚めたみたいね。第一段階は、成功。まず、この状況こそが、大きな成果だわ』




 どこかで聞いたことのある、声だと思った。

 静かで、冷たくて、遠くに感じる声。

 聞き覚えはあるのに、思い出せないその声は、俺たち全員に、唐突に語りかける。


『貴方に、やって欲しいことがあるの』


 貴方、とその声は語る。

 その貴方が誰を指すのか、俺にはわからない。


『ここにいる七人の中に、一人、殺人鬼がいる。その殺人鬼から、生き延びて欲しい。夜が明けるまで、生き残れば、ここから貴方は出れる』


 七人、とその声は言う。

 そして一人、殺人鬼がいる。

 ひりひりと、心臓の周りが、痺れるような気がした。

 声が語るたびに、ノイズが走った時とは別種類の、嫌な緊張感が張り詰めていくのがわかる。


『逆に、ここにいる一人の殺人鬼は、自分以外の者全てを殺してみせて。そうすれば、ここから出してあげる』


 ここから、出れる。

 そもそも、ここはどこだ。

 突然頭の中に流れ込んでくる情報量に、俺はまた目眩を感じ出す。



『……ああ、貴方以外には、そう言えばまだ私の名前を名乗っていなかったわね。私の名前は、“アキラ”、よ。改めて、よろしくね。夜明けを、楽しみにしているわ』


 

 ブツリッ、とそこで聞き覚えのある声は途切れ、沈黙だけが残る。

 一つだけわかったのは、まだ夜明けが遠いということだけだった。


 




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