お菓子館の殺人
「困ったものねえ。誰が殺してしまったのかしら」
ア・ラ・モード嬢はそう言うと、ため息をついた。
その途端、可憐な吐息は薄桃色の綿菓子となって空中に浮かび上がった。彼女はこともなげに綿菓子をつかみ取ると、むしゃむしゃと食べた。
僕たち―ア・ラ・モード嬢、僕ことクレームブリュレ、ババロア翁―の前には死体が転がっている。
カッサータ氏だ。
カッサータ氏は、自慢のフルーツとナッツで彩られた頭を下向きにして倒れていた。
胸のあたりから甘い香りのする液体を垂れ流している。
液体はスポンジケーキでできた絨毯に吸い込まれていく。胸を刺されたらしいが、凶器は見たところどこにもなかった。
僕たちがカッサータ氏の館にやってきたのは、つい昨日のことだった。
カッサータ氏はチーズムースにドライフルーツ、ナッツを練りこんだ美しい頭髪を持つ富豪だ。
僕、クレームブリュレは表面が硬いカラメルで覆われたプディング。
ア・ラ・モード嬢はプディングにフルーツとクリームがあしらわれた帽子をかぶった美しい娘で、ババロア翁はクリームをふるふると固めた地元の名士だった。
僕らはプディングのようなもの、という点で共通しており、親近感を持っていた。そこで、この館の落成式に招かれたというわけだ。
カッサータ氏の館は、そのすべてが菓子でできていた。
屋根はビスケット、床はチョコレート、美しいシャンデリアは飴細工、カーテンはサブレ。食器はパンケーキでできていたし、椅子は台形のプディングでこしらえてあった。
菓子は僕らの同胞だが、魔力を持っていなければただの菓子に過ぎない。
僕らはもちろん菓子を食べて生きていた。菓子は甘さを足せば足すほど、その力をいや増すのだ。
カッサータ氏がこの館を作ったのは、これだけの菓子を自由にできるという権力を見せつけたかったのに違いない。
「おそらくは、この館を狙ったものの仕業じゃろう。これだけの館を食べれば、相当な力が得られるはずじゃろうて」
ババロア翁はそういうと、僕とア・ラ・モード嬢の顔をぎろりとねめつけた。
僕は思わず身震いして、言った。
「でも、一体だれが? 胸を刺されているようですけれど、凶器はどこにもないようですし……」
「そうですわ。それに、カッサータさんを殺したところで、こんなに大きな館を一気に食べることなんてできませんもの。ねえ、クレームブリュレさん」
ア・ラ・モード嬢に言われて、僕は大きくうなずいた。
かちゃかちゃ、と頭のカラメルの破片が音を立てる。
「それにしても、館の中が何だか暑く思えませんこと。私、なんだか溶けてしまいそうで……」
ア・ラ・モード嬢はそういうと、取り出したチョコレートのハンカチで顔を拭おうとした。
途端、チョコレートがどろりと溶け出し、彼女は金切り声をあげた。
「見ろ、館の外が燃えておる!」
そうババロア翁が叫んだとき、彼は半分溶け出していた。
見ると、アイスクリームでできた窓枠がほぼ溶けてなくなっていた。
この館は、その性質上、ほぼ4℃で保たれていたのだが、放たれた火によって80℃を超えてしまったものらしい。
らしい、と言う僕の下半身、つまりプディング部分も、液体となって滴り落ちていくところだった。
「ああ、溶けてしまう、溶けてしまうわ!」
ア・ラ・モード嬢の悲鳴のような叫びを最後に、館から音はしなくなった。
僕はゆっくりと笑い、落ち着いて館の外に出た。
館は見るも無残に溶け、一つの砂糖菓子のようにどろどろになっていた。
僕は凶器のように尖ったカラメルの破片を手で押さえた。
その先にはカッサータ氏の内臓がついている。
館をそのまま食べることが不可能なら、すべて一つの菓子にしてしまえばいい。
僕にはカラメルという外皮があり、カラメルは180℃にならないと溶けないのだから。
僕は館ごと、カラメルで覆ってしまうために、火をより一層強めた。
自分のカラメルが、薄く、長く、館の残骸を這っていった……
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