第8話・お帰り下さい


「報告だが、ここにいるメローネは従妹だから、変な邪推はしないようにな」

「メローネがニコラスさまの従妹? 初めて聞きましたが?」


 例え進展のない関係ではあっても、許婚の情報ならマリーザも知っている。サロモネ男爵と、セレビリダーデ侯爵家の間には何も血縁関係はなかったはず? と、思っていると、ニコラスが言った。


「サロモネ男爵夫人が、どうも父の義理の妹だったらしい」

「メローネの母親が、宰相さまの義妹??」

「ああ。聞いて驚いた。聞くところによると、祖父にはどうも祖母と結婚する前に恋仲だった女性がいたらしい」

「それがサロモネ男爵夫人のお母さまだと?」

「まあ、そうなるかな」


──メローネの祖母が、先代セレビリダーデ侯爵さまの恋人? 


 マリーザは驚いた。あの話はメローネの作り話だったはずだ。彼女は領地の学校に通っていた頃に、祖母は身分違いの恋に落ちて、泣く泣く相手の貴族の子息とは別れさせられたのだと言っていた。何を根拠にそんなことを言っているのかと疑っていたが、それは本当の話だった?


──嘘。


 マリーザは気が遠くなりそうになった。メローネとは出来るだけ関わらずに生きて行きたいのに。今度は許婚と従兄妹になってしまうとは。距離が詰められて来ている気がする。


「マリーちゃん、驚いた? わたしも驚いちゃって。でも、メローネは一人っ子だったから、こんなにも素敵なお従兄さまが出来て嬉しい~」

「私もこのように可愛い従妹が出来て嬉しいよ」


 お互い微笑み合うのを見せ付けられて、マリーザは白けた気持ちになった。


「わたしねぇ、本当に嬉しいの。素敵なお従兄さまが出来た上に、なんとお従兄さまの許婚がマリーちゃんだと聞いて運命を感じちゃった」

「運命ねぇ……」


 あんたの運命って言葉、随分安っぽく聞こえるわ。マリーザには理解不能の域だ。


「メローネは、嬉しいことを言ってくれるな。とても可愛いし、金の力でのし上がってきた、商人上がりの貴族であるマリーザとは全然、違う」

「お従兄さま、そんなこと言わないで。マリーちゃんにだって良いところもあるのよ。お勉強が出来るとことか」

「勉強が出来ても男を立てる事も出来ない面白みのない女は、可愛げがないだけだ。メローネを見習えば良いものを」


 ニコラスの、メローネを見る目には熱が籠もっていた。あれはどういう感情のものか言われなくとも分かっている。領地の男の子達がメローネを見ていた目と同じものだ。

 許婚への不満を口にしながら、他の女といちゃつく男って何なの? ムカついてきて仕方ない。


「お帰り下さい」


 マリーザはこれ以上、付き合いきれないと彼らを追い出すことにした。二人は、マリーザの地を這うような声に驚いたようだ。苛立つマリーザは、許婚の前でも取り繕うのを止めた。


「ニコラスさま。あなたさまのお気持ちは良く分かりました。この事は両親を通して、宰相さまにご相談させて頂きますね。この6年間、お世話になりました。ありがとうございました」


 深々と頭を下げてやると、ニコラスの戸惑うような声が返ってきた。

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