金魚にエサを

誰が金魚にエサをあげているのだろう。


私は首をひねって、とりあえずエサを網で掬って水槽を綺麗にした。

見向きもされないエサが、水槽の底に沈んでいる。


私はここ、五年三組の生きもの係だった。

生きもの係にはウサギ、鶏、カイコなど管轄がいろいろあるのだが、私の当面の仕事は、毎朝クラスの金魚にエサをやることだ。


ところが、ここ最近金魚があまりエサを食べてくれなくなった。

はじめは金魚の体調が悪くなったのかと思ったが、しばらく観察してもみんな元気に泳いでいる。

何日かよく気をつけて見ていると、どうやら私がエサをやる時間には、すでに水槽の底に金魚のエサが沈んでいるということがわかった。

前日のエサはフィルターがろ過してしまうはず。

つまり、誰かが私の前に金魚にエサをあげているにちがいない。


でもいったい誰が? 

黙って金魚にエサをやるなんて不思議な話だと思う。

金魚にエサをあげたい、くらい、私に言ってくれればいくらでもやらせてあげるのに。


もっと不思議なのは、同じ生きもの係の岡本くんが、私を無視するようになったことだ。

無視は、金魚のエサ事件とおなじくらいに始まった。

金魚のエサのことが気になって、ウサギの世話をしに朝早く来ている岡本くんに話しかけようとした。


「ねえ、岡本くん……」


もちろん聞こえていたはずだ。岡本くんはちらりとこちらを見たのだから。


しかし、岡本くんは私を見て、何かぎょっとしたかのように目を見開き、そのまますたすたと教室を出て行ってしまった。

ほとんど逃げるようにしてだ。


なんでだろう。岡本くんとは仲が良かったのに。

前に、私が学校を休んだ時は何も言わずに金魚のエサやりを引き受けてくれた。

ちょっと好き、くらいに思っていて、同じ生きもの係になれたときはとっても嬉しかったのに。


まだ、不思議なことがある。私の写真が飾られていることだ。

教室の私の席に、私の写真が飾られている。

去年ミホちゃんとディズニーランドに行った時のやつだ。

私は写真を持ってきた覚えがないのだけれど。それに、写真を机の上に飾っていていいのかしら? 私が座るときに、教科書が開けなくなってしまう。


なにより不思議なことは、この教室から出られなくなってしまったことだ。

そういえばずっと病院にいたはずなのに、ずっと学校は休んでいたはずなのに、どうして教室にいるんだろう?


朝目覚めると、ああ金魚にエサをやらなくちゃ、と思う。

私は生きもの係だから。

それで目を開くと水槽の前にいる。でも金魚はエサを食べない。誰かがもうあげてしまっているのだ。

それを見ると、おかしなことに、意識が薄れていく。


「井上、もういいんだよ、もう金魚にエサはやらなくていいんだ。井上……」

先生の声がどこかで聞こえたような気がする。


でも、先生。私があげなかったら、いったい誰が金魚にエサをあげるの?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る