第60話 終わりと始まり

 聖女の死から始まった王国の危機は、結果的に大きな被害を出すことはなく終わりを告げた。

 王都や近郊の街に住む者たちは事の顛末を口々に噂した。


 聖女、魔王、王子、枢機卿、破壊王。歴史に名を残すような大物が中心となって引き起こされた数々の騒動は、様々な形で王国中に伝わることになった。噂の出所は戦争に参加した兵士たちや、現場に居合わせた騎士たちだ。しかし、元が荒唐無稽な内容のため尾ひれが付き、背びればかりか手足が付いて勝手に歩き回るような有様で、真実とは程遠いものとなった。


 だが、彼らは知らない。

 その騒動の中心には、常に一人の凡人がいたことを。


「アレン君、大丈夫ですか?」


 皺一つない法衣に身を包んだ枢機卿レイニーが、王宮の一室に入って来た。移動用の簡素な法衣から正式なものに着替えた彼女はアレンの正面に座った。


「落ち込んでる暇はないからな」


「そうですね。私がもっと早く来ていれば……いえ」


 それでも魔王を止めるには至らなかっただろう、とレイニーは冷静に分析する。

 魔王が聖女セレナだった死霊を連れて王都を出てから、三日が経った。赤毛の少年を母親の元へ送り届けた後、念のため王都に寄ったレイニーは後始末に奔走していた。


 こんなことなら早々に王国を出ておけば良かった、と内心で何度呟いたか分からない。しかし魔王の襲撃という未曽有の事態に王宮は混乱していて、さらに王子の死亡が重なったため、指導者の擁立は急務だった。

 本来であれば必要な手続きのほとんどを飛ばして、レイニーが指揮を取っていた。日和見の貴族よりは、王国で多少顔の効くレイニーが立った方が良い。


「今後の王国について、おおよその方針が決まりました。この国はギフテッド皇国の支配下におかれます」


 一度は王国を見捨て離れることを決めたレイニーだが、状況が変わった。王国の支配、それが彼女の決断であり、既に皇国へ早馬を送ってある。皇国へ向かった神官たちも直に戻ってくるだろう。


 アレンは黙ったまま続きを促す。


「筋書きとしては、聖女の処刑を強行したことへの報復です。王族や貴族への沙汰は……あなたに聞かせる話ではありませんね。それと同時に、魔王を教会が撃退したと公表します。聖女の魔物化など到底公言できるものではありませんから、手柄を横取りする形になってしまいますがご理解ください」


 これは、教義を破ってアレンに『勇者』のギフトが与えられたことも含まれているのだろう。


「それは大丈夫だ」


 言葉遣いを気にする必要はない、と言われているから、彼は砕けた口調でそう答えた。


 王国は完全に皇国の属国となり、今後は派遣された神官によって統治されることになる。王宮で高い地位にあった貴族や病に伏せる国王などは、おそらく責任を取らされるだろう。

 ギフテッド皇国に貴族制度はない。全ての貴族家は解体され、神の名の元に平等に扱われる。


 とはいえ、皇国とは距離もあるから実質的な統治は、貴族だった各領主が行うことになるだろう。

 皇国にとって王国を支配することはそれほど旨味のあることではないのだ。


「聖女様が守ろうとしたこの国を、見捨てようとしたのは間違いでした。今度こそ、必ず守り切ってみせます」


 皇国の返事を待たずして決定を下したのは、偏にレイニーが聖女の意思を継ぎたいがためだった。一度は見放したこの国。そこに住まう人々の生活を守ることが自分の使命だと思っている。


「ありがとう」


「いえ、礼には及びません。それとあなたのギフトですが、私が鍛えましょう」


「いいのか?」


「ええ、そのままでは聖女様を救い出すなど不可能ですからね」


 枢機卿と、元凡人だった勇者。

 新たな物語が始まろうとしていた。





 私、変態魔王に連れていかれました!!

 アレンに別れを告げ、骨ドラゴンの背に二人で乗って戻って来たのは、森の中の砦。


 ああ、ここで私の解剖実験が始まるんだ……と戦々恐々としてたんだけど、何もされることなく三日が経過した。

 どうやら本拠地に戻るための準備をしているらしい。私はとくにすることがないので、自由行動を言い渡されていた。


 忙しなく動き回るスケルトンたちを横目に、ファンゲイルの周りを右往左往する。いつか来た玉座のある広間だ。


「結局さ、何で王国を侵略していたの?」


 私たちの活躍で被害は最小限に抑えられたとはいえ、多くの人間が犠牲になった。魔物になりその辺の感性が希薄になっても、安易に許すことはできない。


「言っただろう? 天使のタリスマンが欲しかったんだ。いや、取り戻したかったと言うべきかな」


「天使のタリスマンって……あれだよね」


 ファンゲイルが肌身離さず抱える、女性の人骨。

 相変わらず魂はなく、ドレスを着ているだけの遺骨だが、以前と変わった点がある。首元に赤い宝石をつけたタリスマンが煌めているのだ。


「これは、元々こいつの物だからね」


「その女の人の?」


「そう」


 それだけ言って、ファンゲイルは押し黙ってしまった。これ以上話すつもりはない、ということだろう。

 あの後、騎士の一人が国王から預かったというタリスマンを持ってきた。ファンゲイルはそれを受け取り、即座に人骨に付けたのだ。女性にプレゼントを渡すようなにこやかな表情で「やっと取り戻せた」と言いながら。その横顔は嬉しそうでもあり、同時にひどく切ないものにも見えた。


 生前の彼女とどんな繋がりがあったのか。天使のタリスマンとは何なのか。

 『不死の魔王』ファンゲイルについては分からないことばっかりだ。


 でも、なんとなく悪い人ではないような気がしてきた。

 そしておそらく、彼はこの女性の蘇生させるために研究しているのだろうということも分かって来た。


 ちょっとくらいなら協力してあげてもいいかも。いや、さっさとアレンの元に戻りたいだけだから!


「ああ、戻って来たね」


「ん?」


 ファンゲイルが入口の方に視線を向けた。釣られて私もそちらを見る。


 大きな音を立てて、扉が開け放たれた。


「ファンゲイル様、ただいま戻ったのじゃ」


「ファンゲイル様。不覚を取り大変申し訳ございません」


 そこにいたのは、倒したはずのゴズとメズだった。


「ええ!?」


 思わず声を上げた私は、二人とばっちり目が合った。ゴズメズも目を丸くして、即座に得物に手が伸びる。

 それを制したのはファンゲイルだ。


「やあやあ、遅かったじゃないか。この子は僕のペットだから、気にしないで」


「ペットだったの!?」


 初耳なんですけど。


 ゴズとメズは武器から手を離し、膝を付いた。

 ゴズはレイニーさんと一緒に間違いなく倒したし、メズもアレンが心臓を突き刺したはずなのに……。ソウルドレインは効かなかったけど、今の私が魔物の死を見間違うことはない。二人は確実に息絶えていた。


「ファンゲイル様のおかげで、こうして新たな肉体として蘇ることができました」


「力が溢れるようじゃ。今なら誰にも負ける気がせん」


「やっと僕好みの魔物になったね。術式がちゃんと作動して良かったよ。良い実験結果も得られたしね」


 よく見ると、二人の身体は以前とは異なっていた。

 肌は青白く、ところどころ血を流している。皮膚がただれているのだ。これではまるで……。


「グール? 死者蘇生に成功した……?」


「蘇生にはまだ届いていないんだ。今僕ができるのは、高位の魔物が死ぬ前に術式を掛け、死亡を条件としてアンデッドに進化させる、ってことくらいなんだよ」


 ゴズとメズは、ファンゲイルの術でアンデッドとして生まれ変わったということらしい。

 つい最近死闘を繰り広げたばかりだから、ちょっと気まずい。ていうか、進化した二人に勝てるわけがない!


「君たちはもう仲間だから、仲良くね」


 仲良くなんて言葉がまったく似合わない魔王から、そんなことを言われた。

 気づかぬうちに睨みあっていた私たちは、そっと視線を外して咳払いをする。


 私の周りには変態魔王と死体、馬と牛の頭を持ったアンデッド。その他たくさんのアンデッド。私自身も死霊。

 うん、早く帰りたい。


 アレン! 待ってるよ!


「じゃあ、僕らの国に戻ろうか」


 妙に明るいファンゲイルの言葉に、私は頷くしかなかった。






作者コメント


お読みいただきありがとうございました!

カクヨム版はここで完結とさせていただきます!


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改めまして、ありがとうございました!

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【書籍化】処刑された聖女は死霊となって舞い戻る 緒二葉@書籍4シリーズ @hojo

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