13

 でも当たりを引いたジンはすごく自信満々になって、まあもとから自信家なタイプだったと思うけど、ともかくそんなジンを見て、これは悪いことではないと思ったんだ。ジンは、王になるための自信をつけた。もとからそれはあった――ような気はするけれど。


 ひいおじいちゃんは魔法使いだった。ということは、未来がちょっぴり見えていたのかもしれない。自分の友人の子どもが、人間界に来ることを少し予感していたのかもしれない。


 そしてその子どもに、ちょっとの勇気と自信を与えるために、こんな変な嘘をついたのかもしれない――。




――――




 季節は春だった。うららかな午後、耕太は芽衣の家の離れにひっくり返っていた。


 窓から、優しい風が入る。すぐそばには、さっきまで読んでいた本が転がっている。アラビアンナイト。この前の夏休みのことを思い出し、また読みたくなって物置部屋から持ってきたのだ。


 あれから半年以上たつ。今は春休みで、耕太はほどなく中学三年生になる。曾祖父は、秋の始めに亡くなった。


 特別な、驚くべき夏だった。魔界の王子が現れて、騒動が起こって、そして王子は帰っていった。それから姿を見ていない。


 耕太はこのことを、書き留めておくべきだと思ったのだ。物語の形にしようと思った。難しかったけれど、なんとか言葉をつなぎ合わせ、それらしいものが書けた。でもどう終わらせていいのかわからない。


 最後に書いた一文を思い出す。「そしてその孫に、ちょっとの勇気と自信を与えるために、こんな変な嘘をついたのかもしれない――。」そうして……それからどう続けるべきかな。


 終わり方というのは重要なものだ。心に残る、よいものでなくてはならない。読んだ人を感動させるような。でもこの終わり方ではいささか弱いのではないか?


 最初と最後はしっかりと力を入れて作らないと――と耕太は思うのだけれど、そう思えば思うほど、いい言葉が浮かんでこない。


 悩んでいると、足音が聞こえてきた。離れに人が入ってくる。芽衣だ。パステルカラーの春色の服を身につけた、明るい顔の芽衣だった。


「おかえり」


 耕太は起き上がって言った。芽衣は耕太のそばまで来る。


「ごめんね。ちょっと留守にしてて。友だちのところに用があって」

「ううん、いいよ」


 芽衣は相変わらず元気だ。環が、芽衣にあなたは魔法の力を持っているということを伝えると言っていた。芽衣は自分が魔法使いであることを、知っているのだ。けれどもその話を芽衣はしない。


 耕太も無理に聞き出すつもりはない。芽衣がそれをどう受け入れ、環の元でどんな風に魔力の扱いかたを学んでいるのか気になるけれど――でもそこに首を突っ込むのはよろしくないような気がする。


 それに芽衣は変わってないのだ。芽衣は芽衣だ。耕太にとっては、しっかり者で堂々としてて勇ましくて、素敵ないとこだ。


 その時、声がした。


 窓の外からだ。それは――知っている声だった。


 耕太と芽衣は窓に駆け寄る。耕太の顔がたちまち喜びに溢れる。聞き覚えのある声。そしてその先には……見知った顔がある!


 懐かしい顔だ。半年以上ご無沙汰していたけれど。ジンだ。魔界の王子が、まるで最初に会ったときのように、窓の外に立っている。


「ジン! どうしたの!」


 耕太が声を上げる。ジンが笑って言った。


「遊びに来たんだ」

「お父さんは大丈夫なの?」

「ああ、父の病気はよくなった。父はまだ魔王を続けられるし、私は王子で、時間もあるので――人間の世界に遊びに来たんだよ!」

「また窓から入ってくるつもりなの?」


 とがめるように、芽衣が尋ねた。ジンは子どもっぽく抗議する。


「そんなことはしないさ。玄関から入る」


「残念ね」芽衣が眉間にしわを寄せる。「玄関には鍵がかかっているの」


「まさか、そんな――」


 そう言って、ジンはたちまち玄関に向かった。そしてすぐに、耕太と芽衣の背後で、玄関が開く音が聞こえた。続けて、ジンの元気のよい声。


「鍵なんてかかってないじゃないか!」


 玄関のほうを振り返って、二人が笑う。耕太はもちろん芽衣も。靴を脱いで、ジンが家に上がり、二人のほうへやってくる。


 のどかな春の日のことだった。耕太は嬉しくて、はしゃぐ気持ちになりながら思った。物語はまだ続くぞ、と。ジンはまたやってきた。エンドマークはまだつけなくていいんだ。


 どういう終わり方にするべきかは――もっと後になって考えよう。

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魔王の選択 原ねずみ @nezumihara

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