ドン・ユキナンテ

西東友一

第1話

 雪なんて嫌いだ。


「だあああああああっ」


 朝の5時。

 一人の男が奇声を発しながらある作業をしていた。

 その男の名は、真田雪村。


 俺だ。


「悪を蹴散らせ、我が剣スオーピオンッ!!!」


 俺はやつらと戦っていた。

 敵意を持って、そして殺意を持って。


 あぁ、自分で言うのもなんだが………ヒーローだ。

 一応、ヒーロー名は雪殺しのドン・ユキナンテだ。


 我が剣、スコーピオンは長さ1メートル。重さは1キロと少しの業物だ。剣としては異例の軽さを誇る。なぜなら、柄の部分から中ほどまでは木でできており、剣先だけ鉄でできているだけだ。


なぜ、そんな異質な業物なのか。

理由は2つある。

やつらの数は脅威であり、まとまると厄介だが、基本的には雑魚であり、剣先だけ固ければ十分であること。

そして、そんな雑魚だから切りつけて破壊することは容易で、排除の方が重要だからだ。


やつらは誰がなんと言おうと世界征服を企む悪の組織。

まったくもって怖い話だ。

 テレビの悪の組織が黒色だから、やつらがそれを利用して白色に身を扮しているというのに。やつらは洗脳能力に長け、やつらの「この世界を白銀の世界に変えてやる」と言う甘い言葉に騙されて、陶酔する人たちもいるが、やっていることは全然違う。


やつらの侵略を許してしまえば、人はそのままでは生きていくことができず、SDGsに反して、石油を使わなければならない。


それに人間だけじゃない。

やつらが来れば、植物業界は生まれることすら許されず、動物業界は瀕死の状態になり、飢餓になるか、土の中で眠ることを強いられ、鳥類業界は住む場所を追われて南下していく。


「きええええええええいっ!!!!」


 だから、俺は戦う。

 みんなのために。

 ヒーローだから。


 ただ、やつらも狡猾だ。

 人間関係の綻びを狙う精神攻撃も使う。


 ヒーローである俺は、か弱い老若男女プラスLGBTQ……つまりはみんなのために戦っている。


頑張れば頑張るほど、みんなが俺に期待する。

それが俺は嬉しい。


 ・・・…だが、いつの間にか頑張るのが当然とみんなに思われてしまう。そこにやつらは付け込む。俺がいないところを狙うのが実にうまい。


 俺も博士のくれた秘密アイテム、人工衛星という宇宙規模のアイテムを使って、やつらの動向を細かくチェックしているのだが、やつらは奇襲を繰り出す。


 俺がやつらの戦力を削るように。

 やつらは俺の体力や気力を奪い、よりにもよって何ものにも代えがたい睡眠時間まで奪ってくるのだ。


 何度も何度も攻撃して、睡眠時間を削り、攻撃しないふりをして、俺が睡魔に襲われて油断した時に攻撃した時、俺が守るべきみんなが敵に回る。


 なんで、ヒーローが助けに来ないんだ?

 怠慢だ。若いのに、男なのに。俺なのに。


「持ちこたえてくれ……俺の身体…っ」


 俺の鼻と耳は真っ赤になっている。腕なんかもう上がらない。


「くっ……」


 生命線である腰に電撃が走った。


(ここまでなのか…いや、まだだっ!!)


「うおおおおおおおおおっ!!!」


 愛剣スコーピオンを巧みに使って、下半身、特に太ももの筋肉を使って、どんどんやつらを駆逐し、たおしたやつらを山にしていく。


「はああああああっ!!!」


 俺はやつらを倒した。

 爽快、痛快。

 俺の身長を超えるほどのやつらの死体の山が白く聳え立ち、俺は決めポーズを取る。


「ふっふっふっふっ……」


 本当はやつらの弱点である炎で炙るために、火炎放射器で1ミリも残さず一掃したいとも思ったが、やった成果がこうして目に見えるのもなかなか達成感がある。

 

ヒーローだって勝利の余韻に浸りたいものだ。

なぜなら、やつらとの戦いで失ったものは大きい。

 人との絆、愛(を育む時間)、友情(を育む時間)、安息。


 みんなが笑顔で眠れるように。

 俺が……、俺の……。


「がああああああっ!!」


 俺はスコーピオンを振りかぶり、ヒーローらしからぬ行動を取る。


「おらっ!! おらっ!! おらああああああっ!!」


 俺はやつらの死体の山にスコーピオンの刀身で叩いていく。

 ……オーバーキルってやつだ。


 何度も、何度も、何度も。


 推理小説の殺人鬼だってびっくりするくらいの殺意を持って、その殺人鬼がドン引きするくらいオーバーキルの攻撃を繰り返す。すると、次第にやつらは死後硬直を始めたのか固くなっていく。


「いや……違う。まさか……くそっ」


 やつらは死んでなどいなかった。

 やつらは、粉々になっているように見せかけて、ひそかに融合をして、巨大な一固体になっていた。ヒーローものでお馴染みの合体ってやつだ。


「ふっ、スコーピオン。いけるか?」


 俺はスコーピオンを掲げて、問う。


「よし……抉ってやるか。必殺……サイクロンドリルトルネード!!」


 俺はやつの腹綿を抉るように削っていく。


「くっ、トルネードっ!!!!」


 固くなったやつのボディーはなかなか密度が大きく、固く重い。

実に最終決戦に相応しい。

 だが、俺も負けない。

 最後の戦いだと思えば、身体は動く。

 日中には仮の姿でスーツ姿に身を隠して、仮の仕事をしなければならないことは今は考えないようにしておこう。


「ふっこれで……」


 俺はやつの腹を抉った。

 これで…


「はっ!!!」


 なんということだ。

 俺が削ったと思ったところは、やつの口だったらしい。


「…っ撤退だ」


 悔しいが今の俺じゃ勝てない。

 秘薬が必要だ。


「逃げるわけじゃない、次勝つために今は引くだけだっ!! 待っていろっ!!」


 俺はちらっと東の空を見る。

 太陽が見えてきている。

 時間がない。


 俺にも仮の姿といえ、やらなければいけない仕事がある。

 ヒーローの仕事は無給だ。

 生活していくには日中の仮の姿の方も頑張らなければ、俺の明日はない。


 俺は急いで、家の中に入り、秘薬を手に取る。


「これで…勝てるっ!!」


 俺は秘薬が入った魔法の瓶を持って、再びやつのところへ向かう。


「待たせたなっ!!」


 あいつは、俺の声なんか無視して、大きな口を開けて笑ってやがる。


「…そうしていられるのも今の内だ」


 俺は慎重にやつへと歩み寄る。


 一歩……二歩……


 お互いの死線を超える。

 ここで言う死線とはいわゆる死線ではない。

 お互いの一撃が致命傷を与えられる攻撃範囲のことだ。


 ごくりっ。


(ここまで強大になってしまったこいつに勝つにはこれしか……ない)


 俺は秘薬を持って、頭を下げる。


 口が塞がらないやつ。


別に俺は降参したわけでも、だまし討ちするわけでもない。

やつの口に入るために中腰になっただけだ。


「ふぅ……」


 やつもやつで、まさか俺が入ってくるとは思わなかったのか、まるでチャカを口に入れられたように口を開けたまま動かない。俺はゆっくりと真ん中に座る。やつが生きている証拠なのか、やつの中は温かかった。


「よし…」


 俺は魔法の瓶を開ける。

 すると、魔法が発動するように、白い煙に包まれる。

 思わず目を閉じると、まつ毛が濡れているのがわかった。


「すぅーーーーっ」


 俺は秘薬を飲む。


「苦っ」


 白に対抗するために作られた秘薬は黒く苦い。


「……が、はぁ……、美味い」


 安堵の吐息が出てしまう。

 疲れが熱と一緒に解放されて行く気がする。


「はっはっはっはっ……って、まさかお前も笑っているのか?」


 俺が笑うと、やつも笑った声が耳に聞こえた。


「もう、悪さするんじゃねぇぞ?」


 俺はそこら辺のヒーローでも、騙される一般人でもない。

 だから、俺はやつの悪いところを認めつつ、許してやることに決めた。


「忠誠の証に、名前をつけることを認めるだって? 上から言うんじゃねえよ、こいつめ」


 俺は口の中を撫でながら、名前を考える。


「うむ、カマクラアイスゴーレムでどうだ?」


 我ながら、実にセンスがある名前だ。

 カマクラアイスゴーレムも忠犬ハチ公よりも俺に懐いてしまったようだ。


「まさに完全勝利」


 俺は気を許して、スマホを弄る。


「なっ……」


 ネットニュースを見ると、山に大雪が降って一面が白銀の世界になってしまったということだった。


「お前の仲間はまだ、反省していないようだ」


 俺はスマホのネット記事を閉じて、電話をかける。

 仮の仕事の職場にだ。


「すいません、今日は仕事に行けません。やらなければいけないことがあるので………。はい、ええ、有休で構いません」


 俺はスマホの電話を切る。


「スコーピオンじゃあ、勝てないな。封印されし、両足剣、ソルボードを出すしかないな」


 俺は雪なんて嫌いだ。

 

 雪に支配されるなんてまったくもって御免だ。

 

 だから、俺は雪を屈服させて、味方にする。

 それが、雪国のヒーロー。


 ドン・ト・ユキナンテだ。


 親しくなったから教えたけれど、隠し名はみんなには内緒だぜ?



 お終い。

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ドン・ユキナンテ 西東友一 @sanadayoshitune

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