神配送サービス

「ちかごろ世界には、信じる神が多すぎる。どいつもこいつも、信じてください、私を信じれば救われます、とこうだ」

確かに昨日、酔った頭でそう考えたことを覚えている。


「神さま俺を助けてくれ! なにもかもうまくいかない、俺はもう死にたいんだ……いやしかし、俺はいったいどの神に縋ればいいんだ?」


本当に困ったとき、俺はどの神に訴えればいいのか知らない。

たとえば今のようなときだ

――目覚めたら、「内容物:神」と大きく朱書きされている小箱が机の上に置いてあるようなとき。


昨日まではこんな小箱どこにもなかった。

俺は酔って正体を失くし、何か買ってきてしまったのだろうか。ああ、二日酔いの頭が痛い。

神の入った小箱は、雑誌本くらいの大きさだった。


ここ一年は散々だった。


半年前、長く付き合った彼女にふられた。些細なケンカが原因だったが、最終的に罵りあいにまで発展し、彼女は飛び出していってしまった。


数カ月前に五年続けたバンドを解散した。ドラムのやつが「もう、俺たち、いいんじゃないか」と言ったのを聞き逃せず、ぼこぼこに殴ってしまったことが原因だった。


それから少しして、晴れてフリーターから無職になった。理由は特にない。

毎日毎日居酒屋で極限まで薄いハイボールを作っていたら、ふと、ああ死んでもいいかな、と思ったのだ。それでその翌日にバイトも辞めてしまった。


ここしばらくはなにもせず、ぶらぶらしている。

やることといえば、インターネットの地図サイトで死ぬのに適した場所を探すことと、安い酒で朝から正体もなく飲み明かすことぐらいだ。

酔っぱらった末に、昨日は信じてもいない神に祈ってしまった。


それにしても、一体何だ、この小箱は……

俺は小箱を見た。ええい、ここまで来たらどうにでもなれ。カッターを取り出し、小箱を開封した。

中には、紙片が一枚だけ入っていた。紙片にはこうあった。


『近年、祀られる神が増えるにつれて、神と信者のマッチングが問題になるようになりました。どの神を信じるか、お困りではありませんか? 救いを求める相手を迷ってはいませんか? そのような方のために、私たちは”神配送サービス”を開始しました。あなたが救われることをお祈りしております』


なんのイタズラだろう。俺は顔をしかめた。

途端、視界の隅にスーツ姿で大きな図体の男が現れた。

「私を呼んだのはあなたですね?」

俺は呆気に取られてしまった。スーツ男は溜息をつくと、俺の顔を両手で挟み、ゆっくりと言った。


「あなたは、神に助けてくれ、と祈りましたね?」

「なんの悪ふざけなんだ、これは……確かに、神さま助けてくれ、と祈ったような気もするが」

「それならよかった。最近、サービスの誤配送が多くて。利用後は返品不可なんですよ。私たち神にできることにも限界というものがありますし、得意分野もあるから……きちんと確認してるんです」

男は再び溜息をついた。


「すると……あなたは、神さま?」

「その通り。話が早くて助かります。私はあなたの願いを司る神です」


男はスーツの内ポケットから名刺入れを取り出すと、俺に名刺を差し出した。

「神」と書いてある。

頭が痛い。まだ俺は酔っているのだろうか。この男が神? 幻覚だろうか。

すると、俺の昨日の願い、「死にたいんだ」という願いを叶えに来たんだろうか。


俺はやけくそになっていた。考えてみれば、これもちょうどいい機会だ。幻覚ならそれでもいい。正気のまま死ぬなんてできそうにない。

この幻覚に従っていれば、夢のうちに死へと導かれていくのかもしれない。


「なあ、ちょっと聞きたいんだが、苦しまないようにする、というのはできるか?」

「ふむ。それが醍醐味と言う人間もいますけれどね。まあ、できますよ」

「できるだけ他人には迷惑をかけたくないんだ。これも、頼めるか?」

「確かに、いろいろなやり方がありますから。まあ、あなたならできるでしょう。伴侶や子供もいないのでしょうね?」

「ああ、いない。なるべく楽な方法で頼む」

「なるべく楽となると、衝撃的、一瞬、という感じですか。眠りながら……というのもありますけれども、あれはけっこう時間がかかるんです。よし、わかりました」

男はぽんと手を叩いた。


「それでは、これから私の言う通りに動いてください。一瞬で成就するようにしますから、苦しまずに済みます」


俺は男に言われた通り、近所の大通りを歩いていた。

『近所の大通りを歩いて、三個目の横断歩道を青信号で渡ってください。そうすれば、あなたの願いは叶います』


つまり、交通事故ということだ。

青信号ということは、おそらく信号無視のトラックか何かが突っ込んでくるのだろう。苦しまずに済むのはありがたい。

俺は1,2,3と数え、三個目の横断歩道の前に立った。押しボタン式の歩行者信号だ。

これで終わりか。

つまらない人生だったが、半年前に飛び出していった彼女、リサのことだけは心残りだ。

些細なケンカだったが、俺たちにはその些細が多すぎた。

バンドがうまくいかなくなったのも、その頃からだったような気がする。

今思えば、あのケンカ、俺が謝っても良かった……


車の流れが止まる。横断歩道が青になった。

前を見て、一瞬、嘘かと思った。横断歩道の対岸に、リサが立っていたのだ。

リサ、と呼びかけようとして、はっと気づいた。

この横断歩道に車が突っ込んでくるはずだ。俺もろとも、リサが轢かれてしまう。


「リサ、危ない!」

轟音が近づいてくる。猛スピードの車だ。

確認する間もなく俺は全力で走り出すと、リサの体を弾き飛ばすようにぶつかった。背後で爆発音が響き渡った。

さっきまで俺が立っていた歩道に、黒のミニバンが突っ込んでいた。電柱にぶつかったらしい。ボディからもうもうと煙が上がっていた。

「リサ、リサ、大丈夫か?……」

「……うそでしょ。いま、あんたの家に向かってたのよ、あたし」

リサは呆然とした顔をして、俺を見つめていたが、いきなり泣き出した。

「あんたに謝ろうと思って、あたし、家に向かってて、良かった、死ななくて良かった……」


リサを連れて家に帰り、会わなかった間のことを話し合った。

リサは号泣しながら、しきりに死ななくて良かった、また会えてよかった、と繰り返した。

俺は朝までの捨て鉢な気持ちが嘘のように、また生きたい、リサのために生きよう、と思っていた。


ちょっと泣きすぎちゃった、コーヒー買ってくるね。

リサがそう言って俺のアパートを出ていくと、いつの間にか、部屋にスーツ姿の男が立っていた。


「やあ、どうでしょう、今のお気持ちは?」

「ああ、あんたか。……すまない。俺、願いを取り消したいんだ。さっきも折角の機会を無駄にしてしまったが、もう死にたくなくなった。本当に悪いんだが……」


男はしばらくきょとんとして俺を見つめていた。

ややあって、何かを理解したようにがっくりと肩を落として溜息をついた。


「あーあ、またこれか。最近多いんですよねえ、誤配送が。だから確認したはずなのに」

男は内ポケットから再び名刺を差し出し、くるりと裏返した。

「神」の裏には「恋愛成就」と書いてあった。


「誠に申し訳ないのですが、利用後は返品不可となっております」

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少量奇譚集 河原日羽 @kawarahiwa

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