現実:5
蒼い瞳を爛々と輝かせて、そう俺たちに自らの名を告げる。
隣ではインクが眉間に皺を寄せて、珍しく何かを思案するように沈黙に徹していた。
念動力者の次は、予知能力者ときた。
しかも青の瞳と青の髪。
出自もよくわからないが、流暢な日本語を話しているということは、長くこの国で過ごしてきているはず。
現代日本で普通に過ごしてきた、どこにでもいる普通の高校生にしかすぎない俺からすれば、違和感のある出来事ばかりだ。
【——フツウノコウコウセイ?】
自問自答。
一瞬気が逸れた。
問いに対しての答えは保留にして、俺は意識を現実に戻す。
「……俺はトオル。こっちはインクだ」
「勝手に紹介しないでください。予知能力者だなんて胡散臭いやつに、自分の名前を教えたくありません」
「念動力者の君がそれを言う?」
「念動力は胡散臭くないです。トオルの顔面に比べればよっぽど信用がおけます」
「顔は関係ないだろ顔は」
「あははっ。君たちって、知り合いなの? ずいぶん仲が良いみたいだけど」
「全然違います。前世含めて初対面です。仲も来世含めて良くなることはありません」
螺旋階段を優雅な足取りで降りてきながら、オゾンはこちらの方に向かってくる。
本人の言葉を借りるなら、十秒先の未来が視えるらしいが、それはいったいどんな感覚なのだろう。
会話一つとっても、十秒先が視えてしまうのならば、常に既視感のある会話を続けているようなもので、心底退屈なのではないかと想像してしまう。
「だいたい未来予知ができるのに、間抜けにも人攫いにあうなんてあり得るんですか?」
「予知っていっても万能じゃないからね。十秒先の未来は僕の選択一つで簡単に変わってしまう。僕が未来を知っているせいで、会話や行動を変化させてしまえば、それに応じてまた未来も変化するんだ。それにそもそも、未来がいつも視えるといっても、フォーカスしてない時は、視てないのと一緒だからね」
「フォーカス。なるほどな。視界全てに未来が映ってるわけじゃなくて、一部に映っている感覚なのか」
「トオルはやけに物分かりが良いね。もしかして、君も予知能力者?」
「……いや、俺には何もない。普通の高校生だよ」
「普通、ね。たしかに十秒先の君も、似たようなことを言っているね」
心の奥を見透かすような、聡明な瞳でオゾンは俺をまっすぐと見つめる。
十秒後の自分が何か余計なことを言い出していないか、俺は不安になった。
「でもこれで、異能力者が二人、か。あとは自称、無能力者が、二人、ね」
「……いま、なんて言った?」
「無能力者じゃなくて、無能の間違いじゃないですか」
「いやいや、そこじゃなくて。二人って言ったよな」
だが一人言葉を紡ぎ続けるオゾンの口から、気になるワードが出てくる。
無能力者が、二人。
一人は俺のことだとして、もう一人は誰だ。
インクはそこではなく、どうでもいいことを気にしているのは、彼女らしい。
「そう、だね」
オゾンは、妙なところで言葉を切る。
綺麗な青瞳は、どこか焦点があっていなく、宙空を彷徨っている。
おそらく、今その目は、十秒先を視ている。
「実は君たちに会う前に、もう一人この館であった子がいるんだよ」
「まだ他にもいるのか」
「同窓会じゃないんだから。いったい何人いるんですかね」
「会ったって行っても、無視されちゃったから、向こうが僕をきちんと認識してるかはわからないけどね」
「こんな異常な状況で無視か。よっぽど奇特な性格をしているか、何かしら知っているかのどっちかだな」
「それか、両方ですかね。とりあえずその人を探しましょうよ。そして、ボコりましょう」
「頼むから、俺の時みたいに初手でいきなり暴力を振るうのはやめてくれよ」
「わかりました。ボコるのは少し慣れたトオルにだけにします」
「初手じゃなければいいって意味じゃないぞ。というか慣れたら暴力って、どんな情緒してるんだ」
「ふふっ。いいね。君たちの会話は飽きないよ。二度見ても面白い。名作だね」
「なんか、こいつもこいつでムカつきますね。やっぱり一回締めときましょうか」
「思考回路野蛮すぎるだろ」
またオラつき始めたインクを宥める俺を見て、オゾンはくすくすと楽しそうに頬を緩める。
常に未来が見えるおかげなのか、華奢な外見とは裏腹に豪胆な性格をしているらしい。
こんな異常な状況下においても、どこか気品すら感じさせる雰囲気を纏い、獰猛な姿勢を変えないインクを見ても恐怖心のようなものはなさそうだ。
「それじゃあ、行こうか。案内するよ。といっても、まだこの館の全容は僕も知らないけどね」
オゾンはピアニストのように細くて白い指を螺旋階段の方へ示すと、ゆっくりと歩き出す。
吹き抜け二階部分の回廊の四隅には、扉があるが、どうやらそこからまた別の場所に続いているようだ。
外に出れないとわかった今、この大広間に残っていても仕方がない。
何より、他にもこの館に攫われてきた人物がいるなら、一度は顔を合わせておくべきだと思った。
「……トオル、どう思いますか?」
「ん? なにがだ?」
「声がでかい。喉絞りますよ」
「声量を絞るから、それで許してくれ」
数歩分先を歩くオゾンについていくと、インクが耳元に小声で話しかけてくる。
突然、目と鼻の先に均整の取れた相貌が現れ、一瞬見惚れそうになったがその内面の苛烈さをすぐに思い出し、平常心を保つ。
「この人、本当に私たちと同じ、だと思いますか?」
「疑ってるのか?」
「疑わない方がおかしいと思いませんか。これだから頭カリフォルニアのトオルは困るんです」
「カリフォルニアがなんとなく長閑そうなイメージあるのは共感できるぞ。どんな場所かまったく知らないけど」
「……まあ、いざとなったら実力行使すればいいか」
「結局それかよ」
囁くよう喋るインクは、どうやらオゾンの言葉を全て信じているわけではないらしい。
たしかに、俺もどちらかといえば猜疑心が強い方なので、完全に信用しているわけではない。
だが、俺の場合は、それはインクに対してもオゾンに対しても、同じだ。
ある意味フラットに、平等に信じているし、疑ってもいる。
向こうは俺を拉致しているわけだ。
つまり何らかの悪意があれば、いつでもそれを俺に向ける機会はあった。
それにも関わらず、俺はまだ、こうして軟禁状態にあることを除けば、ある程度の自由を与えられている。
インクやオゾンの前に、そもそもの目的がわからない。
ここに俺がいる、理由が、今もっとも知りたいことだった。
「こっちだよ。僕はこの先で目覚めたんだ」
本棚で埋め尽くされた廊下の角。
一つの扉を開けると、そこには長いまた別の廊下が続いていた。
突き刺す、眩い光。
これまでとは違い、そこは両壁が一面ガラス貼りのようになっていて、朝日を思わせる白い輝きが俺の目を眩ませる。
「……この窓ガラスも、同じですね。力がかからない」
「たぶん、壊せないと思うよ。見た目通りのただのガラスではないと思う」
インクが反射的に手を掲げるが、透明な壁は軋みもせず大人しくしている。
景色はまた、妙なものだった。
灰色の正方形をした塔が、全部で六つ。
それぞれの塔が全て、透明な通路で繋がれていて、六角形のようなものを形作っている。
「森、の中か?」
六つの塔の中央部には、椅子が一つだけ置いてある。
他には何もなく、白い石床が敷き詰められているだけだ。
塔の外側に目を向けても、そこにはどこまでも続く木々が見えるだけで、特に何か情報が得られる気配はない。
それはどこかチグハグというか、不自然な光景だった。
まるで、この時、この瞬間のためだけに造られたかのような場所。
「行こうか」
オゾンは外部にある椅子を一瞥だけすると、特に何か感想を言うことなく、歩みを進める。
高所恐怖症の人がいたら、塔と塔の間を行き来するだけで大変だなと、どうでもいいことを考えながら、俺もオゾンに続く。
それほど長くない廊下の突き当たりは、再び扉。
鍵はかかっていないことを、あらかじめ知っていたかのように、自然な動作でオゾンはドアノブを捻る。
だが、そこで何かを思い出したかのように少し止まると、俺たちの方に振り返る。
「この先はちょっと、未来を視てない君たちには、少し刺激が強いかもしれないけど、いいかい?」
それはどこか悪戯っ子に似た表情。
言葉の意味がわからず、聞き返そうとする俺に構うことなく、そしてオゾンはそのまま扉を開け放つ。
「——なんだよ、これ……?」
まだ、いいよ、と答えてない俺はその扉の向こう側から溢れ出てきた景色に、目を焼かれるよう。
まず感じたのは、熱だった。
次に視界に、橙と赤の入り混じった凄まじい光量が飛び込んでくる。
ひりひりと、肌と喉が痛む。
——それは、炎だった。
先ほどと似ている、というよりは違いの分からない吹き抜けの内装。
その中心で、大きく火焔が立ち上っている。
火事を知らせる警報音もなく、スプリンクラーが起動することもない。
ただ淡々と、滔々と、炎が燃え盛る光景。
その静けさが不気味な火の粉の中心に、女性が一人と、“人のようなもの”があった。
「……なるほどね。こっちは“
真っ赤な長髪を背中に流す女は、掌の上で炎を渦巻かせ、その苛烈な光景のさなかにいるとは思えないほど涼しげな表情をしている。
俺たちの方をその冷たい瞳で射抜くと、彼女の周囲の火焔が揺れる。
「お前たちも、この子と、同じ?」
高圧的な言葉で、彼女は足元に転がる人のようなものを視線で指し示す。
それはよくみれば、半身を真っ黒に焼け焦げさせた、れっきとした人間だった。
まだ息はあるようで、よく見ればかすかに呼吸しているのが見て取れる。
だが、このままじゃ、息は長くもたない。
「いや、大丈夫だよ、トオル。あの子もまた、特別だ」
しかし、俺が助けに飛び出す未来を見たのか、オゾンが肩を軽く掴む。
視線は合致しているのに、焦点の合わない蒼い瞳は、俺に語りかける。
「あの傷は、十秒後には治ってる。たぶん、あっちは“
そしてインクがなぜか舌打ちする中、半身を爛れさせた息も絶え絶えな子から淡い翠の光が奔流すると、光が治る頃にはシミ一つない生肌が露わになっていた。
オゾンに出会った時点で、薄々気づいていた。
なぜ、俺たちが、ここに集められたのか。
俺たちの、共通点は、何か。
【——フツウノコウコウセイ?】
再び、自問自答。
保留にしたままの答えは、本当はとっくのとうにわかっていた。
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