第9話・歩み寄れる日が来ると思っていたのに


「……マリーザ。まさか婚約破棄をする気なのか?」

「はい。その通りでございます。王妃さまにもこのことは伝えさせて頂きますね」


 切り札をちらつかせると、ニコラスは押し黙った。この婚約が、どのようにして結ばれたものか知らないメローネはヘラヘラしていた。


「マリーちゃん、誤解だよ。お従兄さまとは買い物に付き合ってもらう約束をしただけで別に私達は……」

「あなた方がどのような関係でも私には興味がありません。私はこのミラジェン子爵家の為に婿をもらう身ですが、婿となる方に貶められてまでこの先、共に暮らしていこうとは思いません。幸いにもこの家の婿候補となられる御方は他にもいらっしゃいますし。でも、このご縁は王妃さまが望まれたもの。なにかあれば、宰相さまも黙ってはおられないでしょうね」

「違う。誤解だ、マリーザ。私達は従兄妹同士で交流をと……」


 今まで強気でいたくせに、マリーザが王妃さまのことを持ち出した途端、ニコラスは顔色を変えた。この婚約に父親が熱心になるのは、伯母である王妃さまの意向で結ばれたものだと理解したようだ。

それが潰れることになれば、彼の身はどうなるかしれたものではないことにようやく気がついたようだった。


 マリーザとしては、せっかく訪れた好機なので見逃す気はない。嬉々として言った。


「良かったですわね。ニコラスさま。新たな婿入り先が出来て。従兄妹同士でも婚姻は可能ですから。可愛いメローネと結婚出来たら本望でしょう? お祖父さまも泣いて喜ぶのでは?」


 ニコラスに笑いかければ青ざめていた。メローネはマリーザの言葉を聞いて声を荒げた。


「ちょっと、冗談じゃないわ。マリーちゃん。お従兄さまを押し付けないで。私は別に結婚したい人がいるんだから、勝手に決めないでよね。大迷惑。お従兄さまからも何とか言ってよ」

「あ。ああ……」


 マリーザから見切りをつけられた上に、可愛いと心を寄せていた相手からのまさかの拒絶に、ニコラスは頭が真っ白になったらしい。でもマリーザには関係ない。


「メローネ。あなたが何をしでかそうとしているのか分からないけど、私にはもう纏わり付かないで。迷惑なのはこちらよ。あなた達の顔なんて見たくないわ。さあ、お二人のお帰りよ。お見送りして」


 部屋の隅に控えていた使用人に言えば、侍女らが怖い顔して二人を玄関へと追い払ってくれた。マリーザが許婚に蔑ろにされていると感じて不快だったようで速攻、追い払ってくれた。

 途中、「誤解だ!」「マリーちゃん、信じて~」と、聞きたくもない声がしたが、二人を追い返した侍女らが憤慨して戻って来た。


「何ですかね? あの陰険糞眼鏡」

「浮かれたピンク頭なんか連れて来ちゃって」

「うちのお嬢さまを勉強しか出来ない、面白みのない女だなんて失礼ですよ」


 二人がマリーザの為に怒ってくれているのが嬉しかった。「ありがとう。二人とも」と、感謝すると「いいえ」と、言葉が返って来た。

「使用人一同、皆が思っていましたよ。うちのお嬢さまにあの陰険糞眼鏡は似合わないって」

「それにあのピンク頭、あ、いえ……メローネさまは、何を考えているんでしょうね? お嬢さまに今まで散々、迷惑をかけておきながら」


 侍女の一人がメローネを「ピンク頭」と揶揄していたのを慌てて言い直す。もう一人の侍女はニコラスを「陰険糞眼鏡」と、言うのを隠しもしなかった。

 本来なら不敬に当たるので、注意すべきなのだろうけど、二人はマリーザと年も近く、彼らにつけたあだ名が可笑しくて笑ってしまった。


「でも、お嬢さまがあのように言ってくれてスカッとしました。あの糞男にお嬢さまは勿体ないですよ」

「そうですよ。お嬢さまにはもっと素敵な男性が現れます」


 侍女の言葉に、傷ついた心が癒やされていくような気がした。正直、ニコラスの容姿は好みだったから、好かれてないのは分かっていたけど、時間かけていけばいつかはお互い、歩み寄れる日が来るのではないかと思っていた。でも、無理だった。それが無駄に終わったことだけ残念に思った。

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